表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第四章:星海の観測者

第一節:宇宙船への招待

ノア=セレーンの宇宙船は、地上から見上げると巨大な円盤状の物体だったが、実際に近づいてみるとその規模は想像を絶するものだった。直径は優に一キロメートルを超え、表面は鏡のように滑らかな金属で覆われている。しかし、それは地球上のどの金属とも異なる、まるで液体のように流動する素材だった。

「これは『自己修復合金』だ」ノア=セレーンが説明した。「損傷を受けても瞬時に元の形状に戻る。我々の文明では、建造物の基本素材として使用されている」

レンは宇宙船の表面に手を触れた。金属は生きているかのように温かく、微かな振動を感じる。

「生きているのか?」

「ある意味ではそうだ。この合金には『ナノ・コンシャスネス』―――極小の人工知能が無数に組み込まれている。それぞれが独立して判断し、全体として一つの意識を形成する」

転送ビームに包まれ、レンとアルグ=ザル(霧状の姿)は船内に転送された。内部は外見からは想像できないほど広大で、まるで一つの都市のようだった。

天井は透明なドーム状になっており、そこには星々の海が広がっている。しかし、よく見ると、それは単なる装飾ではなく、リアルタイムで宇宙の様子を映し出している三次元ホログラムだった。

「我々の船は『多次元空間技術』を使用している」ノア=セレーンが歩きながら説明する。「外見よりも内部空間が遥かに広い。空間を折り畳み、重層化することで実現している」

廊下の壁面には、無数の光る文字が流れている。それは銀河連邦の共通言語で書かれた情報だったが、レンには読むことができなかった。

「心配しなくていい」ノア=セレーンが頭部の小さな装置に手をかざすと、レンの頭に軽い痛みが走った。「今、君の脳に『言語パック』をインストールした。これで我々の言語を理解できるようになる」

瞬間、流れる文字の意味が理解できるようになった。それは船内の各種システムの状況報告、銀河各地の情報、そして神々に関するデータベースの更新情報だった。

「すごい技術だな」レンは感嘆した。「地球の科学力とは比較にならない」

「君たちの文明も、神々の干渉がなければもっと発達していただろう」ノア=セレーンの声に同情が込められていた。「神々は意図的に従属文明の発展を阻害する。自分たちの地位を脅かされることを恐れているからだ」

やがて彼らは巨大なホールに到着した。そこは『中央司令室』と呼ばれる場所で、船全体の頭脳とも言える空間だった。

中央には巨大な球体状のホログラム投影装置があり、その周りを無数の操作パネルが取り囲んでいる。だが、操作パネルといっても物理的なボタンやスイッチはない。全て光で構成された仮想インターフェースだった。

「これが我々の『量子コンピューター』だ」ノア=セレーンが球体に手をかざすと、宇宙の立体地図が浮かび上がった。「銀河系の全ての恒星系、文明の発達度、神々の支配領域など、全ての情報がここに集約されている」

地図上には無数の光点があり、それぞれが星系を表している。青い光は自由文明、赤い光は神々の支配下にある文明を示していた。驚くべきことに、赤い光の方が圧倒的に多い。

「神々の支配は、我々が思っている以上に広範囲に及んでいるのか」

「そうだ。神々は複数の銀河にまたがって文明を支配している。我々銀河連邦は、数少ない自由な文明の連合体なのだ」

アルグ=ザルが霧の中から声を発した。「それで、なぜ我らに協力を申し出た?直接神と戦えばよいではないか」

ノア=セレーンは複雑な表情を浮かべた。「我々は過去に一度、神々と直接戦争をしたことがある。『第一次神戦争』と呼ばれる戦いだ。結果は――惨敗だった」

ホログラムが変化し、宇宙戦争の記録映像が映し出された。巨大な宇宙戦艦同士がエネルギー兵器を撃ち合い、惑星が破壊され、恒星が消滅する壮絶な光景だった。

「我々の科学技術は確かに高度だ。だが、神々の力は科学を超越している。物理法則そのものを書き換える力の前では、我々の兵器も無力だった」

映像の中で、神々の戦士たちが手をかざすだけで宇宙戦艦を消滅させていく様子が映されていた。それは圧倒的な力の差を物語っていた。

「だが、君のような存在は違う」ノア=セレーンがレンを見つめた。「魔族の力は、神々と同質の力だ。科学技術と組み合わせることで、神々に対抗できる可能性がある」

第二節:銀河連邦の歴史と文明

ノア=セレーンは彼らを船内の『記録保管庫』に案内した。そこは図書館というよりも、巨大なデータセンターのような場所だった。無数の光る結晶体が浮遊しており、それぞれが膨大な情報を蓄積している。

「これは『記憶結晶』だ」ノア=セレーンが一つの結晶に触れると、空中に立体映像が現れた。「我々の文明が蓄積してきた全ての知識がここに保存されている」

映像には、銀河連邦を構成する様々な種族が映し出されていた。ノア=セレーンと同じ銀色の肌を持つ『セレーン族』、水晶のような体を持つ『クリスタリアン』、エネルギー体として存在する『ルミナス族』など、多種多様な知的生命体が存在していた。

「我々は皆、神々の支配から逃れてきた種族だ」ノア=セレーンが説明する。「それぞれが異なる技術と文化を持ちながらも、自由という共通の価値観で結ばれている」

次に映し出されたのは、銀河連邦の首都『ユートピア・ステーション』だった。それは人工的に建造された巨大な宇宙都市で、直径は数百キロメートルに及ぶ。

「すごい規模だな」レンは息を呑んだ。

「ここには一千億の知的生命体が住んでいる。彼らは皆、神々の支配を嫌って故郷を捨ててきた者たちだ」

都市の映像を見ていると、そこには地球では見たことのない光景が広がっていた。空中に浮かぶ建物、重力を無視して上下逆さまに歩く住民、光る植物で構成された公園など、まさに未来都市の極致だった。

「我々の社会には『階級』というものが存在しない」ノア=セレーンが誇らしげに語った。「全ての個体が平等で、それぞれの能力に応じて社会に貢献している。これは神々の支配とは正反対の理念だ」

「神々は階級社会を好むのか?」

「そうだ。神々は常に頂点に立ち、下位の存在を支配したがる。彼らにとって、平等な社会は脅威なのだ」

記憶結晶が新しい映像を映し出した。今度は銀河連邦の科学技術の紹介だった。

まず映し出されたのは『物質転換技術』だった。原子レベルで物質を操作し、任意の物質を別の物質に変換する技術だ。これにより、資源の枯渇という概念が存在しない。

「エネルギーさえあれば、何でも作り出すことができる」ノア=セレーンが実演してみせた。空気中の分子を操作し、美しい花を作り出す。「これは『分子組立機』と呼ばれる技術だ」

次は『時空操作技術』だった。時間の流れを局所的に変化させたり、空間を歪めて瞬間移動を可能にする技術だ。

「君たちが『魔法』と呼ぶものの多くは、実は高度な科学技術で再現可能だ。重要なのは、現象を理解し、制御することだ」

さらに『意識転送技術』も紹介された。肉体が滅んでも、意識をデジタル化して保存し、新しい肉体に移植することができる。実質的な不老不死を実現している技術だった。

「死という概念も、我々にとってはもはや絶対的なものではない。ただし」ノア=セレーンの表情が曇った。「神々の力によって魂そのものが消滅させられた場合は、この技術でも救うことはできない」

アルグ=ザルが興味深そうに声を発した。「科学技術でそこまで可能なのか。我ら魔族の魔術も、結局は自然法則の応用に過ぎないということか」

「その通りだ。魔術と科学は、本質的には同じものだ。ただ、アプローチが異なるだけ」

第三節:神々の正体と弱点

記録保管庫の最奥部に、特別な封印が施された記憶結晶があった。それは他の結晶とは異なり、黒い光を放っている。

「これは『禁忌の記録』だ」ノア=セレーンが厳かに言った。「神々の正体に関する、我々が長年にわたって収集した情報が封印されている」

「神々の正体?」レンは身を乗り出した。

「君は神々を、世界を創造した全能の存在だと思っているだろう。だが、それは間違いだ」

記憶結晶に触れると、驚愕の映像が現れた。それは宇宙の始まりに近い時代の記録だった。

「神々もまた、元は我々と同じような知的生命体だった。ただし、彼らは『超越技術』と呼ばれる究極の科学技術を手に入れた」

映像には、高度な文明を築いた種族が映されていた。彼らは現在の神々とよく似た姿をしているが、まだ完全に神格化される前の段階だった。

「超越技術とは何だ?」

「現実そのものを操作する技術だ。物理法則を書き換え、時空を自在に操り、生命を創造し、破壊する。まさに神の力と呼ぶにふさわしい技術だった」

だが、その技術を手に入れた彼らは変わってしまった。絶大な力を得ることで、他の生命体を見下すようになったのだ。

「力は人を変える。いや、正確には人の本質を露わにする」ノア=セレーンの声に悲しみが込められていた。「彼らは自らを神と名乗り、他の文明を支配し始めた」

「では、神々は偽物だということか?」

「偽物という表現は正確ではない。彼らの力は確かに神に等しい。だが、彼らが全能で完璧な存在かといえば、そうではない。彼らにも弱点は存在する」

これこそが、レンが最も知りたかった情報だった。

「弱点とは何だ?」

ノア=セレーンは新しい記憶結晶を取り出した。それには神々の戦闘記録が収められていた。

「第一の弱点は『エネルギー消費』だ。神々の力も無限ではない。大規模な神の業を行えば、相応のエネルギーを消費する。連続して超越技術を使用すれば、一時的に力が弱まる」

映像には、長時間戦闘を続けた神が疲労している様子が映されていた。

「第二の弱点は『多重同時制御の限界』だ。神々は同時に複数の現象を制御できるが、その数には上限がある。十分に複雑で多様な攻撃を仕掛ければ、制御しきれなくなる」

「第三の弱点は『概念的矛盾』だ。神々の力は現実操作に基づいているが、論理的に矛盾する現象は創造できない。例えば、『絶対に破れない盾』と『何でも貫く矛』を同時に作ることはできない」

レンは食い入るように映像を見つめた。これらの情報は、神と戦う上で極めて重要だった。

「そして最後の弱点が」ノア=セレーンの表情が険しくなった。「『信仰の依存』だ」

「信仰?」

「神々の力の一部は、信者からの信仰によって維持されている。全ての信者を失えば、神々の力は大幅に削がれる。完全に無力化することは困難だが、十分に弱体化させることは可能だ」

これは意外な情報だった。神々が信者に依存しているとは思わなかった。

「だからこそ、神々は支配している文明に対して定期的に『奇跡』を見せる。信仰を維持するためだ」

アルグ=ザルが嘲笑するような声を発した。「なるほど、神々も結局は不完全な存在ということか。我らが封印された理由も、神への信仰を揺るがす存在だったからか」

「その可能性が高い。魔族の存在は、神々の絶対性を否定する証拠だからだ」

第四節:神殺し兵器の開発

ノア=セレーンは彼らを船内の『研究開発部門』に案内した。そこは巨大な工場と実験室を兼ねたような施設で、無数の機械とコンピューターが稼働していた。

「ここで、神々に対抗するための兵器を開発している」ノア=セレーンが説明した。「君との出会いにより、新たな可能性が開けた」

研究室の中央には、人間大のカプセルが設置されていた。その中には、複雑な機械装置が組み込まれている。

「これは『神格適応スーツ』だ。君の魔族の力と我々の科学技術を融合させるためのインターフェースだ」

「どういう仕組みだ?」

「君の体内に流れる魔力を科学的に解析し、それを我々の技術で増幅・制御する。同時に、君の生体データを常時モニタリングし、最適な戦闘支援を行う」

ノア=セレーンがカプセルの説明を続ける。

「このスーツを装着することで、君の魔力出力は少なくとも十倍に向上する。さらに、我々の『予測戦闘システム』により、敵の攻撃パターンを事前に察知し、最適な回避・反撃行動を提案できる」

レンはスーツを見つめた。確かに強力そうだが、同時に不安も感じる。

「副作用はないのか?」

「正直に言えば、未知数だ」ノア=セレーンは率直に答えた。「魔力と科学技術の融合は前例がない。君が最初の被験者になる」

「危険だということか」

「可能性はある。最悪の場合、君の魂が機械と融合してしまうかもしれない。だが」ノア=セレーンの瞳が光った。「神を倒すためには、リスクを冒す価値がある」

アルグ=ザルが警告の声を発した。「小僧、慎重になれ。我らの力をそう簡単に機械に委ねるべきではない」

「でも、このままでは神に勝てない」レンは悩んだ。「セラフィエルとの戦いで分かった。魔族の力だけでは限界がある」

研究室の別の区画では、巨大な兵器の開発も進められていた。それは『神殺し砲』と呼ばれる超兵器だった。

「これは反物質エンジンを動力源とする究極の破壊兵器だ」技術者の一人が説明した。「理論上は小さな恒星を破壊できる威力を持っている」

しかし、ノア=セレーンは首を振った。

「物理的な破壊力では神々は倒せない。彼らは肉体を持たない存在でもあるからだ。必要なのは、概念そのものを攻撃する兵器だ」

「概念を攻撃?」

「神々の存在基盤である『神格』そのものを否定し、消去する兵器だ。我々はそれを『存在否定砲』と呼んでいる」

新たに映し出された設計図は、レンには理解不能な複雑さだった。数学的な数式と図表が無数に並んでいる。

「この兵器は、量子レベルで対象の存在確率を操作する。簡単に言えば、『その存在が存在しない確率』を100%にすることで、対象を現実から消去する」

「そんなことが可能なのか?」

「理論的には可能だ。だが、実用化には膨大なエネルギーと、精密な制御技術が必要になる。特に、神々レベルの存在を対象とする場合は、我々の現在の技術力では困難だ」

「では、どうする?」

「君の魔力を動力源として使用すれば、実用化の可能性がある。魔族の力は、科学技術とは異なる原理で現実に干渉できる。両者を組み合わせることで、今まで不可能だったことが可能になるかもしれない」

第五節:異星人文明の社会システム

研究開発部門を見学した後、ノア=セレーンは彼らを居住区に案内した。そこは宇宙船内にもかかわらず、まるで地上の都市のような造りになっていた。

「我々の社会では、個体の自由意志を最大限に尊重している」ノア=セレーンが街並みを案内しながら説明した。「強制的な労働や支配関係は存在しない」

街を歩く様々な種族の住民たちは、皆穏やかで満足そうな表情をしていた。争いや諍いの気配は全く感じられない。

「どうやって秩序を維持しているんだ?」レンは疑問に思った。「法律や政府はないのか?」

「『集合知システム』を使用している」ノア=セレーンが説明した。「全ての個体の意識が緩やかにネットワーク化されており、重要な決定は全員の合意によって行われる」

「テレパシーのようなものか?」

「それに近い。ただし、個体のプライバシーは完全に保護されている。共有されるのは、社会全体に関わる問題についての意見のみだ」

実際に体験してみると、レンの頭の中に微かな声が聞こえてきた。それは住民たちの意見や感情が、弱いテレパシーとして伝わってくるのだった。

『新しい仲間が来たのね』 『地球人か、珍しい』 『神々と戦う勇気ある種族だ』 『歓迎しよう』

様々な種族からの温かい感情が伝わってきて、レンは少し戸惑った。

「慣れるまで時間がかかるかもしれないが、これが我々の社会の基盤だ」ノア=セレーンが微笑んだ。「互いの気持ちを理解し合うことで、争いを避けることができる」

彼らは巨大な公園のような場所に到着した。そこには見たこともない植物が植えられており、美しい光を放っていた。

「これらは『共生植物』だ」ノア=セレーンが一つの植物に触れた。すると、植物が美しい音楽を奏で始めた。「感情に反応して、光や音を変化させる。住民たちの心の状態を視覚化し、共有することができる」

公園には様々な種族の住民が集まり、植物と対話を楽しんでいた。中には完全にエネルギー体のような存在もいて、植物の光と同調するように輝いていた。

「エネルギー生命体も住民なのか?」

「そうだ。ルミナス族という種族で、物質的な肉体を持たない。だが、意識と感情は我々と同じように持っている」

レンは改めて、この宇宙船の住民の多様性に驚いた。肉体を持つ種族、エネルギー体、機械との融合体、さらには集合意識を持つ種族まで、ありとあらゆる形態の知的生命が共存している。

「君たち地球人も、やがてはこのような社会を築くことができるだろう」ノア=セレーンが希望を込めて言った。「神々の支配から解放されれば」

第六節:レンの決意と変化

宇宙船の見学を終えた後、レンは個人用の居室を割り当てられた。それは地球の高級ホテルの部屋よりも遥かに快適で、全ての設備が思考で制御できるようになっていた。

窓から見える星空は、地球から見るものとは全く違っていた。無数の星々が虹色に輝き、時折巨大な宇宙構造物が通り過ぎていく。

「これが宇宙の本当の姿か」レンは呟いた。

アルグ=ザルが霧の形で現れた。「どうだ、小僧。宇宙人の文明に圧倒されたか?」

「ああ。地球がいかに小さな世界だったかを思い知らされた」レンは振り返った。「そして、神々がいかに多くの文明を支配しているかも」

「それで、どうするつもりだ?あの機械スーツを使うのか?」

レンは迷っていた。確かにスーツは強力だが、自分が自分でなくなってしまう恐れもある。

「アルグ、お前はどう思う?」

「我は反対だ」アルグ=ザルははっきりと言った。「魔族の力は、心の力だ。機械に頼れば、その本質を見失う」

「でも、このままでは神に勝てない」

「勝利だけが全てではない。重要なのは、己の信念を貫くことだ」

その時、部屋のドアが開いた。ノア=セレーンが入ってきたのだった。

「考えがまとまったか?」

「まだだ」レンは正直に答えた。「力は欲しいが、自分を失うのは怖い」

ノア=セレーンは理解を示すように頷いた。

「それは当然の感情だ。我々も最初は同じだった。科学技術に依存することで、何か大切なものを失うのではないかと」

「で、実際はどうだった?」

「失うものもあれば、得るものもあった」ノア=セレーンは窓の外を見つめた。「我々は肉体的な制約から解放されて、より自由になった。だが同時に、原始的な感情や直感を失いつつある」

「後悔しているのか?」

「いや、後悔はしていない。ただ、君には違う道を歩んでほしいと思っている」

「違う道?」

「科学技術と魔力の完全な融合ではなく、相互補完だ。スーツは君の魔力を増幅するが、制御するのは君自身の意志だ。機械に依存するのではなく、機械を道具として使う」

その提案は魅力的だった。力を得ながらも、自分自身を保つことができる。

「試してみたい」レンは決意を固めた。「ただし、条件がある」

「何だ?」

「もし俺が自分を見失いそうになったら、すぐにスーツを外してくれ。力よりも、俺は俺でありたい」

ノア=セレーンは微笑んだ。

「約束しよう。君の人間性を守ることが、神々に勝利する最良の方法かもしれない」

翌日、レンは神格適応スーツの装着実験に臨んだ。スーツは液体金属のように彼の体に密着し、まるで第二の皮膚のようになった。

瞬間、レンの意識が拡張した。周囲の空間の構造が見えるようになり、エネルギーの流れが知覚できる。これまで感じたことのない圧倒的な力が体内に満ちていた。

「どうだ?」ノア=セレーンが尋ねた。

「すごい。今なら、セラフィエルとももっと互角に戦えそうだ」

第七節:超越意識の体験

しかし、レンの変化はそれだけにとどまらなかった。スーツが完全に同調すると、彼の意識は一気に拡張し始めた。まるで無数の針で脳を刺されるような激痛が走り、同時に膨大な情報が流れ込んできた。

宇宙の成り立ち、星々の生と死、次元の歪み、時空の構造——これまで人間が想像すらできなかった知識が、一瞬にして彼の脳に刻み込まれていく。

「うあああああ!」レンは頭を抱えて叫んだ。

「落ち着け、レン!」アルグ=ザルが霧状の姿を物質化させ、レンの肩を掴んだ。「意識を魔力に集中させろ!科学の情報に飲み込まれるな!」

ノア=セレーンも慌てた。「データ流入量を制限する。レン、深呼吸をして私の声に集中するんだ」

レンは必死に意識を統制しようとした。魔族の契約で得た闇の力を心の核に据え、流入してくる科学知識を整理し始める。すると、驚くべきことが起こった。

魔力と科学技術が、彼の意識の中で共鳴し始めたのだ。

「これは……」レンは目を見開いた。

彼の視界に、宇宙船の構造がエネルギーフローとして見えるようになった。船体を構成する分子一つ一つの結合状態、反重力エンジンの作動原理、さらには乗組員たちの生体エネルギーパターンまでもが、まるで透視するように把握できる。

「信じられない」ノア=セレーンが感嘆の声を上げた。「君の脳波パターンが我々のデータベースにない形を示している。これは魔力による認識能力と科学的観測力の完全融合だ」

第八節:宇宙連邦の真実

「ノア=セレーン、一つ聞きたいことがある」レンは新しい認識能力で彼女を見つめた。「君たちの文明について、まだ隠していることがあるだろう?」

ノア=セレーンは驚いた表情を見せた。スーツの能力によって、レンは彼女の思考の一部を読み取ることができるようになっていたのだ。

「……どこまで見えている?」

「君たちの種族は、最初から機械化されていたわけじゃない。元々は我々人類と似たような有機生命体だった。しかし、何らかの災厄によって肉体を捨てることを余儀なくされた」

ノア=セレーンは長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。

「その通りだ。我々セレーン族は、三万年前に神々の侵攻を受けた。我々の母星系——ケンタウリ・プライム星系は、神の軍勢によって完全に破壊された」

「神々が、宇宙規模で侵略を行っているということか?」

「ああ。地球だけの問題ではない。神々は銀河系全体で、知的生命体を支配下に置こうとしている。我々が機械化したのは、有機体としては神の精神支配を避けられなかったからだ」

アルグ=ザルが割り込んだ。「それは我ら魔族も同じだ。遠い昔、神々は我らの次元にも侵攻してきた。我らが地球の深層に封印されたのも、神々の策略によるものだ」

レンは愕然とした。地球における神々の支配は、宇宙規模の侵略の一部に過ぎなかったのだ。

「では、抵抗している文明は他にもあるのか?」

「当然だ」ノア=セレーンは頷いた。「我々が所属する『自由宇宙連合』は、神々の支配に抗う文明の同盟体だ。現在、銀河系内の48の文明が参加している」

第九節:銀河規模の戦争の真相

宇宙船の中央コンピューターが起動し、巨大なホログラム映像が空間に展開された。そこには銀河系の立体地図が表示され、無数の星系が色分けされている。

「赤色が神々の完全支配下にある星系、黄色が抵抗中の星系、青色が自由連合の勢力圏だ」ノア=セレーンが説明した。

レンは息を呑んだ。銀河系の約70%が赤色に染まっている。黄色は20%程度、青色に至ってはわずか10%に過ぎない。

「これほどまでに劣勢なのか」

「神々の力は我々の想像を遥かに超えている。彼らは単なる強大な存在ではない。次元を超越し、因果律を操作し、現実そのものを書き換えることができる」

「それでも君たちは抵抗し続けている」

「なぜなら、諦めれば全ての知的生命体が神々の奴隷になってしまうからだ。自由意志、創造性、愛情——そうした知性体の本質的価値が永遠に失われてしまう」

ホログラムが切り替わり、様々な異星種族の映像が表示された。

水晶のような透明な身体を持つクリスタリアン族、エネルギー体として存在するプラズマ族、多次元に同時存在するメタ・ヒューマン族——それぞれが独自の方法で神々に抵抗していた。

「我々セレーン族は科学技術による抵抗を選んだ。クリスタリアン族は集合意識による精神防御を、プラズマ族はエネルギー次元への逃避を選択した。だが、どの方法も決定打にはならなかった」

「だから地球に来たのか」

「地球は特別なのだ。魔族という神々と対等な古代種族がいる。そして何より、神の支配下にありながら自由意志を完全には失っていない人類がいる」

第十節:神格スーツによる能力覚醒

スーツとの同調が完了すると、レンの能力は飛躍的に向上した。彼は意識を集中するだけで、船内の量子コンピューターにアクセスできるようになった。

「試しに、君の故郷の状況を確認してみよう」ノア=セレーンが提案した。

レンは意識を拡張し、地球の軌道上に展開された観測衛星にアクセスした。すると、彼の故郷があった場所の現在の映像が脳内に浮かんだ。

そこは巨大なクレーターと化していた。しかし、よく見ると奇妙なことに気づく。破壊された建物の一部が、まるで時間を逆行するように元の形に戻ろうとしているのだ。

「これは何だ?」

「神の力による現実改変だ」ノア=セレーンが説明した。「神々は破壊と創造を同時に行うことで、人間の記憶と現実を混乱させる。君の家族が殺されたという記憶すら、やがて書き換えられる可能性がある」

レンの怒りが爆発した。スーツを通じて放出された魔力エネルギーが、船内の機器を一時的に停止させた。

「絶対に許さない。家族の記憶まで奪うなど、絶対に許さない」

アルグ=ザルが警告した。「落ち着け、小僧。怒りに飲まれては、奴らの思う壺だ」

しかし、レンの内部で何かが変化していた。家族への愛情、復讐への怒り、そして宇宙の真実を知った絶望——それらが複雑に絡み合い、新たな力として結晶化しつつあった。

第十一節:超越訓練の開始

「君の精神状態は危険域に達している」ノア=セレーンが警告した。「このままでは、力に飲まれて自我を失う可能性がある」

「それを防ぐ方法はあるのか?」

「ある。我々の文明が開発した『意識階層制御法』だ。これは多重次元に存在する意識を、段階的に制御する技術だ」

レンは特別な訓練室に案内された。そこは完全な無重力空間で、壁面には無数の光点が輝いている。

「この光点一つ一つが、異なる次元の座標を示している。君はスーツの力を使って、これらの次元を順番に体験することになる」

訓練が始まると、レンの意識は複数の次元に同時展開された。ある次元では時間が逆行し、別の次元では空間が歪んでいる。さらに別の次元では、彼自身が複数存在している。

「これが神々の住む多次元世界の一部だ」ノア=セレーンの声が意識の奥深くに響いた。「神々はこうした複数の次元を同時に認識し、操作している」

訓練は想像を絶する困難さだった。通常の人間の脳では処理できない情報量が押し寄せ、何度も意識を失いそうになった。しかし、アルグ=ザルの魔力が彼の精神を支え、ノア=セレーンの技術が情報を整理してくれた。

第十二節:宇宙連合の最高機密

三日間の集中訓練を終えた後、レンは宇宙連合の最高機密会議に参加することになった。

会議室には、様々な異星種族の代表者がホログラムで参加していた。全員が神々への抵抗戦争の指導者たちだった。

「地球の新たな戦士を紹介しよう」ノア=セレーンがレンを紹介した。「彼は魔族の力と我々の科学技術を同時に扱える、史上初の存在だ」

クリスタリアン族の代表が水晶の声で話した。『我々の集合意識による分析では、彼の存在確率は0.0001%以下だった。まさに奇跡と言える』

プラズマ族の代表がエネルギー波で意思疎通してきた。『彼の魂の輝きは我々のエネルギー体をも上回る。神々に対抗できる可能性がある』

メタ・ヒューマン族の代表は複数の次元から同時に発言した。「我々の多次元分析によれば、彼は神々と同等の潜在能力を持っている。ただし、覚醒には危険が伴う」

「どのような危険だ?」レンは尋ねた。

「君が完全に覚醒すれば、神々と同じ存在になってしまう可能性がある」ノア=セレーンが答えた。「その時、君はまだ人間でいられるだろうか?」

第十三節:帰還への決意

会議の後、レンは一人で宇宙船の展望室にいた。無限に広がる宇宙を眺めながら、自分の使命について考えていた。

「迷っているのか?」アルグ=ザルが現れた。

「迷わない方がおかしいだろう。俺が力を得すぎれば、守りたかった人類を逆に脅かすことになるかもしれない」

「それでも、お前は戦うのだろう?」

「ああ。家族を殺され、故郷を奪われ、記憶まで改変されようとしている。もはや後戻りはできない」

ノア=セレーンがやってきた。

「決心がついたようだな」

「ああ。地球に戻る。そして、神殺し協定を実現させる」

「我々も全面的に支援する。ただし、君には常に選択肢があることを忘れないでほしい。力に飲まれそうになったら、いつでも我々の元に戻ってこい」

レンは頷いた。神格適応スーツを装着した状態で、彼の能力は神に近いレベルまで向上していた。しかし、それでも彼は人間であり続けたいと願っていた。

「アルグ、お前はどう思う?」

「我は最初からお前を信じている。魔族の王として断言しよう——お前は決して道を見失わない」

宇宙船が地球に向けて航路を取る中、レンは新たな決意とともに、来るべき最終決戦に備えるのだった。

神々への叛逆が、いよいよ本格的に始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ