第7話: 息を呑む瞬間
静馬は怜司の部屋に向かう途中、少しだけ緊張している自分に気づいた。今日、怜司とまた何か大きな進展があるわけではない。けれど、怜司が少しずつ心を開いていることを感じていた静馬は、どこか心の中で期待を抱いていた。
「怜司様、もうすぐお昼ですよ。」
静馬は部屋の扉を開けると、怜司が机に向かって何か書き物をしている姿が目に入った。
「お前、またその書類か?」
怜司は無意識にため息をつきながら、静馬に振り向いた。どうしても仕事に集中してしまう性格が災いして、昼食の時間すら忘れてしまうことがしばしばだった。
「そうですね、また少しだけ気になることがあって。」
静馬は怜司のそばに歩み寄り、その書類に目を通す。怜司は自分が静馬の存在に甘えていることを、まだ完全には認めたくなかったが、その行動はどこか素直になりつつある証拠だった。
「怜司様、少し休んでください。あなたも疲れているでしょう?」
静馬は優しく言ったが、怜司は微妙に顔をしかめた。
「俺はまだ大丈夫だ。」
それでも、静馬がそのまま手を伸ばして肩に触れた瞬間、怜司はその温かさに驚き、つい肩をすくめてしまう。
「お前、そんなに気を使ってくれるな。」
怜司は照れくさそうに言ったが、静馬はそのまま微笑んで言った。
「気を使っているのではありません、怜司様を大切に思っているからです。」
その一言が、怜司の胸をきゅっと締め付けた。
「……ありがとう。」
怜司は静馬を見つめ、その目には感謝の気持ちが込められていた。
静馬がもう一度微笑んでから、部屋の奥にあった食事を運び出す。二人が並んで食事を取る時間は、何気ない日常の中でも、怜司にとっては心地よい瞬間になっていた。
昼食を終えた後、二人は庭を散歩することにした。静馬は少し先を歩きながら、怜司がついてくるのを待った。その歩幅に合わせて、二人は静かな時間を過ごしていた。
「怜司様、今日は少しお疲れのようですね。」
静馬がふと後ろを振り返ると、怜司は少しだるそうに歩いていた。
「うるさいな、歩けてるだろ?」
怜司は少し怒ったように言ったが、その顔にはどこか照れくささがあった。静馬はその態度にくすりと笑う。
「そうですね、歩けていますよ。」
静馬はそう言いながら、でも怜司がついてきているのを確認するように、歩調を合わせて歩いた。
途中、二人は庭の大きな木の下で立ち止まり、しばらくの間黙って空を見上げた。何も言わず、ただその瞬間を共に過ごすことで、二人の距離はさらに縮まっていくのを感じていた。
突然、怜司が口を開いた。
「お前、俺に話してる時、いつも優しすぎるよな。」
静馬はその言葉に驚き、しばらく沈黙してから答える。
「優しすぎるというのは、私の気持ちですから。」
静馬はそう答えながら、視線をそらした。
「……お前、俺のこと、どこまで分かってるんだ?」
怜司は、少し冗談っぽく言ってみた。しかし、静馬の返事は予想外だった。
「分かっていませんよ。ですが、少しずつ分かろうとしています。」
静馬は、心からそう言った。怜司はその言葉を聞いて、ふっと笑った。
「お前がそんなに真剣に言うと、なんだか照れるな。」
怜司は言ってから、ほんの少し赤くなった頬を隠すように手で押さえた。
その瞬間、静馬は怜司の可愛らしい仕草に胸が高鳴るのを感じ、つい笑顔を浮かべた。
「怜司様、あなたのその姿もとても可愛いです。」
静馬は思わずそう言ってしまい、怜司は驚いたような顔をして、顔を真っ赤に染めた。
「な、何言ってんだよ!」
怜司は顔を背け、歩く速度を少し早める。静馬はその後ろ姿を見て、思わずにやりと笑ってしまう。
「怜司様、可愛いですね。」
静馬は心の中で、少しだけくすっと笑った。
その後も二人は楽しいひとときを過ごしながら、少しずつお互いの距離を縮めていくのであった。