第5話: 揺れる距離
怜司と静馬の関係は、少しずつ変わり始めていた。静馬が心の内を明かしたことが、怜司にとって大きな意味を持っていることを理解しながらも、彼はどうしてもその感情に向き合うことを恐れていた。自分の弱さを誰かにさらけ出すことが、どれほど怖いことかを怜司は知っていたからだ。
静馬は、怜司が少しでも自分を受け入れてくれるようにと願い続けていた。しかし、彼の優しさが怜司を追い詰めることもあった。時折、怜司はその温もりを拒絶したくなる自分がいるのだ。
「怜司様、もう少しで昼食をお持ちします。」
静馬の声が、怜司の思考を現実に引き戻す。怜司はその言葉を聞き流すことなく、静馬の方をちらりと見る。
「……静馬、さっきのことは本気なのか?」
怜司は、静馬が心から自分を慕っていることを少し理解し始めていた。しかし、どこかでその気持ちを受け入れられずにいた。
「はい、私はあなたを大切に思っています。」
静馬は即答し、その目には強い決意が込められていた。怜司はその目を見て、ふと胸の奥で何かが震えるのを感じた。
「お前の気持ちは、重いな。」
怜司は、静馬の気持ちにどう答えたらいいのか分からないと、つい口にしてしまう。自分の心の中にある戸惑いが、言葉となって漏れ出てしまったのだ。
「重い、ですか?」
静馬はその言葉に少し驚きつつも、表情を崩すことなく答える。
「そうだな……だって、お前の想いは俺にとって、時々恐ろしいくらいに強いから。」
怜司は静かに言ったが、その言葉には確かな感情が込められていた。自分でも驚くほど、静馬に対して感じることが増えているのが分かる。
静馬は少し黙り込み、その言葉を噛み締めるように受け止めた。そして、ふっと表情を柔らかくして言った。
「恐ろしいことをしているのは、私かもしれません。」
静馬のその言葉には、少し自嘲の意味が含まれていた。彼自身も、自分の感情に押しつぶされそうな瞬間があることを感じていたからだ。
怜司はその静馬の言葉を無言で受け止める。どこかで、静馬の気持ちに応えたくても、恐れている自分がいるのを感じていた。
「でも……お前が俺に心を寄せてくれるのは、悪くないかもしれない。」
怜司はゆっくりと、しかし確かな声で言った。その言葉に、静馬の顔が一瞬明るくなったのが分かった。
「ありがとうございます、怜司様。」
静馬は、少し嬉しそうに言った。怜司が自分の気持ちに少しでも応えてくれたことが、彼にとっては何よりの喜びだった。
その後、二人は昼食を取るために食堂に向かう。普段のように静かな日常が戻ったかのように思えた。しかし、怜司の胸の中では、静馬への感情が少しずつ変わり始めていることを感じ取っていた。
静馬もまた、怜司との距離が少しだけ縮まったことに安堵していたが、それと同時にまだ彼の心を完全に開くには時間が必要だということを理解していた。
「……これからどうなるんだろうな。」
怜司は心の中でふと思う。静馬との関係が、今後どんな形に進んでいくのか、それを考えるのが怖いような、楽しみなような、複雑な気持ちでいっぱいだった。