11・お飾り妻?は困惑する
リシャルト様がずっと大切に思っていた女性が、私――?
「い、いやいやいや……。そんな馬鹿な! だって私とリシャルト様がこんなにお話ししたのって、今日が初めてじゃないですか」
私の言葉に、リシャルト様はショックを受けているようだった。
だが、こちらとて身に覚えがないのだ。仕方ないだろう。
きっと人違いとか、勘違いに違いない。
「もしかして、覚えていらっしゃらないのですか?」
「何を…………?」
「聖女様にとっては、誰かを治癒することは日常のことなので……。忘れられていても仕方ありませんね」
え、そんな悲しそうに言われては、私の方が間違っているような気がしてくる……。
どこかでお会いしたことありましたっけ……?
「……10年前のことです。あなたに命を助けられた、1人の貴族のことは記憶にございませんか?」
10年前に私が命を助けた貴族。
とても、心当たりがある。荷造りしていた時に見つけた、青い雫のネックレスをくれた少年だ。
確かにあの少年も、リシャルト様と同じ金髪で青い瞳をしていた。
けれど、あの口も態度も悪かった貴族の少年と、目の前の物腰穏やかなリシャルト様の印象が全く合致しない。
「幼い僕は素直になれなくて、あなたに酷い言葉ばかりかけてしまいました」
「……『チビ聖女』とかですか?」
そんなまさか、と思いながら、かつて貴族の少年に言われた覚えのある言葉を私は静かに呟いた。
当時、黒髪黒目であることを揶揄するような言葉はよくかけられていたが、一般的な悪口を言われたのは彼が初めてだった。だからこそ記憶に残っていた。
「覚えていてくださったのですね」
ほっとしたようにリシャルト様が息を吐き出す。
……いいのか、そんな覚えられかたで、という気がしなくもないが。
「あと、私の髪引っ張ったりとかしてませんでした……?」
治癒をしている私の周りに毎日来ては、私の長い黒髪を引っ張ってちょっかいをかけてきたり、うろちょろしたり。
「そうです。それ僕です」
そんな堂々と言われても……。
「あの時は、失礼なことばかりして申し訳ありませんでした」
リシャルト様は少し俯きながら言った。リシャルト様の長い金髪が風にさらさらと揺れる。
思い出しはしたが、あの時の少年が超絶イケメンで物腰穏やかな宰相閣下になっていたとは、にわかには受け止めきれない。
「幼心に、心配だったんですよ。あの時12歳だった僕より幼いはずの女の子が、朝から晩まで働いている。そんなことあっていいのか、と」
残念ながら、この世界ではわりとそれが普通だ。
特に貧しい家庭の子どもたちは、早くから『小さな大人』とみなされ労働力のひとつとされる。
貴族の世界で生きてきたリシャルト様にとってはある種衝撃だったのだろう。
私だって、もし前世の記憶があるままに幼少期を過ごしていたら、あまりにも現代日本と違いすぎてショックを受けていただろう。
「だからこそ、あなたを幸せにしてあげたいとずっと願っていたのです」
真摯に青い瞳を向けられて、私はリシャルト様から目をそらすことができなかった。