僕の最愛の人③
聖女様と出会った運命の年から4年後。
僕は16歳になっていた。
いつか聖女様を迎えに行き、彼女を自由にしてあげたい。
そんな夢を心に抱き、僕は日々次期公爵としての勉強に励んだ。その結果……何故か次の宰相候補に名前が上がるほどになっていた。
――何故だ。
もちろん、いくら候補に名前が上がろうが、宰相試験に合格しないと宰相にはなれない。
それに、僕は別に国を動かす人間になるつもりはない。
ただ、自分にとって大切な屋敷の人間や、領地を守れればそれでいいと思っていた。
そして、聖女様に会えるだけの身分があれば、それで。
――この間王都に行った時に見た聖女様、すごく綺麗になっていたな。
先日、所用があって王城へ行った。その帰り道、そっと教会の方へ足を伸ばしたのだ。ひと目だけでもお会いしたかった。
あれから4年だから、聖女様は10歳だろうか。
黒髪黒目の人間なんてこの国にはそうそういないから、遠目から見ただけですぐに聖女様だとわかった。
凛とした佇まいで以前よりも『聖女』らしくなった彼女は、以前と変わらず慌ただしく働いているようだった。
――やっぱり僕は、聖女様が好きだ。
社交界で話しかけてくるどんな令嬢とも違う。
どんなに声をかけられてもほかの令嬢なんて鬱陶しいとしか思えないのに、聖女様のことはどうしても目が追ってしまう。
たまに王城へ行く時くらいしか姿を見ることは出来ないし、臆病な僕は話しかけることもできないのに。
それでも、僕の中の聖女様への気持ちは褪せることなく続いていた。
そんなある日のことだった。
聖女様がこの国の第一王子であるアルバート殿下と婚約したという話を知ったのは。
『アルバート王太子殿下(13)、噂の聖女様と婚約を発表!』
新聞に大きく書かれたその見出しを見て、僕は絶望してしまった。
――アルバート殿下と結婚!? 公爵の身分じゃ、王太子にかなうわけないじゃないか。
いつもはかしましいメイドたちが、僕の様子を見てめずらしくおろおろしている。
それほどまでに絶望に打ちひしがれた僕は、よろよろと部屋にひきこもった。
昼になり、西日が沈み、空に月が昇っても、それでも僕は部屋から出られなかった。
こんなに悲しいと思ったのは、生まれて初めてだった。
身分は自分の力だけではどうにもならない。
アルバート殿下は、聖女様のことを幸せにしてくれるような男だろうか。
ぐるぐると考えて、考えて、ますます溺れていくような心地だ。
そんな僕の部屋に押し入ってきたのは父だった。
「リシャルト。落ち込んでいるのは聖女様のことか?」
父が静かに尋ねてきて、僕はベッドにうずくまったまま答えた。
僕の聖女様への想いは特に隠してはいなかったので、身内にはとうにバレていた。
「……はい」
「リシャルトよ。欲しいものがあるなら、諦めてはならない」
静かに、だけれどはっきりと。芯のある声で言われる。
その言葉は、僕の胸に強く響いた。
「欲しいものがあるなら諦めるな。聖女様に婚約者がいようが、王太子が相手だろうが、どんな手を使ってでも掴み取れ」
「……ちち、うえ」
父の言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のようだった。
――ああ、そうだ。僕はまだ、まともにアプローチさえできていないじゃないか。
言葉を交わしたのは、幼い頃の数日だけ。
あとはただ遠目から眺めることしか出来なかった。
それだけで諦められるわけがない。
諦めるにしても、せめて聖女様に直接振られたい。
――じゃあどうしたらいい? 今のままでは聖女様にお会いすることすら難しい。
地方に住む公爵の息子という立場では、頻繁に王城へ行ける訳では無いのだ。
瞬間、僕の脳裏によぎったのは、宰相候補の件だった。
――それだ。
公爵の息子という身分で不足なら、王族に並び立てる身分を得よう。
宰相の立場ならアルバート殿下のこともよく分かるだろうし、聖女様にも今より会える。
――もし、聖女様がアルバート殿下との婚約を望んでいたなら、その時は潔く身を引こう。
そして、もうひとつ考える。
――でももし……、聖女様がアルバート殿下との婚約を望んでいなくて、聖女様の自由をただ阻むものなのだとしたら。
僕は王族さえも操る、そんな人間にでもなろう。
◇◇◇◇◇◇
朝日が窓から差し込んでくる。
薄いレースのカーテンを抜けて部屋を照らすその光に、僕は瞼を開いた。
――……夢か。
長い夢を見ていた気がする。
聖女様に出会って、僕が宰相となることを決意した時の夢。
「り……しゃると、さま」
聞こえてきた甘やかな声に、僕はふと横に視線を動かした。
僕の隣には、すやすやと穏やかな表情で眠るかつての聖女様――キキョウがいる。
寝言で僕の名前を呼んでくれたのだろうか。あまりの可愛さに、朝から暴走してしまいそうだ。
目を閉じ約3秒。心を落ち着かせる。危ない危ない。
長年の片思いを経てようやく結ばれることのできた彼女の左手薬指には、銀のリングがはめられていた。
――僕は、とても幸せだ。
「キキョウ」
――僕は、あなたを幸せにできていますか?
「愛しています」
僕は天使のように眠っている愛しの妻に、そっと口付けを落とした。
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