その力は、剣より強く
スミレは、マイの背中を見つめていた。
まっすぐ立っているはずなのに、その背は張り詰めすぎた糸のようで、今にも切れてしまいそうに見える。
――あの時の自分と、重なった。
圧倒的な魔力を前にした瞬間。
力があると信じていたはずなのに、足が動かなくなった、あの感覚。
(……同じだ)
違うのは、立場だけ。
自分は選んで戦場に立っている。
けれど彼女は――呼び出され、選ばされている。
「マイ」
名を呼ぶ声は、思った以上に低くなった。
強くすれば、押してしまう。
押せば――後戻りできなくなる。
「嫌なら、やめてもいい」
一瞬、訓練場の空気が止まる。
「無理に戦わせるつもりはない」
それは半分、本心だった。
半分は、逃げだった。
マイの肩が、わずかに揺れる。
(……本当は)
やめてほしい。
この子を、争いに巻き込みたくない。
守るために動いているはずなのに、誰かを“使う”側に立っている自分が、どうしようもなく嫌だった。
それでも。
「でも……このままなら、争いは下界にも広がる」
言葉を選びながら、続ける。
「だから……できれば、あなたの力を借りたい」
それは願いであり、
同時に――罪の告白だった。
マイは答えず、唇を噛んだ。
「私は……強いです」
視線が定まらない。
「でも……私じゃなきゃ、ダメなんですか。
なぜ……私が……」
スミレは、目を逸らした。
答えはある。
だが、それを口にすれば、もう引き返せなくなる。
代わりに、マリサが一歩前に出た。
「あなたしか、いないのよ」
静かで、逃げ場のない声。
「女神族のことは、他の者には明かせない。
そして……あなたが怖がっていることも、分かっている」
一拍置いて、言葉を重ねる。
「それでも、時間がない。
この子たちには……仲間が必要なの」
マイの指先が、白くなる。
「……わかり、ました」
息を吸い、震えを抑える。
「私だって……民を、守りたいです」
その言葉が、胸に刺さった。
(……ごめん)
何度も、何度も。
スミレは心の中で詫びる。
前に出たのは、スイレンだった。
「なら、相手は私がする」
一瞬だけ、スミレを見る。
その目には、焦りと――確かめるような色があった。
「姉さんにも……私の力を、見てほしい」
訓練場に集まった視線が、一斉に二人へ向く。
誰かが、息を呑む音がした。
――勝負が始まる。
「アクアショット!」
水の矢が一直線に走る。
「蒼バラの壁」
紙が舞い、蒼い薔薇が咲き誇った。
水が弾け、飛沫が光を散らす。
「蒼バラの森」
地を這う蔦が、マイの足を絡め取る。
「……っ!」
動けない。
心臓が跳ね、呼吸が乱れる。
(怖い……)
逃げたい。
その衝動が、はっきりと湧いた。
「ミスト……!」
霧が広がる。
だが――
風が裂け、霧は一瞬で消えた。
「双剣の乙女」
紙から顕れた影が、距離を詰める。
「終わ――」
誰かが、そう呟いた。
(間に合わない――)
それでも、マイは目を閉じなかった。
胸の前で、両手を重ねる。
「……リヴァ・サークル」
水が集まる。
荒れず、吠えず、ただ――守るために。
透明な水の輪が、マイを包んだ。
衝撃。
双剣が叩きつけられる。
水は砕けない。
力を受け流し、耐え、静かに残る。
誰も、声を出せなかった。
やがて、攻撃が止む。
水がほどけ、マイは立っていた。
息は荒いが、膝は落ちていない。
スイレンが、双剣の乙女を消す。
「……参ったわ」
悔しさよりも、納得の色。
マリサが歩み寄り、マイの肩に手を置く。
「攻撃は強くない。
でも……壊れない」
マイの目が潤む。
「……怖かったです」
一度、言葉を切る。
「でも……逃げませんでした」
その姿を見て、スミレは拳を握った。
(……私は、この子を選んでしまった)
その事実から、もう逃げない。
一歩、前に出る。
「マイ」
名を呼ばれ、彼女は顔を上げる。
「私たちは……きっと何度も傷つく」
言葉が、わずかに震えた。
「だから……あなたの力が、必要なの」
一呼吸。
「……一緒に来てほしい」
マイは、自分の手を見る。
指先から、水滴が静かに落ちた。
怖さは消えない。
それでも――立っている。
「……はい」
小さいが、揺れない声。
「私、守ります。
皆さんが……進めるように」
控えめな拍手が、訓練場に広がった。
スミレは、その音を聞きながら誓う。
――この子を、決して“消耗品”にはしない。
たとえ、その誓いが――いつか自分を縛ることになっても。
こうして、
水で守る少女は、仲間になった。




