9・お飾り妻は手持ち無沙汰
客間で紅茶を飲み終えたあと、ハーバーさんが私に与えられた部屋に案内してくれた。
「わぁ……! すごく素敵なお部屋ですね!」
広い……!
修道院の私の部屋が6個は入るくらいの広さに、私は目を輝かせた。
金の飾りがついた質の良い調度品が揃えられており、部屋の奥にはバルコニーがあった。
そこからは、屋敷の入口や花の咲きほこる庭が見下ろせる。
不動産関係の知識は無いが、ものすごくいい部屋だということが素人にもわかる!
「是非リシャルト様にお伝えくだされば、喜ばれると思いますよ」
「はい!」
リシャルト様が戻られたら、あとでお礼を言いに行こう!
ハーバーさんは「何かあればお呼びください」と言い残して部屋を出ていった。
そうして部屋には私一人が残される。
◇◇◇◇◇◇
――リシャルト様、遅いな。
もうすっかり日は落ち、夜になるというのに、リシャルト様はまだ帰ってこない。時刻はすでに、夜の9時。
「奥方様、もう遅いので先に夕飯をお食べ下さい」というハーバーさんの言葉に甘えて先に夕飯を食べさせてもらった。
ポタージュと牛肉のソテー。超おいしかった……。修道院でも前世でも、あんな立派な夕飯食べたの初めて。
だが、いくら『自由にしていい』とリシャルト様本人から言われていても、主人のいない屋敷で先に食事をとるというのはいささか居心地が悪いものだ。
――早く帰ってこないかな。
まぁ、役所関係は王都にあるからそれなりの距離があるし、私の身元などで手間取っている可能性もなくはないが……。
それにしても、遅くない?
リシャルト様に、色々お礼を言いたいのにな――。
与えられたキングサイズのベッドの端で横になっていると、だんだん眠くなってきた……。
◇◇◇◇◇◇
「……ョウ。キキョウ。眠ってしまわれましたか?」
優しい声がする。
大きな手が緩やかに私の頭を撫でてきて、私はゆっくりとまぶたを開けた。
「……リシャルト、さま?」
「遅くなって申し訳ありません」
そこには、ベッドに腰掛け私の頭を撫でているリシャルト様がいた。
申し訳なさそうに眉尻を下げている。
私はガバッとはね起きた。
「りりり、リシャルト様! こちらこそ申し訳ありません! 先に寝てしまっていて!」
ちらとベッド脇の時計を見やると時刻は夜の9時半。
30分ほどうたた寝してしまったらしかった。
ヨダレ垂らしてないよね!? 私はそっと口元に手を当てた。大丈夫! 垂れてない!
「いいえ。自由に過ごしてくださって良いのですよ」
リシャルト様は、少しだけ残念そうな様子で手を引っ込めた。
なんで?
「……キキョウさえ良ければ、なんですけど。庭、見に行きませんか?」
「へ?」
突然言われたリシャルト様の言葉に、私はキョトンとしてしまった。
庭? 確かにゆっくり見たいな、とは思っていたけどもう夜だ。
「他意はないのです。もう少し、あなたと過ごしたいなと思いまして」
「……っ」
少し照れたようにこちらを見るリシャルト様に、心臓がドキリとはねた。気がした。
この人、私の他に大切に思っている女性がいるんだよね? それなのにこんなセリフを吐いて、どうしたいんだろう。
「ただ、もうこんな時間ですし、また後日でも……」
「……行きましょう」
私はリシャルト様の言葉を遮るように言った。
この人の真意が気になる。