第2章:干渉模様
宇宙船UESオブザーバーは暗黒の深淵を切り裂いていた。超電導カーボンナノチューブの繊細な構造体に覆われた乗員区画は、エンジンとの間の輻射や熱的ショックから乗組員を守っていた。ナディアはスターボードの視察窓から外を眺めていた。地球はもう小さな青い点に過ぎなかった。
「光学的な幻想にすぎないわ」彼女は静かにつぶやいた。地球が小さく見えるのはただの距離の問題だ。実際には彼女が思い描く通りの大きさのままだ。ちょうど量子の世界と同じように。観測しない限り、粒子は無限の可能性の雲のようなものだ。観測した瞬間、確固たる現実の一点に崩壊する。
「何か言いましたか?」
サマンサ・チェンはステーションの反対側からナディアを見ていた。エレガントな外交官の制服が、艦内の軍服の海の中で目立っていた。
「独り言です」ナディアは微笑んだ。「単なる物理学者の癖ですよ」
サマンサはナディアのコンソールに近づいてきた。「準備はいかがですか?あと2日でケプラー62系に到着します」
「量子プローブの最終チェックをしています。『アリス』は完璧な状態です」
「アリスですか?」サマンサは片眉を上げた。
「プローブの愛称です」ナディアは応答した。「不思議の国のアリスから取りました。多くの可能性の道を同時に旅するから」
サマンサは声を出して笑った。「科学者たちは奇妙な命名センスをお持ちですね」
「そうかもしれませんね」ナディアは認めた。彼女の指がホログラフィックコントロールの上で踊った。「でも、アリスという名前には深い意味があるんです。量子力学では、観測者が現実を形作るとされています。アリスは、私たちの目となり、そこに何があるかを教えてくれるのです—でも、同時に彼女の観測によって現実が変わる可能性も」
「混乱してきました」サマンサは頭を振った。「私の専門は異文化外交です。人間の文化でさえ十分複雑なのに」
ナディアは量子状態の説明をしようとしたが、後部ドアが開き、マイケル・イェーガー中佐が急いで入ってきた。彼の顔は緊張で引き締まっていた。
「指揮官が全員のブリーフィングを要請しています。今すぐに」
「何があったの?」ナディアは立ち上がった。
「私たちが近づくにつれて、信号がより明確になってきた」イェーガーは説明した。「そして...それは変化している。ランダムではなく、構造化されているようだ」
ナディアの心臓が速くなった。
主ブリーフィングルームは既に人で埋まっていた。コスタ准将は中央に立ち、ジン・リュウ博士が彼の隣でホログラフィック表示を操作していた。
「全員揃ったな」コスタは言った。「リュウ博士、始めてください」
ジンは咳払いをし、3Dディスプレイをアクティブにした。波形パターンが空中に浮かび上がった。振動するブルーとグリーンの複雑な干渉模様。
「これがケプラー62fから受信している信号です」彼は説明した。「最初は微弱でしたが、近づくにつれて強くなっています。しかし重要なのは、パターンが非自然的な特徴を示していることです」
「どういう意味ですか?」イェーガーが尋ねた。「知的生命体の証拠?」
「可能性としては」ジンは慎重に答えた。「しかし、地球人の通信とは全く異なる形態です。むしろ...」
「量子自己干渉のようなパターンです」ナディアが言葉を継いだ。パターンを見るとすぐに彼女はそれを認識した。「これは二重スリット実験の干渉縞のような形状を示しています。しかし、途方もないスケールで」
「簡単な言葉で説明してください、オカフォル」コスタの声は鋭かった。
ナディアは深呼吸した。「量子力学では、粒子が二つの経路を同時に通ることができます。そして自分自身と干渉し合うのです。これらの信号は、そのパターンに驚くほど似ています。しかし惑星規模で起きているのです」
静寂がブリーフィングルームを支配した。
「どういう意味だ?」イェーガーが問いただした。「誰かが惑星規模の量子干渉実験をしているということか?」
「それか」ジンはソフトに言った。「私たちが観測しているのは...自然に発生した惑星規模の量子現象かもしれません」
「生命体の可能性は?」サマンサが尋ねた。
ナディアは波形を指さした。「従来の意味での生命体かどうかはわかりません。しかし、これらのパターンは自然の地質学的プロセスで生成されるものではありません。規則的な変化、反復、そして...」彼女は言葉を選んだ。「何かしらの目的を示唆する複雑性があります」
コスタの顔は読みづらかった。「アプローチプロトコルに移ります。私たちは『アリス』プローブを先に送り、どんな潜在的脅威があるか評価します。オカフォル大尉、あなたのプローブは接触なしで観測できますか?」
「はい、准将」ナディアは答えた。「エリツァー=ヴァイドマン配置を使えば、観測対象と相互作用することなく情報を得られます。何もかき乱しませんが、それでも惑星の表面に何があるかを教えてくれるでしょう」
「私はこれが不可能だと言われてきたはずだが」イェーガーが言った。「どうやって何も触れずに何かを見ることができるんだ?」
「量子力学の異常性に感謝すべきでしょう」ジンが微笑んだ。「ボムテスターの思考実験を考えてみてください。爆弾が存在するか確かめたいが、調べれば爆発する可能性がある。量子力学は、光子を経路の重ね合わせ状態に置くことで、爆弾に光子が当たらない場合でも爆弾の存在を知る方法を提供します」
「冗談に聞こえる」イェーガーは腕を組んだ。
「でも事実です」ナディアは言った。「量子力学では、時に相互作用せずに情報を得られるのです。それが『アリス』の力です」
「出発まで48時間」コスタは会議を締めくくった。「オカフォル、リュウ、プローブの準備を完璧にしておいてくれ。何か...あるいは誰かが向こうにいるなら、私たちは準備を整えておく必要がある」
会議が解散する中、ナディアはもう一度干渉パターンを見つめた。彼女の脳裏には一つの考えがあった。科学者として、彼女はこのパターンの背後にあるものを知りたいという燃えるような欲求を感じていた。軍人として、彼女はこれが何を意味するのか懸念していた。
そして人間として、彼女は未知のものへの畏敬の念を感じていた。