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2・お飾り聖女は婚約破棄される


 ことが大きく動いたのは、私が過労で倒れた日から数日後のことだった。


 

 ◇◇◇◇◇◇


 

「聖女様……。ありがとうございました」


「いえいえ。お気をつけてくださいね」


 治療を施された兵士が一礼をして教会を出ていく。

 王城に隣接する教会本部で、私はいつものようにけが人の治療を行っていた。


「聖女様、お疲れ様です」


 そう声をかけてきたのは、教会本部で治癒士として働いているニコラだった。


「ニコラもお疲れ様です」


 短く切りそろえられた栗色の髪に、生き生きとした翠の瞳が美しい。

 同じ年頃で同性のニコラは、聖女でこそないものの力の強い治癒士で、とても頼りになる存在だった。


「聖女様、また国王陛下が戦争を仕掛けようとしているそうですよ……。もうわたし、疲れちゃいました」


 ニコラがため息をつく。

 この教会本部には、街の治癒士では手に負えない傷を負った人たちが次々と運び込まれてくる。主に、兵士たちだ。

 

 というのも、私が転生したのはセレスシェーナ王国というこの大陸有数の大国なのだが、現国王政権に変わってからというもの、周辺国に戦争を仕掛けまわってくれていた。お陰様で、常にどこかしこの国と戦争状態という有様だ。もちろんそのせいで瀕死レベルの怪我を負う人が後を絶たない。

 

 大方、どんなに兵士が深い傷をおっても、聖女の力を持つ私がこの国にいる限り負けることはない、と踏んでいるのだろう。

 正直いって、迷惑だ。超しんどい。私ひとりで対処できる数では無い。教会本部で働く他の治癒士達も疲れ切っている様子だった。

 

 どこかから私以外の聖女が湧いてでないかな……。

 とか何とか思っていたら。

 

「相変わらず辛気臭い顔だな! こんなお飾り聖女に治癒されるとはたまったもんじゃない」


 呼んでもない王太子が湧いたんですけど……。

 ついでに王太子の恋人、エマ男爵令嬢もいるらしい。アルバート様の背中の影からひょことピンクブロンドの髪をのぞかせている。


「アルバート様、なんの御用ですか?」


 私が尋ねると、アルバート様はふん、と鼻を鳴らした。

 

「今日はお前に話があって来た」


 一体なんだろう。

 この王太子様のことだ。どうせろくなことではないだろうが。

 私のアルバート様への評価は地よりも低い地下深くだ。


「お前との婚約を破棄する」


 一言。ふんぞり返ってアルバート様がそう言った。


「はい? ありがとうございます」


 なんだかよくわからないが、ありがたい!

 ちょうど、自由に生きたい、と考えていたところだったのだ。婚約者という枷がなくなるのは大変嬉しい。

 しかも、この展開もラノベのテンプレじゃないか!

 内心ほくほくしてしまう。

 

「お前よりも、エマのほうが余程俺の――って、理由は聞かないのか!?」


「いやまあ、そこは興味ありませんし……」


 あ。しまった。うっかり本音を言ってしまった。

 目の前の王太子が「なんだと!」と憤慨している。

 まぁ、仕方ないよね。だって本当に興味ないんだもん。

 

「もうひとつあるぞ! お前を、聖女の役から解任する!」


「え、嬉しいです。……ちなみにそれは王命ですか?」


 ええ!? 聖女の役割からもおさらば出来るんですか!? 最高!

 ただ、大変嬉しいのだけど、それは果たして国王陛下からの勅令なのかが気になる。戦争をして他国を侵略することしか頭にない現国王陛下は、聖女や治癒士を便利なものだと捉えていたはずだ。

 でなければ、孤児で出自のしれない今世の私を、ここまで重宝して祭り上げるはずがないだろう。

 私が聞くと、アルバート様は嫌そうに眉根を寄せた。


「ええい、うるさい! これは父上のために俺が考えて行動していることだ!」


 おおう。どうやら国王には内緒で勝手に行動しているようだ。知ーらないっと。


「兵士たちを治癒するのにどれだけの時間をかけているのだ、お前は! いつまで経っても兵士が戦場に戻ってこないと、父上が嘆いておられた!」


「お言葉ですが、アルバート王太子殿下。治療を行うのにどれほどの神経を使っているかお分かりですか?」


 聖女や治癒士の仕事をバカにする言葉に耐えられなかったのか、私の代わりにニコラが声を上げる。

 その辺の擦り傷とはわけが違うのだ。こちらが対応している相手は、基本死の淵に片足を突っ込んでいる兵士が大半だ。1人に対し、およそ半日はかかる。

 それに、ぶっ続けで作業出来るものでは無い。


「聖女様ほどのお力を持つものはおりません」


「ニコラ……」


 彼女にそこまで信頼されていることに嬉しさを感じる。

 だが、頭の片隅で私は考えていた。

 ――これ、聖女の仕事から解放されるチャンスじゃね?と。

 

「そんなはずは無い! こいつのような下賎なものができることは、誰にでもできる! 解任するように、ともう列聖省(れっせいしょう)の方にも手を回してある!」


 下賎なもの、ね。まぁ、この世界の私は孤児で出自のしれない存在だ。アルバート様からすれば、汚らわしいものに違いない。

 ちなみに列聖省というのは、教会や教会所属の聖女、治癒士を取りまとめる組織のことだ。

 

「後任はどうされるおつもりで?」


「それはもう決まっている! エマを推薦する」


 アルバート様の自信満々な言葉に、ようやくエマがアルバート様の背から姿を現した。

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