第3話: 揺れる心
静かな書斎の空気が、いつの間にか重くなっていた。怜司の心の中の不安が、静馬に触れられたことで少しだけ軽くなったように感じた。しかし、その反面、何かを失ってしまうような恐怖が胸の奥にひそんでいた。弱さを見せたことで、今後どんな影響が出るのか、怜司にはわからなかった。
「……もういいだろ、静馬。」
怜司は突然立ち上がり、机に置かれた紅茶を片付けた。普段通りの強気な態度に戻り、その顔には先程の心の葛藤が消え失せていた。
「お前に俺のことなんて分かるわけないだろ。」
その言葉に、静馬は少し驚きながらも、冷静に反応した。自分が怜司のために何をしてきたのか、その意味が急に問われた気がしたからだ。
「でも、私は……」
静馬は言いかけて、その言葉を飲み込む。今、怜司に何を言っても無駄だとわかっていたから。静馬はただ静かに見守るだけだった。
怜司はふと自分の手を見つめ、その後、また遠くを見つめる。目を細めるその表情には、静かな決意と少しの戸惑いが混じっていた。
「……お前、俺に構いすぎだ。」
冷たく言い放った怜司だったが、その目には静馬を拒絶しきれない感情が宿っていることを、静馬は見逃さなかった。
その瞬間、静馬の胸に何かがはじけたような感覚が広がる。怜司の強さに引き寄せられ、同時にその隠れた弱さにも心を奪われる自分を感じていた。
「構いすぎることは、ありません。」
静馬は静かに言う。普段なら感情を抑えている彼も、この瞬間だけは自分の本音を口にしていた。
怜司は一瞬その言葉に反応し、少し驚いた表情を浮かべる。その後、目を逸らして再び口を開く。
「……あんまり、お前に頼りたくないんだ。」
怜司は自分の心を押し殺すように言った。だがその言葉が、むしろ静馬の心を強く引き寄せる。
「でも、私がここにいることを忘れないでください。」
静馬の言葉は、怜司にとって予想外だった。しかし、その言葉が静馬の心から真剣に発せられたものであることを、怜司は感じ取る。
「……どうしてそんなに俺にこだわる?」
怜司は静馬の目を見つめ、しばらく黙った。静馬もまた、その視線に応えようとする。
「だって、怜司様が孤独で、傷ついているのを見過ごすことができなかったからです。」
静馬の言葉に、怜司は言葉を失った。
その瞬間、彼は初めて自分が誰かに本当に必要とされているのだと、心の奥底で感じることができた。しかし、それを素直に受け入れることができない自分がいた。
「お前は……俺に必要だと言ってくれるけど、それがどういうことなのか、まだ分からない。」
怜司は少しだけ遠くを見つめ、何かを言いかけては黙り込む。
静馬はその言葉を静かに受け止めながらも、怜司の側に立ち続ける決意を新たにしていた。
「その時が来たら、私も理解します。」
静馬の言葉には、怜司を支えたいという強い意志が込められていた。
怜司は静かに深く息を吐き、そして静馬を見つめる。
「……分かった。お前がそう言うなら、もう少しだけ付き合ってやる。」
その言葉には、怜司の気持ちが少しずつ静馬に向かい始めていることが感じられた。