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1・お飾り聖女は思い出した


「皆を癒す象徴たる聖女のお前が倒れるとは何事か!」


 頭の上から降ってきた男の怒り声に、私ははっとまぶたを開けた。

 目に入ったのは白い天井。ほんのりと、薬の匂いがする気がする。

 視線を横へずらせば、横になっている私を不遜な態度で見下げる男が1人。

 その声のうるささに、私は思わず不快に眉を寄せた。


「なんだ、その顔は! それがこの国の王太子である俺にとる態度か!」


 どうやら男の気に触ったらしい。不満げに騒いでいる。

 ありがたくないが、彼のその騒がしさのおかげで私の頭もはっきりしてきた。


 私は、この国の聖女と呼ばれる存在だった。孤児として街でさまよっていた所を教会に拾われ、あれよあれよという間に聖女として祭り上げられた。名前は無い。拾われてから16歳の今まで、ずっと『聖女様』と呼ばれてきた。

 この国では珍しい黒髪黒目の自分の容姿は、ずっと忌み嫌われるか畏れられてきた。この見た目で生まれたのを憎らしく思ってきた。だが、前世を思い出した今、異様にしっくりくる。

 

 前世……。そう前世だ。たった今夢で思い出してしまった。

 前世は青き地球で暮らす、純日本人だった。名前は花菱桔梗(はなびしききょう)。多分享年23。死因は過労と女神様の同情のせい。

 女神様の計らいのおかげで、どうやらきちんと異世界転生を果たしたようだった。

 生粋のラノベオタクとしては、テンプレ展開を我が身で体験出来たことに喜びたいところだが、現状あまり嬉しくはなかった。

 今世で生きてきた記憶があるからだろうか。

 それにしてもこの王太子、うるっさいなぁ……。ファンタジーの王子に対する夢が消えてなくなるから、やめてくれないかな。

 私は目の前でぎゃーぎゃーとわめきたてている男にため息をついた。


「申し訳ありませんが、少々声のトーンを下げていただいてもよろしいでしょうか。アルバート様」


「そうですよ、王太子殿下。聖女様はお疲れのご様子ですので……」


 私の言葉に、近くに居たらしい優しげな医者風情の男性が姿を現して同意してくれる。

 薬の匂いがするとは思っていたが、どうやら私は医務室

のベッドで横になっているようだった。アルバート様がいるということは、ここは王城か。この男は基本城から出ないから。

 私の目の前で先程から19という年齢に似つかわしくない様子で騒いでいる燃えるような赤毛のこの男は、アルバート・ヴィスヘルム・セレスシェーナ王太子殿下。この国、セレスシェーナ王国の第1王位継承権の持ち主で、信じたくないが私の婚約者である。

 破棄してくれないかな。


「何が疲れることがあるか! こいつはお飾りの聖女だぞ!」


 お飾り、ではなくて、これでも本当に聖女なんだけど……。

 この国の聖女とは、触れて祈ることによってどんなに深い致命傷であっても治療することのできる力を持つ女性のことを指す。

 軽い傷を触れて治すことの出来る治癒士はそれなりの数がいるが、現在の聖女は私ただ1人。

 それだけ珍しい貴重な存在だからこそ、私のような出自の怪しい孤児でも丁重に保護され祭り上げられたわけだ。

 だから決してお飾りの聖女では無いはずなのだが……。私のことをお飾り扱いするのは、アルバート様ともう1人。


 彼の恋人で地方教会所属の治癒士、エマ男爵令嬢だけだ。


 婚約者がいる身で、それとは別に恋人もいるって……。何様のつもりなんだろう、この男。ああ、王太子様か。こんなのが近くにいるから、異世界への憧れも冷めようというものだ。最悪。


「とりあえず、王太子様。聖女様は過労でお倒れになったのです。お帰りください」


「あ、おい! 背中を押すな!」


 ありがたいことに、宮廷医師が王太子を医務室から締め出してくれた。

 おお、さすがは長年王城で勤務しているだけあって強い。


「ありがとうございます」


「聖女様は、まずは自分の体を休めてください。働きすぎです」


「すみません……」


 ピシャリと宮廷医師に言われて、返す言葉がなかった。

 前世同様、どうやら今世でも私は過労で倒れたらしい。

 倒れる前までは前世のことを忘れていたとはいえ、自分の成長してなさに内心笑うしかない。

 宮廷医師は殊勝な私の態度に満足したのか「では」と言って、医務室の奥の方へ戻って行く。


 アルバート様も医師もいなくなって、私は1人ベッドで考える。

 

 (いや、せっかく異世界に転生したのに、これでいいのか?)


 奇跡的にも聖女という、異世界ならではの職に就けはした。

 大幅に癖が強いが、王太子という婚約者もいる。

 見事なテンプレ。ラノベオタクとしては大歓喜の設定だ。

 だが、幸せかと聞かれれば、首をひねらざるを得ない。


 聖女としての仕事はひっきりなしにやってくるし、婚約者とその恋人には『お飾り聖女』扱いされるし、挙句せっかく異世界に転生したというのに過労という現実味あふれる理由で倒れるときた。


 (もっと、自由に生きたい)


 どうせ一度死んでる身、次も転生できるわけなんてないのだ。

 1度きりの人生! せっかく転生したというのにつまらない!

 どう生きようかいろいろ考えていると楽しくなってきて、私はベッドの中でこれからの立ち回りを考えていた。


 

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