第六章:叛逆の胎動
夜明け前の静寂
東の空がかすかに白み始めた頃、世界各地で同時多発的な動きが始まった。
極東地域では、アヤカ率いる第一部隊が、富士山麓に聳える「光明神殿」を包囲していた。神殿の周囲には金色の結界が張られ、その中から時折、天使たちの讃美歌が聞こえてくる。しかし、その美しい調べの裏には、人々を従わせる強制力が込められていることを、彼らは知っていた。
「全隊員、最終確認」
アヤカが小声で指示を出す。彼女の背後には、様々な出身の戦士たちが控えていた。元自衛官、農民、学生、会社員——神に家族を奪われ、故郷を失った人々が、ここに集結していた。
「魔術部隊、準備はいいか」
振り返ると、黒いローブを纏った魔術師たちが頷いた。彼らはアルグ=ザルから古代魔族の秘術を学んだ人間たちだった。一ヶ月前まで魔法など信じなかった彼らが、今では神の結界を破る呪文を詠唱できるまでになっていた。
「宇宙技術部隊は?」
別の場所では、ノア=セレーンから提供された装備を身に着けた部隊が待機していた。銀色に光る戦闘服と、エネルギー砲を組み合わせた装備は、まるでSF映画から飛び出してきたようだった。
「各部隊、作戦開始予定時刻まであと十分だ」
アヤカの言葉に、全員が緊張した面持ちで頷いた。
一方、欧州地域では、元NATO軍人のハンス・ミュラー大佐が「天光神殿」の偵察を続けていた。この神殿は、ローマ教皇庁の跡地に建てられた巨大な建造物で、神々の威光を示す象徴的な存在だった。
「神殿内部に生体反応、約二百体。うち八割は人間、残りは...」
双眼鏡を覗いていた部下が報告を中断した。
「残りは何だ?」
「天使、と思われます。しかし、従来我々が想像していた天使とは異なる形状のようです」
ミュラー大佐は眉をひそめた。彼は軍人としての長い経験から、未知の敵との戦いの困難さを理解していた。
「まもなく作戦開始だ。全員、最後の祈りを捧げろ。神にではなく、我々自身の勇気に対してだ」
部下たちは苦笑いを浮かべながら、それぞれに思い思いの祈りを捧げた。
世界同時作戦開始
午前零時ちょうど——統合司令部に設置された巨大スクリーンに、世界地図と十二の神殿の位置が表示されていた。レンは中央の指揮席に座り、全世界の作戦状況を監視していた。
「全部隊、作戦開始!」
レンの声が全世界に届くと同時に、十二箇所で一斉に攻撃が開始された。
光明神殿では、魔術部隊が古代魔族の呪文を詠唱し始めた。
「闇の王よ、封印の力を解き放て! 神の光を遮る黒き霧よ、今こそ立ち上がれ!」
神殿を覆っていた金色の結界が、黒い霧に侵食され始めた。神殿の中から、驚きの声が上がる。
「何だ、この邪悪な力は!」
天使の声だった。しかし、魔術部隊は動じることなく詠唱を続けた。
「宇宙技術部隊、エネルギー砲発射準備!」
アヤカの命令で、銀色の装備を身に着けた戦士たちが一斉にエネルギー砲を構えた。青白い光が砲口に収束していく。
「目標、神殿正面入口の結界中枢部! 発射!」
十数発のエネルギー弾が結界に命中し、巨大な爆発が起こった。金色の光が消え、神殿の真の姿が露わになる。
「突撃部隊、前進!」
人類の戦士たちが神殿に向かって駆け出した。彼らの武器は従来の銃器だったが、ノア=セレーンによって改良され、神や天使にも有効なエネルギー弾を発射できるようになっていた。
神殿の中から、白い翼を持つ天使たちが現れた。しかし、彼らの姿は人間が想像していた美しい天使とは程遠く、機械的で冷酷な印象を与えた。
「神への反逆者たちめ! 神罰を受けよ!」
天使たちが一斉に攻撃を仕掛けてきた。光の槍や雷撃が戦士たちに降り注ぐ。
「防御陣形! 宇宙防御技術、展開!」
アヤカの指示で、戦士たちがエネルギーシールドを展開した。天使の攻撃が青白いバリアに阻まれる。
「反撃開始! 神殺しの意志を込めて、撃て!」
人類側の反撃が始まった。改良された武器から放たれるエネルギー弾が、天使たちを捉えていく。
「これは...人間の武器ではない!」
天使の一体が驚愕の声を上げた。
「魔族と宇宙人の技術が融合している。神は予想していなかった展開だ」
別の天使が分析する。
「ならば、我々も本気で戦うしかない」
天使たちの姿が変化し始めた。美しい人型から、巨大な光の塊へと変貌する。
「来るぞ! 全員、最大警戒!」
アヤカが警告を発した瞬間、神殿全体が光に包まれた。
欧州での激戦
同じ頃、天光神殿では、ミュラー大佐率いる部隊が激しい戦闘を繰り広げていた。
「第一小隊、左翼から神殿に接近! 第二小隊、右翼を制圧せよ!」
軍人らしい的確な指示で、部隊は組織的に神殿を攻撃していた。しかし、この神殿の天使たちは他とは異なる特徴を持っていた。
「大佐、敵は戦術的な動きを見せています!」
「何だと?」
「まるで軍事訓練を受けたような連携攻撃を仕掛けてきます!」
確かに、この神殿の天使たちは他の神殿とは違って、組織的な戦術を用いていた。まるで神が人間の軍事技術を研究し、それを天使たちに教え込んだかのようだった。
「面白い。神も学習するということか」
ミュラー大佐は皮肉な笑みを浮かべた。
「ならば、我々も神の想像を超える戦術を見せてやろう。魔族戦術部隊、出番だ!」
彼の合図で、魔族の戦士たちが前線に出た。アルグ=ザルの直属部下として復活した古代魔族の戦士たちは、神が想定していない異次元戦術を用いることができた。
「空間転移攻撃、開始!」
魔族戦士たちが一瞬で姿を消し、次の瞬間には天使たちの背後に現れていた。
「何!? 瞬間移動だと!?」
天使たちが動揺する中、魔族の暗黒剣が彼らを貫いた。
「これは神の想定外だな」
アルグ=ザルの声が戦場に響いた。彼は物理的にはその場にいないが、契約した魔族戦士たちを通じて戦場を観察していた。
「神よ、貴様らの千年計画に、我ら魔族は含まれていなかったようだな」
神殿の奥から、より強力な存在の気配が立ち上がった。
「ついに本体が出てくるか」
ミュラー大佐が身構えた。
他地域での同時攻撃
世界各地で同様の戦闘が展開されていた。
南米のマチュピチュ神殿では、地元の先住民戦士たちが中心となって攻撃を仕掛けていた。彼らは古来より神秘的な力を信じており、宇宙人の技術と魔族の力を素早く習得していた。
「コンドルの翼に乗り、太陽の力を借りて!」
先住民の戦士が古い呪文を唱えながら、エネルギー砲を発射した。この融合は、神々にとって全く予想外の組み合わせだった。
アフリカのサハラ神殿では、様々な部族の戦士たちが団結して戦っていた。彼らの戦い方は野性的でありながら、宇宙技術によって強化されていた。
「祖先の霊よ、我らに力を!」
戦士たちの雄叫びが砂漠に響く中、神殿の結界が次々と破られていく。
アジアのヒマラヤ神殿では、修行僧たちが中心となった部隊が、精神力と科学技術を組み合わせた独特な戦法を展開していた。
「心を無にして、宇宙の真理と一つになれ」
僧侶たちの瞑想と宇宙人の精神技術が融合し、天使たちの精神攻撃を無力化していく。
統合司令部での状況判断
「各地の戦況報告が入っています」
統合司令部で、田村博士が次々と情報を整理していた。
「光明神殿、天光神殿、マチュピチュ神殿で結界突破成功。神殿内部への侵入開始」
「サハラ神殿、ヒマラヤ神殿では激しい抵抗に遭遇中。しかし、劣勢ではありません」
「残り七つの神殿の状況は?」
レンが尋ねた。
「北欧、オーストラリア、太平洋、大西洋、北極、南極の各神殿では、まだ本格的な戦闘は始まっていません。神々が何かを待っているようです」
ノア=セレーンが分析結果を報告した。
「おそらく、神々は我々の実力を測定しています。最初の五つの神殿での戦闘結果を見て、本格的な反撃計画を立てているのでしょう」
「つまり、神々も慎重になっているということか」
レンが考え込んだ。
「それは良い兆候でもあり、悪い兆候でもあります」
アルグ=ザルの声が響いた。
「良い兆候というのは、神々が我々を真の脅威として認識し始めたということ。悪い兆候というのは、彼らが本気で反撃してくる可能性が高いということです」
光明神殿の陥落
最初の大きな成果は、アヤカ率いる光明神殿攻略部隊から報告された。
「神殿中枢部への侵入に成功! 神殿の心臓部、神力発生装置を発見!」
アヤカの興奮した声が司令部に届いた。
「神殿の中心には、巨大なクリスタルがあります。これが神の力の源のようです」
「それを破壊できるか?」
レンが尋ねた。
「魔族の暗黒魔法と宇宙人のエネルギー兵器を組み合わせれば、破壊可能と思われます」
「よし、破壊してくれ」
「了解。魔術部隊、宇宙技術部隊、合同攻撃準備!」
アヤカの指示で、両部隊が神力クリスタルを囲んだ。
「古代魔族の封印破りの呪文を詠唱開始」
「宇宙エネルギー砲、最大出力で照準完了」
「「「神殺しの意志を込めて!」」」
魔法と科学技術が融合した攻撃が、神力クリスタルに叩き込まれた。
巨大な爆発と共に、クリスタルが粉々に砕け散った。その瞬間、光明神殿全体が崩壊を始めた。
「全員、神殿から退避!」
戦士たちが神殿から脱出する中、空から神々の怒りの声が響いた。
「人間どもめ! よくも神聖な神殿を!!」
しかし、その声には明らかな動揺が含まれていた。神々にとって、神殿の陥落は想定外の出来事だったのだ。
世界への衝撃
光明神殿の陥落は、瞬く間に世界中に伝わった。
「速報です。日本の光明神殿が、反神勢力によって破壊されました」
各地の放送局が一斉にこのニュースを伝え始めた。しかし、神の統制下にあるメディアは、この出来事を「テロリストによる破壊行為」として報道した。
「これは神への冒涜であり、人類への神罰が下されるでしょう」
政府高官たちは神の怒りを恐れ、反神勢力への弾圧を強化すると発表した。
しかし、一般市民の反応は複雑だった。
「本当に神殿が破壊されたのか?」
「神は本当に無敵じゃないのか?」
「もしかして、神に逆らうことができるのか?」
人々の心の中で、長年抑圧されていた疑問が頭をもたげ始めた。
神々の支配に疑問を持ちながらも、その絶対的な力を恐れて従っていた人々が、初めて希望の光を見出したのだ。
神々の対応
天界では、神々が緊急会議を開いていた。
「一つの神殿が陥落しました。これは開闢以来、初めての出来事です」
報告する天使の声は震えていた。
「人間、魔族、そして宇宙人が協力している。これは予想外でした」
「特に、宇宙人の技術は我々の計算を超えています。彼らの科学力は神の力に匹敵しうるものです」
主神の一柱が静かに立ち上がった。
「では、我々も本気で対応するしかあるまい」
その神の姿は、人間が想像する慈悲深い神とは程遠い、冷酷で機械的な存在だった。
「全神殿の防御を最高レベルに引き上げよ。そして、反逆者たちの指導者を特定し、直接的な神罰を下す」
「主神様、しかし直接介入は古の契約に...」
「契約など、もはや意味をなさん。人間たちが契約を破ったのだ。我々も制約を解くときが来た」
神々の会議室に、不穏な空気が流れた。
第二の勝利
光明神殿陥落から数時間後、今度は天光神殿からも勝利の報告が入った。
「ミュラー大佐率いる欧州部隊、天光神殿制圧に成功!」
統合司令部に歓声が上がった。
「大佐の報告によると、この神殿では神々の軍事技術が実験されていたようです。神々は人間の戦術を研究し、それを上回る戦闘システムを開発していました」
田村博士が詳細を報告した。
「しかし、魔族の異次元戦術と宇宙人の超科学技術の組み合わせは、神々の想定を完全に超えていました」
「つまり、神々も我々について学習し、対策を立てようとしているということか」
レンが考え込んだ。
「そうです。これは単純な力対力の戦いではありません。お互いの戦術、技術、そして意志力を試し合う、壮大な頭脳戦でもあるのです」
ノア=セレーンが補足した。
「神々の学習速度は極めて高速です。我々も常に新しい戦術を開発し続けなければなりません」
民衆の覚醒
二つの神殿の陥落は、世界中の人々に計り知れない衝撃を与えた。
「神殿が本当に破壊された...」
「神は絶対的な存在じゃなかったのか?」
街角で人々が小声で話し合っていた。神の監視網を恐れながらも、この歴史的な出来事について議論せずにはいられなかった。
ある都市では、地下で秘密集会が開かれていた。
「諸君、時代が変わろうとしている」
集会の指導者が興奮した様子で語りかけた。
「長い間、我々は神の奴隷として生きてきた。しかし、ついに神に立ち向かう者たちが現れた」
「しかし、神の報復が恐ろしい」
不安を抱く参加者の声が上がった。
「恐れることはない。既に二つの神殿が陥落した。神々は無敵ではないのだ」
「我々も何かできることはないか?」
「まずは情報収集だ。反神勢力の動向を把握し、可能な限り支援する」
世界各地で、このような秘密集会が開かれ始めた。神々の支配体制に初めて大きな亀裂が入った瞬間だった。
三つ目の神殿攻略
マチュピチュ神殿でも、先住民戦士たちの活躍により、神殿制圧が成功した。
「コンドルの戦士たちが、太陽神の神殿を解放したぞ!」
南米先住民の戦士長が高らかに勝利を宣言した。
「我々の祖先が何百年も前から予言していた、偽りの神々を倒す日がついに来た!」
この神殿の陥落は、南米全体に大きな波紋を広げた。古来からの伝統と現代の科学技術が融合した戦いは、人々に深い感動を与えた。
「三つの神殿が陥落...」
統合司令部では、戦況の推移を見守っていた。
「神々の反応はどうだ?」
レンが尋ねた。
「まだ直接的な反撃はありません。しかし、空の様子が変化しています」
田村博士が天体観測データを示した。
「各地で異常な気象現象が観測されています。これは神々が何らかの準備をしている証拠かもしれません」
「準備か...」
レンの体内で、三種族の力が不安定に波動していた。神々の動きを感じ取っているのかもしれない。
「みなさん、油断は禁物です」
アルグ=ザルが警告した。
「神々の真の力は、まだ発揮されていません。これまでは様子見だったのでしょう。しかし、三つの神殿を失った今、本格的な反撃に出るはずです」
神の反撃開始
その時、統合司令部の通信システムに異常が発生した。
「緊急事態! サハラ神殿部隊との通信が途絶しました!」
「ヒマラヤ神殿部隊からも応答がありません!」
「何が起こっている?」
レンが立ち上がった瞬間、空が異様に光り始めた。
「これは...神々の直接介入です!」
ノア=セレーンが緊迫した声で報告した。
「神々が直接、物理世界に力を行使し始めました。これまでの間接的な支配から、直接的な武力行使に切り替えたのです」
空から巨大な光の柱が降り注ぎ、地上の各都市を照らし出した。その光は美しくも恐ろしく、見る者すべてを震え上がらせた。
「全世界に告ぐ」
空から神々の声が響いた。
「神に反逆する者たちよ、今すぐその愚行を止めよ。さもなくば、天罰を下す」
神々の声は圧倒的な威圧感を伴い、聞く者の心に恐怖を植え付けた。
「恐れることはない」
しかし、レンは毅然として立ち上がった。
「神々が直接出てきたのは、我々を真の脅威として認めた証拠だ。これこそが我々の望んでいた状況だ」
レンの言葉に、司令部の全員が勇気を取り戻した。
「そうだ、神々を表に引きずり出すことが目的だったのだ」
「隠れて支配するのではなく、堂々と戦わせることが重要だった」
「ついに、神々との真の戦いが始まる」
世界の変化
神々の直接介入宣言は、世界中に激震を走らせた。
長年の支配体制が公然と脅威に晒されたことで、神々はもはや陰に隠れて支配することを諦めたのだ。
「これで世界中の人々が真実を知ることになる」
アヤカが光明神殿から帰還し、統合司令部で報告していた。
「神々は慈悲深い存在ではなく、単なる支配者だということが明白になりました」
「民衆の反応はどうだ?」
「混乱していますが、同時に覚醒も始まっています。長年抑圧されていた疑問や怒りが、一気に表面化しています」
世界各地で、人々が街頭に出始めていた。ある者は神々の怒りを恐れて祈りを捧げ、ある者は反神勢力への支持を表明していた。
「時代の転換点だ」
レンが窓の外を見つめながら呟いた。
「神々の絶対支配が終わり、人々が自分たちの意志で選択する時代が始まろうとしている」
次の段階への準備
三つの神殿の陥落と神々の直接介入宣言により、「神殺し協定」は新たな段階に入った。
「これからが本当の戦いです」
ノア=セレーンが全員を見回した。
「神々は本気で我々を潰しにかかってくるでしょう。しかし同時に、世界中の人々が我々の存在を知り、支援してくれる可能性も高まりました」
「魔族の力も、さらに解放する必要があります」
アルグ=ザルが提案した。
「封印されている古代魔族の戦士たちを、もっと多く復活させましょう」
「宇宙連邦からの支援も要請済みです」
「そして、最も重要なのは」
レンが決意を込めて語った。
「僕自身の力をさらに覚醒させることです。三種族の力の融合を完全なものにし、真の神殺しの器となる必要があります」
夜が更けていく中、統合司令部では次の作戦の準備が進められていた。
神々との全面戦争が始まった今、彼らには後戻りできない道を歩んでいた。しかし、その道の先には、神々の支配から解放された、自由で平等な世界が待っているはずだった。
「美咲...」
レンが妹の名前を小さく呟いた。
「君の仇は必ず取る。そして、君が望んでいた平和な世界を、僕たちの手で作り上げる」
三つの神殿の陥落という大きな勝利を収めた「神殺し協定」。しかし、これは長い戦いの始まりに過ぎなかった。
神々の本格的な反撃が始まろうとしている今、レンたちには更なる試練が待ち受けていた。しかし同時に、世界中の人々の支持と希望も集まり始めていた。
叛逆の胎動は、もはや止めることのできない大きな流れとなって、世界を変えようとしていた。