20・宰相の妻(一応)は指輪を選ぶ②
「……この指輪が気になりますか?」
「え、あ……は、はい」
すぐに指輪から目を逸らしたつもりだったのに。どうやら私が指輪を見ていたことに、リシャルト様は気づいていたらしい。
さすがというかなんというか……。
ここで「気になりません」と否定するのもおかしい気がして、私はどもりながら肯定した。
「この指輪のモチーフで使われている花の名前が、私の名前と同じなので気になってしまって……」
私が言うと、リシャルト様はガラスケースの中を覗き込む。
「なるほど。綺麗な花ですね。あなたと同じ名前の花なのですか。……これも贈りましょうか?」
「い、いやいやいや! それはさすがに申し訳ないです!」
私は大きくぶんぶんと、顔の前で手を振った。
たしかに気になってはいたし、後で買いに来ようかな、と迷うくらいだった。だが、リシャルト様に買ってもらうのはなんか違う。
それでなくとも、さっき結婚指輪を買ってもらったばかりだ。
リシャルト様は宰相閣下で次期公爵という身分だから、指輪の一つや二つを買ったところでなんともないのかもしれない。
だが、いくら一応リシャルト様の妻という立場とはいえ、私はリシャルト様にねだったりたかったりするつもりは毛頭ないのだ。
前世でも今世でも、周りからの助けを受けながらも一応自立して生きてきた。寄りかかるだけは嫌だ。
そもそも二人で付ける結婚指輪なのだから私もお金を払った方がいいのではないか?
「むしろ、指輪代とか、今までのお礼とか、私の方が何か返さないといけないくらいで……!」
わたわたと言う私に、リシャルト様は少し困ったような顔をする。
リシャルト様の申し出を断ったからだろうか。
言ってから、しまった、と私は思う。
そんな困ったような顔をさせたいわけではなかったのだ。
「指輪代は僕に払わせてください。こちらはあなたにかっこいいところを見せたいのですから」
リシャルト様はうーんと口元に指を当てて考える仕草を見せた。
「でしたら、一つわがままを言ってもいいですか」
「はい! よろこんで! なんでもどうぞ!」
おお! やっと今までのお礼ができる!?
待ってました、とばかりにどこぞの居酒屋ばりの返事を私がすると、リシャルト様はもう一度店主を呼びつけた。
「今度はなんだい」
「すみませんが、デザイン変更をお願いしてもよろしいですか?」
「いいけど、納期と値段が変わっちまうよ」
「かまいません。先ほどお願いした指輪に、この花飾りのデザインを追加で」
目の前でリシャルト様と店主の会話がどんどん進んでいく。私は呆気に取られてしまって二人を見守るしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
店から出ると、もう日が落ち始めようとしていた。西の空が赤く燃えている。
「勝手にデザインを変更してすみません」
宝飾店を後にして、貴族街の静かな道を歩きながらリシャルト様が私に謝ってきた。
「え? いや、それは別に構いませんし、むしろありがたいですけど、リシャルト様のワガママって結局なんですか?」
「言いましたよ」
「え?」
リシャルト様、別にわがまま言ってなくない?
私の好きなデザインを指輪に取り入れようとしてくれた。むしろ結果的にわがままを叶えてもらったのは私の方だ。
「僕は、あなたがあのデザインの指輪をつけているところを見たいと思いました。いけませんか?」
「い、けなくはないですけど……」
ストレートに言われるものだから、こちらとしては参ってしまう。
なんなんだほんと、この宰相様は……!
よくこんなすらすらと甘い言葉を吐けるものだ。
「ああそうだ。最後に寄りたい場所があるのですが、いいですか?」
「はい、もちろんです」
思い出したように言ったリシャルト様の言葉に、私は頷いた。




