第9話: 約束の先に
日が傾き始めた頃、二人は花畑を後にし、屋敷へと戻ることにした。帰り道、静馬は少しだけ考え込みながら歩いていた。
「怜司様、今日は少し長く歩きましたね。お疲れではありませんか?」
静馬が心配そうに尋ねると、怜司はその言葉を無視するように軽く笑って答えた。
「大丈夫だ。お前と歩くのは、むしろ心地よいからな。」
怜司の言葉に、静馬は一瞬だけ胸が温かくなるのを感じた。怜司の気持ちが、少しずつ素直になってきていることが伝わってきて、静馬は嬉しさを抑えきれなかった。
屋敷に戻ると、二人はいつものように、静かな時間を過ごしていた。だが、その夜、静馬は少しだけ気になることがあった。怜司の態度が、どこか冷静で、いつもよりも距離を感じるような気がしたのだ。
「怜司様?」
静馬が怜司の名前を呼んだ瞬間、怜司は少し驚いた顔をした。
「どうした?」
怜司の顔には、何かを隠そうとするような微妙な表情が浮かんでいた。それを見た静馬は、少し心配になった。
「今日は、少しだけお疲れではないかと思いまして。」
静馬は慎重に言った。怜司はそれに軽く肩をすくめる。
「お前が心配するほどじゃない。」
そう言って、怜司は静馬から視線をそらした。その仕草を見た静馬は、何かを感じ取った。
「怜司様、あなたは、今少し心の中で迷っていることがあるのでしょうか?」
静馬は静かに問いかけた。その言葉に、怜司は一瞬目を見開くと、深く息をついた。
「……迷っているかもしれない。」
怜司はつぶやくように言った。静馬はその言葉を胸にしっかりと受け止め、もう一歩踏み込んで聞いてみる。
「迷っている理由を、私に話してくれますか?」
静馬は優しく、けれど真剣な眼差しで怜司を見つめた。怜司は少しだけ沈黙し、やがて重い口を開いた。
「……俺は、お前に頼りすぎている気がする。」
その言葉に、静馬は驚いた。怜司のそんな一面を見たことがなかったからだ。
「頼りすぎている、とは?」
静馬はもう一度問いかけた。怜司は少しだけ手を動かしながら答えた。
「俺が、お前に何でも任せて、支えてもらっている。けれど、それが……俺の弱さに繋がっているように感じて、怖くなってきたんだ。」
怜司は言葉を選ぶように話し、その顔に苦悩の色を浮かべていた。
静馬はその言葉を静かに聞き、そして何も言わずにそっと怜司の手を取った。
「怜司様、あなたが私に頼ることは、弱さではありません。私は、あなたを支えることができることが、何よりも嬉しいのです。」
静馬の言葉は、怜司の心に温かく響いた。怜司はその手を握り返し、目を閉じて少しだけ息を吐いた。
「ありがとう……静馬。」
怜司の声は、少しだけ震えていた。それでも、静馬はその言葉をしっかりと受け止め、再び優しく微笑んだ。
「私も、あなたに支えられています。」
静馬の言葉に、怜司は少し驚いたように顔を上げた。その顔には、少しの驚きと、そしてどこか安心した表情が浮かんでいた。
「……そうか。」
怜司は、静馬の言葉に答えるように、優しく微笑んだ。
その瞬間、二人の間にあった小さな壁が崩れ、より深い絆が結ばれたような気がした。怜司の心の中で、静馬への依存や不安が少しずつ解けていくのを感じた。
「じゃあ、これからも頼りにしてもいいのか?」
怜司は少し照れくさそうに尋ねた。静馬はその問いに、心からの笑顔で答える。
「もちろんです、怜司様。」
静馬の言葉に、怜司はまた少しだけ安心したように微笑んだ。
二人はそのまま静かな夜を迎え、深い眠りに落ちていった。これからも共に歩んでいくことを、心の中で確信しながら。