幕間1・王太子side
キキョウとリシャルトが教会を去ってからのこと。
アルバートはエマとほくそ笑んでいた。
「邪魔なお飾り聖女がいなくなったし、これで共になれるな……エマ」
「そうですわねぇ、アルバート様」
親が勝手に決めた聖女との婚姻など、端からするつもりなどなかった。夜会でエマに一目惚れしてからは、いかにして聖女との婚約を破棄するかばかり考えてきたのだ。
まずは、第一段階である聖女の排除に成功した。ただ、宰相閣下がその聖女に求婚をしてきたのは誤算だったし面白くはないが、まあこの際そこは良いだろう。
あとは、エマが新しい聖女として認められさえすれば、結婚は秒読みだ。なにせこの国では、聖女は王族に並ぶほどの権威を持つのだから。
「エマ、お前の力は強いのだろう? あとはお前が聖女として認められれば……」
「大丈夫ですわぁ。うちの教会では私が1番力が強いはずですもの」
エマは自信満々にそう言う。
エマが所属するエーシェ地方教会は、王都から少し離れた地域にある教会だ。
そこは最近できたばかりの教会であり、所属している治癒士もたった2人。なんならまだ、エマは1度も治癒を施したことは無いのだが……。そんなことをアルバートが知るわけもない。
「そうか。列聖省からの知らせが楽しみだな」
「ええ」
2人で微笑みあっていると――。
「アルバート殿下! 国王陛下がお呼びです! 至急王の間へ!」
慌てた様子で王の使いが走ってきた。
アルバートは顔を輝かせた。
「父上が! すぐに行く!」
もしかしたら、自分が国王のために聖女を解任したことを知って、褒めてくれるのかもしれない。そう思ったアルバートは嬉しくなった。
(あんな、たった1人を治癒させるのに半日も時間を使っているやつなんか、聖女失格で当然だ)
エマにその場で別れを告げ、アルバートはほくほくと王の間へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
「お前は何をやってくれたのだ!」
王の間へとやってきたアルバートに飛んできたのは、褒め言葉ではなく叱責だった。
「え、な、何がですか、父上」
「貴重な聖女をわしの許可無く勝手に解任したとな!? 信じられん! 挙句、勝手に婚約破棄など……! 自分の立場を分かっているのか、アルバート!」
国王陛下のあまりの怒り狂いように、アルバートは一瞬たじろいでしまう。
だが、これは国王陛下のことを思ってやったことでもある。アルバートは負けじと、玉座に腰掛ける国王陛下を見据えた。
「婚約破棄については誰に何を言われようとも譲るつもりはありません。ですが聖女解任については、父上も嘆いておられたはずです! なかなか兵士が戦地へ戻ってこないと」
呆れたように強く息を吐き出した国王陛下に、アルバートは言い返す。なぜ自分が責められなければならないのかと思った。
「だからといって聖女を解任しては、誰が死にかけた兵士を治癒するのだ!」
「それは俺が、新しい聖女候補を見繕っております!」
「ほう? 誰だ。列聖省の報告では、聖女殿よりも力のある治癒士はいないとのことだが?」
国王陛下は眉根を寄せて不審そうにしている。
まだ国王陛下にはエマと付き合っていることを秘密にしているとはいえ、自分の恋人のことを話すことに内心どきどきしながら、アルバートはエマのことを告げることにした。
「エマです。エマ・アンダーソン男爵令嬢を、新しい聖女として列聖省に推薦致しました!」
「アンダーソンの娘……? 治癒士として力があるとは聞いたことがないが?」
「そんなことはありません!」
一歩も引かない様子のアルバートに、国王陛下は諦めたように嘆息した。
「ひと月、時間をやる。お前の選んだそのエマという治癒士が役に立たなければ……分かっているだろうな」
「……っ」
最後に向けられた視線の冷たさに、アルバートは息を詰まらせる。
聖女の存在は他国との戦況を、そして国の行方を左右するのだ。
国王陛下が待ってくれるのは、ひと月だけ。とはいっても、戦況によってはどうなるか分からない。
その期間内に、エマが聖女として役に立つということを国王陛下に示さなくてはならない。
「承知しました……」
アルバートは湧き始めた焦りを誤魔化すように、静かに一礼をして王の間を後にした。