いなかみち ーケダモノたちよ・先行読切ー
あらすじ
中世時代・日本。都から離れた辺境に❝祖柄樫山❞という山があった。
その麓には、とある村があり、その名を❝置田村❞と❝黛村❞と呼ばれていた。
この2つの村には因縁があり、15年前に黛村の権力を巡り争い、混乱から逃れた村民たちは西の麓に置田村を創立。そこから5年後に『一揆』といわれる村同士の大きな戦が起こった。
以来、この村堺は禁足地ともなっていた。
都から離れたこの村々は、村長たる乙名5人によって掟が決められ、破るものには容赦はなかった。
独立した一つの国のような村には異様さと不気味さを併せ持っていた。
そんな村に住む村民は、ただただ普通の暮らしを求めて、平和な集団生活を望み村に来るものが多かった。
権力を得た人間と、それを目の当たりにする人間。そんな人々の日常とはー。
今回スポットが当たるのは、置田村の東、八俣の地。
畑の野菜を商人に売り、納税の金銭を稼ぐ毎日を送る真面目な農夫とその妻。
源八・栗。
八俣の納税を取り仕切る、欲望に憑りつかれる悪しき男2人。
相島・桑井。
彼らの純粋なほどの恐怖と欲望を、是非共感してください。
※この作品は次回長期連載を予定する『ケダモノたちよ』の前日譚の一部となる内容です。
一早く祖柄樫山の狂気の世界を堪能して下さい。
※作品の都合上、残酷・過激な描写がありますので、ご注意ください。
※作品の都合上、歴史に沿わないもの(苗字・舶来品・宗教など)があります。御了承下さい。
※本編への繋がり、読切の都合上、バッドエンドとなります。
祖柄樫山の西の麓にここ置田村は在る。村の東端は八俣の地名で知られ、山林と谷川を境に黛村が在り、ある事件から対立が増していた。八俣の東外れ、山林からは禁足地となり、村からの田舎道も公にはここが終点となる。
そんな置田村の東・八俣は貧民が住む地区とされていたが、それでもそれぞれが生きるために助け合って生きてきた。
「今日も沢山働かないとな。」
源八は勝鬨をあげて農具を持つ。
山土 源八。若い頃に両親を亡くし、一人で家と畑を守ってきた。真面目で努力家な彼を近所の誰もが知っていた。
少し離れた住居には落戸家の一家が母一人、娘一人で何とかやっていた。
落戸 栗。優しい性格で、容姿端麗な彼女は、そんな源八を想うようになり、14の頃から許嫁となる。彼女はそんな将来に幸せを感じていた。
そう、この村には幾つかの掟がある。村長たる乙名が5人で掟を作る。その掟は3人の乙名の承認があれば可決する、いわば村のルール。
その一つに特殊なルールがあった。
【女性は16歳までに許嫁を見つけてもらい、その主人に従う。17歳で独り身の場合、世話人として各家放浪し養ってもらう。】
男尊女卑が著しいこの村では、女性は嫁ぐことで身の保証が担保される。世話人とは聞こえの良い話だが、要は売春婦として生きていくということになる。
昔からの習わしでそれを不思議と感じない彼ら。しかし、ある少年たちは、いずれこの村の在り方に疑問を抱き、根底から改革を考えるのだが、それはまだずっと後のことである。
話を戻し、16になると真面目な源八と一緒に住み始め、栗の母と3人で毎日を幸せに暮らしていた。源八も毎日の畑仕事も大変だが、それ以上に栗が嫁いでくれたことに感謝した。
「今日は少し疲れたよ。」
「源八さん、夕飯まで少し時間があるし、お背中でも流しましょうか?」
「悪いな、栗。頼めるか。」
源八は行水がてら栗との愛を育んだ。
「栗、夢のようだよ。」
源八は心身から感謝する。
「源八さんの支えになれてるなら、アタシは幸せだよ。」
栗も源八の身体を流しながら、傍に入れる幸せを実感する。
自然と体を寄せあう二人は、貧しいこと、忙しいことなど忘れられた。
「明日はアタシも畑に行けるから、何か手伝うよ。」
「そんな、悪いよ。栗は居てくれるだけでいいのに。」
湯煙に佇む二人の姿は幸せそのものだった。
翌日、予定通りに源八と栗は畑に向かう。
「栗、本当に居てくれればいい。納税に必要な売る作物は確保できてるし、食用分も十分だ。」
「そうかい?じゃ畑の縁にでも休んでるから、何かあれば声かけてね。」
そういって源八は畑仕事をし、栗は座って源八を眺めている。
ーその頃、源八らの畑から程遠くない老夫婦の家に男たちが来ていた。
相島 権作。この八俣の納税を取り仕切る❝沙汰人❞である。沙汰人は裕福な地主家系から世俗的になるのが一般的で、乙名に次ぐ権力者。
桑井 政介。官人という、いわゆる役人。出世のために相島に媚びを売る男。貧民から官人に抜擢された異例の経歴を持つ。
「もうこれ以上、滞納したら俺も庇いきれない。」
桑井が怯える老夫婦に冷たく接する。
「政介君、良い仕事を斡旋してあげなさい。」
「ですね。」
そういうと相島は外に出た。桑井はそのまま老夫婦への仕事を説明する。
老夫婦への仕事を紹介し終えると、桑井も外へ出てきた。相島は桑井に目もむけず、畑向こうの一点を見つめている。桑井が不思議と相島の視線の先に目を向ける。
「栗ですか?イイ女ですよね。」
桑井が邪な態度をとる。
「紹介したまえ。」
相島が目線をそらさず、桑井に命令する。
「やぁ、畑仕事はどうだい。」
2人が源八達に近づくと、桑井は巡視に来たかのように接する。
「どうも、桑井さん。そちらは?」
源八が相島に目を向ける。
「東地区の沙汰人のお一人、相島権作さんだ。」
「いや、いきなり済まないね。畑仕事に精を出す源八君に目が留まってね。」
「そ、それは光栄であります。栗、栗。」
源八は栗を急いで呼ぶ。
「こちら、沙汰人様だって。」
「え、どうも。アタシ、源八の妻で、栗といいます。」
栗もあわてて走ってくると、胸元の開けを直しつつ、深々と頭を下げる。
相島はそんな栗の所作すら見逃さなかった。
「いや、いいんだ。ただ、君たちの真面目な仕事ぶりからは税の滞納が少し不思議でね。」
相島が首を傾げる。
「ぜ、税なら払っておりますが。」
源八が反論する。
「では、儂の勘違いだと?」
「いや、しかし…」
「後で二人で儂の屋敷に来てくれるか?一緒に確認しよう。間違いならそれはそれでお詫びをしないといけない。」
沙汰人を前にして、二人は首を縦に振り、一度帰宅した。
「さっきの老人には船仕事を当てときましたが?」
桑井がまた悪い顔をする。
「栗とか言ったか。もう我慢できん。」
相島は桑井の話など聞こえない、ケダモノの目をしていた。
源八と栗が一度家に帰り農具を置くと、急いで相島の屋敷へ向かう。
屋敷の前には桑井が出迎えに立っていた。
「お待ちしてました。」
二人は中へ案内され、広間で寛ぐよう言われる。
「どうも、ご足労感謝するよ。」
相島が顔を出すなり税収の書類を持ち出してきた。
「やはり今年の初めから納めてもらってないようだが。」
「そんな、バカな。」
「まぁまぁ、聞けば君は優秀な若者だと聞いている。今年分をいきなり出せと言われても…ね?」
「はぁ、すみません、つい。」
「いや、構わん。税がなくても足りたということも事実。ここは目を瞑っておくよ。」
「本当ですか?」
「約束だ。」
「ありがとうございます。」
話が丸く納まり、二人は安心する。
「ただ、栗さんに村の為の仕事を一つ頼みたいのだが、いいかね?」
「仕事、ですか?」
「アタシは貧民でありますし、取柄になるようなものもありませぬが。」
「今のような税収の書類を第三者としてチェックしてもらいたいのだ。毎日でなくていいし、ペースは任せる。」
「はぁ。」
源八は栗の顔を見る。
「源八さんの税の恩もあるし、それくらいアタシやってくるよ。」
「栗…」
「では決まりだ。この後、栗さんには手順を説明するから源八君はここで酒でも飲んでいてくれ。」
相島は桑井に目配せすると、桑井は酒一式を持ってきた。
「では行こうか。」
相島と栗は裏門を出ると、馬車があった。
「厳重書類なので馬車で移動するのだ。乗りたまえ。」
少し離れた山林近くの水車小屋に着く。
「ここで仕事をしてもらう。入りたまえ。」
栗は中へ入ると空の棚があるくらいで布団と茣蓙しかなかった。
水車の水が風呂桶のような場所に溜まり、使っていた痕跡が分かる。
「書類はどこなのです?」
栗が振り返ると相島が鍵を閉めていた。
「ー?」
相島はいきなり栗を抱きしめる。
「儂を慰めるのが仕事だ。」
「い、いや!」
服を無理やり脱がし始める。
「いいのか?源八の脱税を公表しても。お前が源八を愛するなら、儂を生涯慰め続けろ。」
その言葉で栗は一気に抵抗する力すらなった。
「く、栗、お前は儂のモノだ。」
相島は快楽と独占欲を味わうも、もはや栗には感覚はなかった。
ー 事実上、死んだといってもいい。
絶望に抱かれていく栗は、ただ黒くなっていくー
事が済み、相島の屋敷に二人が戻る。
「栗、お疲れさん、どうだった?」
酒でご機嫌になった源八は栗に軽く聞く。
「ちょっと疲れたみたいだ、馬車で送るよ。」
相島はとぼけた顔で答えると、二人は馬車で自宅に送られる。
「では、源八君、またね。」
「あ、はーい。ありがとうございます、相島さん。」
「栗さん、また迎えを寄こすから、続きを頼むよ。」
「頑張ってな、栗。」
ー 栗は確信した。
「栗、今日も背中流してくれないか?オレも流すからさ。」
「…んなさい。」
「おお、栗、どした、いきなり抱き着いて…疲れてるのか。悪いな、仕事お願いしちゃって。」
ー もう源八と幸せな気持ちにはなれないことを。
「ほら、湯加減いいか?どした?元気ないな。」
翌朝、馬車が来る。
「栗さん、相島さんがお呼びだ。昨日やった書類は違うものだったらしい。」
朝から、もっともらしい事で呼ばれては相島の慰み者をさせられ、彼女は決意した。
さらに翌朝、馬車の音とともに彼女は母の前で謝ると言われるまま馬車に乗る。
昼過ぎに畑仕事をしている源八の元に馬車が留まる。
「栗さんが倒れた、来てくれ。」
桑井が慌てた表情で呼びに来ると、源八も嫌な予感がして急いで馬車に乗る。
水車小屋に着くと源八は馬車から飛び出し、小屋に中に入る。
ー 栗?
そこには無残に変わり果てた栗がいた。
痣と爪後。栗の爪もボロボロだ。服は剝がされ、髪の毛も引っ張り続けたように散乱していた。
「栗?クリなのか…おおお!」
源八は発狂する。
「倒れたんじゃなくてよ、殺してやったんだ。」
扉の裏にいた相島が腕を組んで立ち、勝手に話し出す。
「このアマは最期まで源八の名前を呼んでいてな、もう仕舞てほしいとよ。」
「キサマ…」
「悔しいじゃねえか、源八の汚い背中は洗い流すのに、儂はそもそもが汚物扱いなんてよ…。」
「栗…何てことを…俺の為に。」
「❝俺の為❞?バカが。そもそもお前らが脱税したなんてのは嘘なんだぜ。傑作だぜ、そうとも知らずに❝源八さん許して。アタシ我慢するよ❞なんて泣き喚きやがってよ。」
相島がケダモノのように再現する。
「俺も変だと思って、今朝、乙名の官人に話をしといた。おそらく間もなく来るだろうよ。お前も終わりにしてやる。」
源八の最期はこの言葉だった。
「これで始末完了ですね。」
源八を刀で串刺しにした桑井は死体を蹴飛ばして並べる。
「乙名が来るのも織り込み済みよ。」
「さすが相島さん。」
乙名が官人数名と共に馬車で着く。
「相島か。源八という若者から今朝話があった。」
「どうも藤香さん。助かりました。」
置田 藤香。置田村創設の一人。死して英雄となった置田蓮次の妻。
「中に男女の死体があります。おそらく男は源八です。」
「どういうことだ?」
藤香は相島を睨む。
「いえ、桑井がここに女を連れ込んでいるのを見たものがいて、儂も今、咎めていたところです。」
「は?相島さん、話が違います、女をヤッたのは…」
「君もこれ以上罪を重ねてはいけない。死んだ両親に顔向けできないぞ。」
「そんな…騙したのか。」
「まぁいい。桑井を連れて行け。」
藤香は相島の顔を見るなり馬車に乗り込む。
「二人の死体は我々が受け持つ。相島は自宅へ帰り、指示を待て。」
「は!」
一行の馬車が夕暮れに向かっていく。
相島はニヤリと笑う。
「これだから権力者は止められないぜ。」
「田中、相島の話、どう思う?」
「僕には何とも…ただ源八は税の話で相島に呼ばれ、その後は奥さんを毎日呼び出し顔色も悪くなったと言ってましたが。」
「桑井に聞いても、前の5件のように切り捨てられるだろうな。」
「そういえば、源八の家に栗の母親がいたようで、保護はしましたが、全く話せない状況でして。」
「そうだろうな…せめて栗の母親は私が守り抜くとしても、あの若夫婦はこの現体制の被害者だ。やはり、変えなくてはならぬ。ケダモノたちの掟と支配を。」
藤香は夕日景色を横目にしながら未来の平安を若者に託す時と感じていた。
置田村の体制に異議を感じ、行動するメンバーが現れるのはこの後であり、藤香の息子がまさかその中心にいるとはまだ知る由もなかった。
ー 本編に続く
短編で描くのが初めてで、巧く1話に収めるのが大変でした。話をまとめるスキルのなさを感じました。
個人的に、権力を持つと人間は欲望に染まり、結果悪い人間になる、というのが事象・節理のように思っていて、そんな人間たちを描いてはみたかったのがコンセプトにあります。
❝一緒にドーナツ食べませんか?❞で良い人ばかりを描いていたので、我慢せずに悪人を描けてそこは良かったと思ってます。
時期を見て、祖柄樫山の話を長期連載していこうかなと思います。
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