第6話: 揺れる心の奥に
怜司は、昼食の後、少しぼんやりとした気分で書斎に戻った。静馬との会話が頭から離れず、どこか心がざわついているのを感じていた。自分でもどうしてこんなに気になるのか、うまく言葉にできなかった。
「静馬……」
怜司は思わずその名前を口に出してしまう。自分が感じているこの感情が、いったい何なのかを理解できずにいた。最初はただの従者に過ぎなかった静馬が、今ではかけがえのない存在になりつつあることに、怜司は気づいていた。
一方、静馬もまた、怜司のことを思いながら部屋に戻っていた。彼は、怜司からの少しの言葉に喜びを感じる一方で、その先に進むべきなのか、どこまで自分の気持ちを伝えるべきなのか、迷っていた。
「怜司様が少しでも心を開いてくれるといいのですが。」
静馬は小さく呟き、ふと窓の外を見つめた。その目には、静かな決意が込められている。
夕方になり、外の空が赤く染まり始めると、怜司は再び自室を歩き回っていた。考えすぎて、どうしても落ち着かない。何度も手元にある書類に目を通しながら、気づけば彼は静馬を呼ぶことを決めていた。
「静馬。」
声が部屋に響く。静馬は一度、間を置いてからその声に応じる。
「怜司様、何かご用でしょうか?」
静馬がドアを開け、怜司の前に現れると、その目はどこか優しさと、少しの緊張が入り混じった表情をしていた。
「ちょっと、話したいことがある。」
怜司は言った。静馬は少し驚き、しかしすぐに頷く。
「はい、何でもお話ください。」
静馬の声は、どこか穏やかで、怜司の心を少しだけ軽くする。
怜司は少し躊躇いながらも、言葉を続ける。
「お前の気持ち、受け止めたいって思ってる。でも、どうしても素直になれない自分がいるんだ。」
その言葉を聞いた静馬は、しばらく黙って怜司を見つめた。怜司はその目に少し動揺し、また言葉を続ける。
「お前がどうして俺を……って思うこともある。でも、少しずつ分かってきた気がする。」
その告白は、静馬にとって大きな意味があった。怜司が心を開こうとしていること、それ自体が静馬にとっては大きな一歩だった。
「怜司様……」
静馬はその言葉に胸が熱くなった。彼の心は、今まで以上に怜司に対する想いが強くなるのを感じていた。
「でも、俺は……まだ怖いんだ。」
怜司は言葉に力を込めて言った。その表情には、恐れと同時に、静馬に対する感謝の気持ちが混ざっていた。
静馬はその言葉を深く受け止める。怜司が抱える恐怖を理解し、彼の手を取ると、その手をぎゅっと握りしめた。
「怜司様、怖がらないでください。」
静馬は静かに言い、その声には深い優しさと愛情がこもっていた。
「私は、あなたがどんな姿でも、どんなに弱くても、ずっと側にいます。あなたが少しでも心を開いてくれるなら、それだけで嬉しいのです。」
静馬の言葉は、怜司の心を揺さぶった。彼がどれだけ静馬を必要としているのかを、少しずつ実感している自分がいた。
「……ありがとう、静馬。」
怜司は、静馬の手をもう一度握り返す。彼の目には少しの涙が浮かんでいた。それを見た静馬は、優しく微笑んだ。
「怜司様、私はこれからもあなたの傍にいます。」
その言葉は、静馬の心から溢れる本当の気持ちだった。
二人の距離は、今まさに縮まろうとしていた。怜司の心の中で静馬に対する想いが、少しずつ形を成し始めるのを感じながら、二人は静かにその時を過ごした。