第五章:神殺し協定
廃墟と化した旧東京の地下深く、かつて政府の機密施設だった巨大な空間に、三つの異なる種族が集まっていた。
円卓を模した石の台を囲み、人類側からはアヤカ=ミサキを筆頭とする地下抵抗組織の幹部たち、魔族側からは封印を解かれたばかりの古代魔王アルグ=ザル、そして宇宙連邦からは五つの異星種族の代表者たちが席に着いていた。
レンは円卓の一角に立ち、三つの勢力を見渡していた。彼の体内では魔族の力が脈動し、同時に宇宙人たちから授けられた超科学技術が血管を駆け巡っている。人間でありながら、もはや人間を超えた存在となった彼こそが、この異例の会談を実現させた要となる存在だった。
「まずは各勢力の現状を確認しましょう」
アヤカの声が地下施設に響いた。彼女の横には、元政府軍の将官だった桐生、科学者出身の田村博士、そして各地のレジスタンス指導者たちが控えている。
「人類側の戦力は、世界各地に散らばる地下組織を統合して約三十万人。しかし、神の直接攻撃に耐えうる兵器は皆無に等しい状況です」
続いて、銀色の肌を持つセレーン族の代表、ノア=セレーンが立ち上がった。
「宇宙連邦としては、神々を『高次元エネルギー生命体の集合』として分析しています。我々の科学技術レベルでは単独での勝利は困難ですが、次元防壁発生装置、エネルギー中和兵器、そして精神波攻撃システムの提供は可能です」
アルグ=ザルが低い声で割って入った。
「科学だけでは神は倒せん。奴らは物理法則を超越した存在だ。しかし魔族の古代秘術なら、神の加護を無効化し、その不死性を封じることができる。問題は――」
魔王の赤い瞳が険しく光る。
「神を倒した後の世界をどうするかだ」
その言葉が会議室に重い沈黙をもたらした。
水晶のような体を持つクリスタリアンの代表、ゼン=クォーツが集合意識の声で語りかけた。
『我々クリスタリアンの集合知が予測するに、神々の消滅は世界の根本的な変革をもたらします。創造の法則、生命の循環、魂の行方――すべてが未知数となるでしょう』
エネルギー体として存在するルミナス族のオーラが揺らめく。
「それは進化の機会でもある」
プラズマ族のスパーク=ヴォルトが電光を散らしながら発言した。
「神の支配から解放された生命体は、真の自由意志を獲得する。それこそが宇宙の理想形態だ」
だが、多次元に同時存在するメタ・ヒューマン族のエコー=インフィニティが複数の声で異を唱えた。
「複数の可能性を同時に観測する我々の視点では、神殺しの結果は破滅的な未来も含んでいる。世界の秩序が完全に崩壊し、全生命が滅亡する確率も存在する」
桐生将軍が拳を机に叩きつけた。
「だからといって、このまま神の奴隷でいろというのか! 人類は既に十分すぎるほど苦しんできた!」
田村博士が冷静に口を開く。
「感情論では解決しません。具体的なプランが必要です。仮に神を倒せたとして、その後の世界統治はどうするのですか? 三つの勢力が協力を続けられる保証はあるのですか?」
アルグ=ザルが嘲笑のような音を立てた。
「貴様ら人間は、いつもそうやって先のことを心配しすぎる。今目の前の敵を倒すことが先決だろう」
「いえ、それは違います」
レンが初めて口を開いた。全員の視線が彼に集中する。
「神を倒すことは手段であって、目的ではありません。僕たちが本当に求めているのは、自由で平等な世界のはずです。その世界がどんなものなのか、明確なビジョンを共有できなければ、この協定は意味がない」
ノア=セレーンが興味深そうに首を傾げた。
「では、相馬レン、君の考える理想の世界とは?」
レンは深く息を吸った。妹の美咲の顔が脳裏に浮かぶ。
「誰も理不尽な死を強制されない世界。誰も一方的な支配を受けない世界。そして――」
彼の声が震えた。
「家族を愛し、友人と笑い合い、夢に向かって歩ける、当たり前の日常が保証された世界です」
アヤカが優しい表情を浮かべる。
「それは美しい理想ね。でも、現実的な問題がある。神がいなくなった後、誰が世界の秩序を維持するの? 法律は? 道徳は? これまで神に依存してきた文明システムをどう再構築する?」
クリスタリアンの集合意識が答えた。
『我々の種族では、集合知による民主的意思決定システムを採用しています。個体の自由意志を尊重しながら、全体の調和を保つ仕組みです』
「それは君たちの種族だからできることだ」
プラズマ族が反論する。
「エネルギー生命体である我々には物質的な利害関係がない。だが人類や魔族には肉体があり、欲望がある。同じシステムは通用しない」
魔王アルグ=ザルが不敵に笑った。
「力こそが正義だ。神を倒した後は、最も強い者が世界を統治すればよい。それが自然の摂理だろう」
「それでは神の圧政と何も変わらない!」
アヤカが立ち上がって抗議する。
「強者による支配なんて、結局は別の形の奴隷制度よ!」
「では何を提案する、人間よ」
アルグ=ザルが挑発的に問いかける。
「貴様らの『民主主義』とやらか? だが見ろ、神が現れる前の人類世界を。戦争、差別、環境破壊――貴様らの理想的な社会がどれほど醜悪だったか、忘れたとでも言うのか?」
会議室に険悪な空気が流れる。桐生将軍が席を立ちかけたが、田村博士が彼を制した。
「冷静になりましょう。互いを非難しても解決しません。重要なのは、過去の失敗から学び、より良いシステムを構築することです」
ルミナス族のオーラが穏やかに光る。
「提案があります。段階的統治システムはどうでしょうか」
全員がルミナス族に注目する。
「神殺し後の混乱期には、三勢力による共同統治機関を設立。その間に各地域で自治体制を構築し、最終的には地球全体の連邦制に移行する」
メタ・ヒューマン族のエコー=インフィニティが複数の次元から同時に発言した。
「並行宇宙の観測データでは、そのようなシステムが成功する確率は約40%。失敗パターンの多くは、移行期における権力闘争が原因」
「ならば権力闘争を防ぐ仕組みが必要ですね」
田村博士が分析的に述べる。
「具体的には、権力の集中を防ぐチェック・アンド・バランス、定期的な代表者交代、そして異なる種族間の相互監視システムなど」
ノア=セレーンが資料を取り出した。
「宇宙連邦では、『種族多様性理事会』という組織があります。各種族の代表が重要事項を討議し、合意に基づいて意思決定を行う制度です。これを地球に適用することも可能でしょう」
だがアルグ=ザルが首を振る。
「綺麗事はもうたくさんだ。現実を見ろ。神を倒すためには、圧倒的な力が必要だ。その力を持つ者が責任を負うのは当然だろう」
魔王の視線がレンに向けられる。
「レン、貴様こそが真の『神殺しの器』となる。ならば貴様が新世界の王となるのが理にかなっている」
「僕は王になりたいわけじゃない」
レンが静かに答える。
「力を持つ者が支配者になるべきだという考え方こそが、神の思想と同じです。僕が求めているのは、誰も一人の意思によって支配されない世界なんです」
アヤカがうなずく。
「レンの言う通りよ。力を持つ者ほど謙虚でなければならない。権力は腐敗するもの。それを防ぐシステムこそが重要」
「理想論だ」
桐生将軍が苦々しく呟く。
「戦争に勝つためには統一された指揮系統が必要だ。民主的意思決定なんて悠長なことをしている余裕はない」
クリスタリアンの集合意識が提案した。
『では戦時と平時で統治システムを分けてはどうでしょう。神殺し作戦中は軍事評議会による指揮統制、作戦完了後は民主的な暫定政府に移行』
「それは現実的な案ですね」
田村博士が賛同する。
「ただし、戦時権力から平時権力への移行を保証する仕組みが必要です。歴史上、非常時の権力者が権力を手放さなかった例は数多くありますから」
プラズマ族が電光を散らしながら発言した。
「移行期限を明確に設定し、期限到来時には自動的に権力構造が変化するシステムはどうだ? 技術的には可能だ」
「具体的には?」
アヤカが身を乗り出す。
ノア=セレーンが説明を始めた。
「量子暗号化された指揮権データベースを作成し、予め設定された期日に自動的にアクセス権限が変更されるようプログラムします。物理的な介入では変更不可能な仕組みです」
「それは面白いアイデアだ」
田村博士が目を輝かせる。
「技術的な強制力によって権力移譲を保証するわけですね。独裁者の出現を防ぐ画期的なシステムかもしれません」
だがメタ・ヒューマン族が懸念を示した。
「多次元観測では、技術システムに依存しすぎると、システム自体が新たな支配者となる可能性があります。技術による統治が人間性を失わせる未来も観測されています」
アルグ=ザルが嘲笑う。
「結局、何をやっても完璧なシステムなど存在しないということだ。ならば最初から力で決めた方が分かりやすい」
「諦めるのは早すぎます」
レンが強い口調で言った。
「完璧なシステムは存在しないかもしれません。でも、より良いシステムを目指すことはできる。神の完璧な支配よりも、不完璧でも自由な世界の方がはるかにマシです」
ルミナス族が穏やかに光りながら提案した。
「では、複数のシステムを並行稼働させるのはどうでしょう。地域ごとに異なる統治形態を試行し、最も成功した形態を徐々に普及させていく」
「実験的統治システムですか」
田村博士が興味深そうに呟く。
「確かに、一律のシステムを強制するよりも柔軟性がありますね。地域の特性に合わせた統治が可能になる」
「だが、それでは統一性が失われる」
桐生将軍が反対する。
「バラバラのシステムでは、いざという時に連携が取れない。再び分裂と対立が生まれるだけだ」
アヤカが考え込むような表情を見せる。
「確かに統一性は重要ね。でも、画一化と統一は違うと思う。共通の価値観や目標を持ちながら、手法は多様化するということは可能じゃないかしら」
クリスタリアンの集合意識が響いた。
『我々の提案は「核心的価値の共有」です。生命の尊重、自由意志の保障、種族間の平等――これらの基本原則を全地域で共有し、具体的な統治手法は地域に委ねる』
「それは良いアイデアです」
ノア=セレーンが賛同する。
「宇宙連邦でも似たようなシステムを採用しています。『宇宙基本法』という共通法の下で、各文明が独自の社会システムを発達させている」
だがアルグ=ザルが眉をひそめる。
「抽象的な理念だけでは、現実の問題は解決できん。資源の配分、領土の境界、犯罪の処罰――具体的な問題にどう対処するつもりだ?」
プラズマ族が答えた。
「段階的解決システムを提案する。まず地域レベルで問題を処理し、解決できない場合は広域調停機関に委ねる。最終的には三種族合同評議会で裁定する」
「三段階の紛争解決システムですね」
田村博士がメモを取りながら呟く。
「理論的には機能しそうですが、実際に運用するとなると多くの課題がありそうです」
メタ・ヒューマン族が複数の声で発言した。
「並行宇宙の観測データでは、このような多層システムは約60%の確率で安定化します。しかし、初期段階での混乱は避けられません」
「混乱は覚悟の上よ」
アヤカが決然と言った。
「神の支配下での偽りの平和よりも、自由を求める混乱の方がはるかにマシ。人類はその混乱を乗り越える力を持っているはず」
ルミナス族が新たな提案をした。
「教育システムの再構築も重要です。神への従属を前提とした旧来の教育を一新し、自立的思考と相互理解を重視した新教育を実施する必要があります」
「それは本質的な指摘ですね」
田村博士が深くうなずく。
「人々の意識を変えなければ、どんなに優れたシステムを作っても機能しません。特に宗教的依存から脱却するには、科学的思考と倫理的判断力の育成が不可欠です」
クリスタリアンの集合意識が補足した。
『教育改革には世代を超えた時間が必要です。即効性を期待してはいけません。長期的視点での取り組みが重要でしょう』
だがアルグ=ザルが苛立ちを露わにする。
「また理想論か。神を倒すのが先だ。その後のことはその後考えればよい」
「いえ、それは危険な考え方です」
レンが魔王を見据えて言った。
「目的を明確にしないまま戦うことほど危険なことはありません。勝利の後に何が待っているのか、それを共有できなければ、この協定は単なる復讐劇に終わってしまいます」
ノア=セレーンが賛同する。
「相馬レンの言う通りです。我々宇宙連邦が地球の神殺し計画に協力するのは、真の文明進歩を促進するためです。単純な破壊活動には関与できません」
「では、具体的な行動計画を立てましょう」
アヤカが会議の方向を実務的に転換した。
「神殺し作戦の詳細、戦後統治の枠組み、教育改革の方針――これらすべてを文書化して、正式な協定として締結する必要があります」
桐生将軍が重い口調で発言した。
「忘れてはならないのは、この協定が発覚すれば、我々全員が神の標的になるということだ。背水の陣だぞ」
プラズマ族が電光を激しく散らした。
「恐れることはない。我々には勝算がある。魔族の古代秘術、宇宙連邦の超科学技術、そして人類の不屈の意志――これらが組み合わされば、神々とて倒せないことはない」
メタ・ヒューマン族が冷静に分析した。
「勝利の確率は約35%。敗北の確率は約40%。残り25%は引き分けまたは予測不可能な結果。決して楽観できる数字ではありません」
「35%でも十分です」
レンが力強く宣言した。
「神の支配が続く限り、人類に未来はありません。わずかでも可能性があるなら、挑戦する価値はある」
沈黙が会議室を支配した。それぞれが自分の種族、自分の信念、そして未来への責任を背負いながら、この歴史的な決断の重みを感じていた。
アルグ=ザルが最初に口を開いた。
「面白い。数千年ぶりに、これほど壮大な賭けに参加できるとは。魔族として、この協定に署名しよう」
続いてノア=セレーンが立ち上がった。
「宇宙連邦代表として、地球文明の独立を支援することを誓います」
クリスタリアン、ルミナス族、プラズマ族、メタ・ヒューマン族も次々と賛同の意を示した。
アヤカが深く息を吸った。
「人類代表として、自由と尊厳のために戦うことを誓います」
そして最後に、レンがゆっくりと口を開いた。
「僕は――相馬レンは、神殺しの器として、そして一人の人間として、この協定に命を賭けます。美咲や、神に奪われたすべての命のために」
円卓の中央に、光る羊皮紙が現れた。魔族の秘術、宇宙科学技術、そして人類の意志が融合した、特別な契約書だった。
それぞれの代表者が、種族固有の方法で署名を行った。人類は血液で、魔族は魂の一部で、宇宙人たちは各々のエネルギー波形で。
契約が完了すると、羊皮紙は七つの破片に分かれ、それぞれの勢力に分配された。これで協定の拘束力が各勢力に及ぶことになる。
「これで『神殺し協定』が正式に発効しました」
アヤカが厳粛に宣言した。
「今日から我々は、運命共同体です」
協定締結後、具体的な作戦会議が始まった。
田村博士が巨大なホログラム地図を展開する。
「まず神々の拠点を特定する必要があります。現在確認されている神の神殿は世界に十二箇所。それぞれが異なる権能を持つ神によって管理されています」
ノア=セレーンが補足した。
「我々の分析では、これらの神殿は単なる礼拝所ではありません。神々のエネルギー供給システムの中継点でもあります。すべてを同時に攻撃すれば、神々の力を大幅に削ぐことができるでしょう」
アルグ=ザルが興味深そうに身を乗り出す。
「同時攻撃か。だが、各神殿には強力な結界が張られている。魔族の力をもってしても、単独での突破は困難だ」
クリスタリアンの集合意識が提案した。
『我々の精神波攻撃で結界を弱体化させ、その隙に魔族が突破する。同時に宇宙連邦の次元兵器で神殿の物理構造を破壊する』
「三段階同時攻撃システムですね」
桐生将軍が戦術的に分析する。
「しかし、十二箇所を同時に攻撃するには、相当な戦力分散が必要だ。各攻撃部隊の規模と構成をどうするか」
プラズマ族が提案した。
「各攻撃部隊に三種族の代表を配置し、現地で連携攻撃を行う。統一指揮はレンが担当し、全体調整を行う」
「僕が統一指揮を?」
レンが驚く。
「君以外に適任者はいない」
ルミナス族が穏やかに光る。
「人類、魔族、宇宙人――すべての力を体現しているのは君だけだ。三種族の信頼を得られるのも君だけ」
メタ・ヒューマン族が複数の次元から確認した。
「並行宇宙の観測でも、相馬レンが指揮を執る場合の成功率が最も高い。約45%まで上昇します」
アヤカが心配そうに見つめる。
「でも、レンに負担をかけすぎるのは危険よ。まだ17歳なのに、世界の運命を背負わせるなんて」
「僕は大丈夫です」
レンが決然と答える。
「これは僕自身の戦いでもありますから。美咲を殺した神々を、この手で倒します」
田村博士が詳細な作戦タイムテーブルを提示した。
「準備期間は三ヶ月。各攻撃部隊の編成、装備の調達、訓練の実施を並行して進めます。同時攻撃の開始時刻はグリニッジ標準時で午前零時」
「なぜ深夜なのですか?」
レンが質問する。
ノア=セレーンが答えた。
「神々のエネルギー活動が最も低下する時間帯です。地球の夜側では神の監視も緩くなります」
アルグ=ザルが補足する。
「それに、魔族の力は夜により強く発揮される。月の魔力を借りることもできる」
クリスタリアンの集合意識が精神的側面から分析した。
『深夜は人類の集合無意識が最も活発になる時間でもあります。全人類の潜在的な神への怒りを結集させる好機です』
「では、各攻撃部隊の編成を決めましょう」
アヤカが実務的に進行する。
「第一神殿から第十二神殿まで、それぞれに部隊を割り当てます。各部隊には人類から五十名、魔族から十体、宇宙人から各種族二名ずつ配置」
桐生将軍が軍事的観点から意見した。
「予備戦力も必要だ。主攻撃が失敗した場合の緊急支援部隊を用意すべきだろう」
プラズマ族が電光を散らしながら提案した。
「我々プラズマ族は瞬間移動が可能だ。緊急支援部隊として最適だろう」
メタ・ヒューマン族が多次元から確認した。
「多次元観測により、リアルタイムで各戦場の状況を把握できます。戦術調整の情報提供を担当しましょう」
ルミナス族が穏やかに提案した。
「我々は負傷者の治療と戦場からの撤退支援を担当します」
レンが感謝の気持ちを込めて言った。
「みなさん、ありがとうございます。この作戦は必ず成功させます」
会議が終盤に差し掛かったとき、突然警報音が鳴り響いた。
「神の偵察部隊が接近しています!」
監視担当の人類兵士が駆け込んできた。
「距離約十キロ、天使兵二十体。このままでは五分後に到着します!」
会議室に緊張が走る。
「協定締結の場面を見られるわけにはいかない」
アヤカが即座に判断する。
「各勢力は直ちに撤退を!」
だがアルグ=ザルが立ち上がった。
「逃げる必要はない。来るなら来い。この場で神の手先どもを皆殺しにしてやる」
「いえ、戦闘は避けるべきです」
ノア=セレーンが冷静に判断する。
「まだ準備が整っていません。今戦って協定の存在が発覚すれば、すべてが台無しです」
レンが決断した。
「僕が陽動します。天使兵を引きつけて、皆さんの撤退時間を稼ぎます」
「危険すぎるわ!」
アヤカが反対する。
だがクリスタリアンの集合意識が支援を申し出た。
『我々の精神波バリアでレンを保護します。短時間なら天使兵の攻撃を防げるでしょう』
プラズマ族も協力を申し出た。
「瞬間移動でレンの脱出をサポートする」
「ありがとうございます」
レンが感謝を込めて答える。
「では、作戦開始です」
地下施設の各出口から、三つの勢力が静かに撤退を開始した。魔族は闇に溶け込むように消え、宇宙人たちは光学迷彩で姿を隠し、人類は秘密の地下通路を使って脱出していく。
レンは一人、地上に向かった。廃墟となった東京の街並みに、神々しい光を纏った天使兵たちが降下してくる。
「神を冒涜する者よ、その罪を贖え!」
天使兵の隊長が光の剣を構えて宣言した。
レンの体内で魔族の力が脈動する。同時に、宇宙人から授けられた超科学技術が彼の神経系統を強化していく。
「僕の罪? 僕たちから家族を奪い、故郷を焼き、自由を奪った神こそが罪人だ!」
魔王剣・漆黒が出現し、レンの手に握られる。
「魔族の力を身につけた堕落者め!」
天使兵たちが一斉に攻撃を開始した。光の矢が雨のように降り注ぐ。
だがクリスタリアンの精神波バリアがレンを包み込み、攻撃を無効化する。同時にレンは魔王剣を振るい、反撃に転じた。
「魔王奥義・神殺し!」
漆黒の剣気が天使兵たちを襲う。三体の天使兵が消滅した。
「こんな力を持つなんて...まさか神殺し協定が!」
天使兵隊長が驚愕する。
レンは内心で焦った。協定の存在を悟られてしまった。
だがその時、プラズマ族の瞬間移動システムが作動し、レンの姿が消えた。
「逃がすな! 神殺し協定の情報を本部に報告しろ!」
天使兵たちが混乱する中、レンは安全な場所に転移していた。
数時間後、各勢力の代表者たちが緊急通信で連絡を取り合った。
「協定の存在が発覚した可能性があります」
アヤカの声に緊張が宿っていた。
「天使兵の報告が神々に届けば、我々の計画は筒抜けになります」
ノア=セレーンが冷静に分析した。
「しかし、まだ詳細は知られていません。協定の署名者や具体的な作戦内容までは把握されていないでしょう」
アルグ=ザルが獰猛に笑った。
「ならば予定を早めるまでだ。三ヶ月の準備期間を一ヶ月に短縮し、神どもが対策を立てる前に攻撃を開始する」
「しかし準備不足は致命的です」
田村博士が懸念を示す。
「装備の調達、部隊の訓練、連携システムの構築――どれも時間が必要な作業です」
クリスタリアンの集合意識が提案した。
『我々の集合知を活用すれば、学習と訓練の効率を大幅に向上させることができます。一ヶ月でも十分な準備が可能でしょう』
メタ・ヒューマン族が多次元から確認した。
「並行宇宙の観測では、準備期間短縮による成功率低下は約5%。許容範囲内です」
レンが決断した。
「では、作戦実行日を一ヶ月後に変更します。各勢力は急ピッチで準備を進めてください」
ルミナス族が穏やかに光りながら確認した。
「協定の結束は変わりませんね? 神々に発覚したからといって、協力関係を解消するわけではありませんね?」
アヤカが力強く答えた。
「もちろんです。むしろ今こそ結束を強めるべき時よ」
プラズマ族が電光を散らした。
「神どもに我々の決意を見せつけてやろう」
桐生将軍が軍人らしく宣言した。
「人類は最後まで戦い抜く。神殺し協定に命を賭ける」
通信を終えた後、レンは一人夜空を見上げていた。星々の向こうに、神々の本拠地があるという。
「美咲...もうすぐだよ。君の仇を取る時が来た」
彼の体内では、魔族の力と宇宙人の技術が融合し、新たな進化を遂げようとしていた。人間、魔族、宇宙人――三つの種族の力を統合した真の「神殺しの器」として。
その頃、神々の本拠地では緊急会議が開かれていた。
「神殺し協定だと?」
創造神の一柱が激怒していた。
「下等生物どもが、我らに刃向かおうというのか!」
「魔族と宇宙人が関与しているとなると、事態は深刻です」
別の神が冷静に分析する。
「特に魔族の古代秘術は、我々にとって脅威となり得ます」
「ならば先制攻撃だ」
戦争神が立ち上がった。
「奴らが準備を整える前に、地球ごと消去してしまえ」
だが智慧神が異を唱えた。
「待て。相馬レンという少年が気になる。魔族と宇宙人の力を同時に扱えるということは、彼の中に何か特別な要素があるということだ」
「何が言いたい?」
「もしかすると...彼は我々の創造物ではないかもしれない」
智慧神の言葉に、会議場が静まり返った。
「まさか...上位存在の介入があったというのか?」
地球では、神殺し協定に基づく準備が着々と進められていた。
世界各地の秘密基地で、人類の戦士たちが宇宙人の技術を使った新兵器の訓練を受けている。魔族たちは古代の封印を解き、神々への対抗手段を準備していた。
「レン、体調はどう?」
アヤカが心配そうに尋ねる。
「大丈夫です。魔族の力と宇宙人の技術が、だんだん馴染んできました」
レンの瞳が一瞬、人間のものではない光を宿した。
「でも、時々自分が自分じゃないような感覚になります。これは正常なことなんでしょうか?」
田村博士が分析機器を見ながら答えた。
「君の遺伝子構造が変化している。魔族のDNAと宇宙人のエネルギーパターンが融合し、新しい生命形態に進化しているようだ」
「進化...ですか」
「そうだ。君はもはや単純な人間ではない。三つの種族の特性を併せ持つ、新しい存在になりつつある」
ノア=セレーンが補足した。
「それこそが神々への最大の脅威となります。彼らは既存の種族の力は想定していても、異種族融合体の力は計算に入れていないでしょう」
アルグ=ザルが満足そうに笑った。
「完璧な神殺しの器が完成しつつあるということだ。神どもも震え上がっているだろう」
だがクリスタリアンの集合意識が警告を発した。
『急激な変化は危険でもあります。自我の消失、理性の崩壊、最悪の場合は別人格の発現も考えられます』
「僕は大丈夫です」
レンが自信を込めて答える。
「どれだけ変化しても、僕の中核にある想いは変わりません。美咲への愛、神への怒り、自由への願い――これらが僕を僕たらしめているものです」
準備期間の終盤、最後の作戦会議が開かれた。
「明日の午前零時、いよいよ神殺し作戦が開始されます」
アヤカが厳粛に宣言した。
「各攻撃部隊の準備状況を報告してください」
桐生将軍が軍事報告を行った。
「全十二部隊、装備・訓練とも完了。士気は最高潮に達しています」
ノア=セレーンが技術面を報告した。
「次元兵器、エネルギー中和システム、通信ネットワーク、すべて正常稼働中です」
アルグ=ザルが魔族の準備状況を報告した。
「古代秘術の準備完了。神殺しの呪文も最終調整済みだ」
各宇宙種族も準備完了を報告し、いよいよ最終確認の段階に入った。
「最後に、我々の目的を確認しておきましょう」
レンが全員を見回して言った。
「僕たちが求めているのは、単なる復讐ではありません。自由で平等な世界の実現です。神を倒した後の世界こそが、僕たちの真の目標なのです」
プラズマ族が電光を散らしながら答えた。
「忘れるな。我々は歴史を作ろうとしている。神に支配された時代を終わらせ、種族が対等に共存する新時代を始めるのだ」
ルミナス族が穏やかに光った。
「平和で調和のとれた世界。それが我々の願いです」
メタ・ヒューマン族が多次元から確認した。
「複数の未来を観測していますが、最も明るい未来は、この作戦が成功した場合のものです」
クリスタリアンの集合意識が響いた。
『集合知の結論として、この戦いは必要であり、正当であり、そして勝利可能です』
田村博士が科学者として発言した。
「理論的には勝算があります。しかし、実際の戦闘では予想外の事態も起こりうる。臨機応変な対応が必要です」
「みなさん」
レンが感情を込めて語りかけた。
「この一ヶ月、本当にありがとうございました。種族の違いを超えて、共通の目標に向かって協力できたことを誇りに思います」
アヤカが微笑んだ。
「レン、あなたこそが我々を結び付けてくれた。あなたがいなければ、この協定は実現しなかった」
「いえ、僕一人では何もできませんでした。みなさんがいてくれたから、ここまで来れたんです」
アルグ=ザルが立ち上がった。
「感傷的になるのはまだ早い。戦いはこれからだ。神どもを倒してから、ゆっくり感謝し合えばよい」
「その通りですね」
レンが決意を新たにした。
「それでは、神殺し作戦、開始です!」
エピローグ
夜が更け、世界各地で神殺し部隊が最終配置に着いた。
十二の神殿を包囲する戦士たち。人類、魔族、宇宙人が肩を並べて立っている光景は、まさに歴史上初めてのものだった。
レンは統合指揮所で、全世界の戦況を監視していた。彼の体内では三種族の力が完全に融合し、かつてない強大なエネルギーが渦巻いている。
「全部隊、準備完了」
通信機から各部隊長の声が次々と報告される。
「作戦開始まで、あと10秒」
レンが深く息を吸った。美咲の顔が脳裏に浮かぶ。
「5、4、3、2、1...」
「神殺し作戦、開始!」
その瞬間、世界同時に十二の神殿への攻撃が始まった。魔族の呪文が結界を破り、宇宙人の兵器が神殿を砲撃し、人類の戦士たちが突撃していく。
空から神々の怒りの雷が降り注ぎ、地上では三種族連合軍が決死の戦いを繰り広げる。
「美咲...今度こそ君を守る。そして、みんなで自由な世界を作るんだ」
レンが魔王剣・漆黒を構え、最大の神殿へと向かった。
神殺し協定が結ばれたこの夜、世界の運命を賭けた最終決戦が幕を開けた――