第3話 運命のルーレット後半 決着
会場の空気が、異様な静けさに変わった――それは死の静寂だった。
誰もが、みゆき永眠の画像を見た美津子の反応を見守る。だが彼女はただ、機械の目で虚空を見つめている。その瞳の奥で、何かが壊れていく音が聞こえるような気がした。
美津子の内なる声が響く。
(これが、私の選択だった。みゆきを救うために、私は何もかもを賭けた。でも本当は――本当は、怖くて仕方がない。この「運命」という名の狂気に身を委ねることが、果たして正しかったのだろうか。リールを回すたびに、私の中の何かが削られていく。祈りなのか、絶望なのか、もう分からない。ただ、みゆきの笑顔だけが、この暗闇の中で唯一の光だった――)
まだ回転する球を見てカルトルーレット・カリスマの顔が歪む。その表情は、神の微笑みではなく、もはや狂気に取り憑かれた者の顔だった。
「どうした?――」
(運命......そう、私こそが運命だ。数字は私の意志。球は私の手の中にある。これまで何人の愚かな者どもが、この神聖な数字の前にひれ伏してきたことか。彼らは理解していない――運命とは選ぶものではなく、選ばれるものだということを。そして今、この美津子という女も、運命の前に屈することになる。13――それは破滅の数字。私が定めた、絶対の裁定だ)
だがその刹那、ミツコエルのファイナルリールが静かに回り始める。リールが回るたびに美津子の心の中で希望と絶望が交錯する。
美津子の指先が震えている。それは恐怖なのか、それとも最後の希望への祈りなのか。
(お願い――神様がいるなら、運命がまだ私たちを見捨てていないなら、どうか、どうか――)
私は祈り続けた。誰かを救うために、でもそれは本当に救いになるのか、無力な自分を慰めるだけの“自己満足”に過ぎないのではないかと思うこともあった。この祈りが無意味だとしても、それでも祈り続けることでしか、自分を保てない
バディ2人が最後の力を振り絞って「盾」となり、会場の全員が固唾を呑む。空気が重く、息苦しい。誰もが運命の瞬間を待っている。
リールがゆっくりと回転を落とし、やがて画面いっぱいに現れたのは――
老いた美津子と、眠るみゆき。
2人は手をつないで、リール中央に静かに立っている。時を超えた愛が、そこに確かに存在していた。
そしてアビスプロデューサーとエンジニアも。
カルトルーレット・カリスマの投げた球は、「13」の手前で、一瞬、止まりかける。会場の誰もが息を呑む。
(そんな――まさか、運命が私の意志に逆らうというのか?)
だが、そこでほんのわずかに"跳ねる"。
盤面の数字が「13」から「25」へと滑り込む。
「......あれは......?」
カリスマの顔から、神の微笑みが崩れる。その瞬間、彼の内なる狂気が露わになった。
カリスマの目には確信が宿っていたが、彼の目はわずかに揺れた。
運命が、彼の意志を裏切ったのだ。
(なぜだ......なぜ13ではないのだ......私の運命が、私の意志が――)
運命を信じることが私をここまで導いた。でもその信念が、今崩れ始めている
「25」――それは、誰の願いも掛かっていなかった、ただの空白の数字。
いや、25―52 No52!
「......なぜ、"13"じゃない......?」
カリスマの声に、初めて動揺が混じった。運命を司る者が、運命に裏切られる瞬間だった。
バディたちの絵柄、老いた美津子とみゆき、そして"25"の下にだけ、小さなヒビが走る。
そのヒビから白い光が――
絶望の終焉
リールのひび割れから溢れた白い光がすべてを包むと、会場の空気は、一瞬にして"祝祭"から"廃墟"に変わった。
信者たちは、最初こそ呆然と光を見上げていたが、やがて誰からともなく席を立ち始めた。
彼らの顔に浮かんだのは、裏切られた者の絶望だった。
「運命に選ばれた」――そう信じていた誇りが、音もなく崩れ落ちていく。
「私たちは何のためにここにいたのか」
「カリスマ様は、私たちを導いてくださるはずだったのに」
「運命は、私たちを見放したのか」
声にならない問いが、会場に響く。
信者たちの顔には絶望が浮かんでいた。信じていたものがすべて崩れ落ちた。彼らはもはや何を信じれば良いのか分からない。運命に裏切られたことが、心に深い傷を残した。
顔を隠し、声もなく、ただ自分だけが助かりたかった子どものように、カジノの闇へと消えていった。
つい先ほどまで"勝利"と"救済"を叫んでいた信者たちの顔には、もう熱狂も、希望も残っていない。
**「運命に選ばれた」誇りは、白い光とともに瓦解し、**残ったのは"ちっぽけな恐怖"と"誰のものでもない孤独"だけだった。
一人の老人が、震える声で呟いた。
「私は......私は何を信じていたのだろう......」
若い女性が、涙を流しながら立ち上がった。
「全部、嘘だったの?私たちの信仰も、希望も、全部......」
だが、その涙も誰にも見向きされなかった。誰かが叫ぼうとしたが、その声は虚空に吸い込まれた。
「神もカリスマも、ここにはいない」――
気づいた瞬間、信者たちは互いの存在を避けるように、会場の影へとチリジリに散った。
まるで、同じ幻想を共有していたことを恥じるかのように。
まるで、互いの顔を見ることが、自分たちの愚かさを思い知らせるかのように。
光がすべてを拭い去ったあと、そこには、ひび割れたウィールと、いくつかの空席と、誰にも必要とされなくなった運命の残骸だけが残された。
カリスマは、一人、崩れ落ちた神の座で膝をついていた。
(私の運命が......私の絶対が......なぜ......)
美津子は、まだリールの前に立っていた。
(終わった......でも、これで本当に良かったのだろうか。みゆきは救われたのだろうか。それとも、私たちはただ、別の地獄へと足を踏み入れただけなのだろうか)
――そして、すべてが終わった。
だが、「地獄」に穴があいたその先に、 まだ"答え"を見つけていない者たちがいた。