8・元お飾り聖女はお飾り妻にジョブチェンジする②
この世界での私は、聖女として深い傷までをも治癒する力はあるが、それ以外はいたって普通の人間だ。
何なら出自も怪しいし、見た目は黒髪黒目というこの世界では忌み嫌われるか恐れられる容姿をしている。
はっきり言って、宰相様に好かれる要素など全くもって思い浮かばない。
「あの……、聞きたいんですけど」
私は近くに控えているハーバーさんに声をかけた。
「なんでしょうか? 奥方様」
「リシャルト様は、どうして私なんかに結婚を申し込まれたんだと思いますか?」
本人に聞けよ、という話だろう。
ハーバーさんに聞いたところで……という気もするが、あれだけ嬉しそうにしているリシャルト様に対して直接聞くのは、少々ためらわれた。
それに、1人でもんもんと考えていても埒があかないだろう。
「なぜ、と尋ねられましても……」
ハーバーさんは、私になんと伝えたらよいか、考えあぐねているようだった。白い髭の生えた顎に手を当てている。
「……リシャルト様は、昔から大切に思われている女性がいましてね。その方をずっと自由にして差し上げたいと考えておられたのです」
穏やかな声で、ハーバーさんがそう語る。
なるほどね。そういうわけか。
私はようやく合点がいった。
つまりこれは、本命の女性が他にいるということだな……?
私がリシャルト様とここまで話したのは今日が初めてだし、その大切に思われている女性には当てはまらないだろう。
きっと私は、その女性と結婚するための隠れ蓑に違いない。
もしかしたらその女性は、元聖女である私よりも身元が安定していないだとか、身分差があるだとか、リシャルト様がすぐにその彼女を娶れない、致し方ない事情があるのかもしれない。
この世界、やたらラノベでお馴染みの展開が多いし!
「なるほど……。その方と幸せになって欲しいですね……」
「はい……?」
私の反応に、ハーバーさんがポカンとしている。
私は何かおかしなことを言っただろうか。
よくわからないがとりあえず、王太子にお飾り扱いされた聖女の次は、宰相閣下のお飾り妻、といったところだろうか。
リシャルト様が自由を保証する、と再三言ってくれているし、聖女の時よりかは穏やかに過ごせそうだ。
それに、宰相様のお飾りの妻なんて、なかなかに面白そう。
「私、リシャルト様の妻の代わり、がんばりますね!」
「はい? いえ、あなたは代わりではなく、リシャルト様の奥方様になるのですが――」
ハーバーさんが何か言っていたが、もう私の耳には何も入ってこなかった。
なぜなら、ラノベのような展開にワクワクして、リシャルト様の想い人ってどんな方なんだろう、などと考えていたからだ。