第八話
次の日、食事をしていると来客があった。
どうやらコルツが来たらしい。
こんな朝っぱらから来るなんて、どんだけ楽しみにしてたんだよ……。
いや、前世の仲を引きづってしまうよりはずっと良い。
昨日の帰り際にした冗談みたいなやり取りもそうだ。
きっとコルツは率先して仲を深めようとしてくれている。
そんなことを考えていると、父は側付きのメイドに断るよう指示を出していた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どうした?目上とは言え流石に非常識だ。断っても問題無いだろう」
「私がお願いしたのです!」
「―――どういうことだ?」
父は訝しげに俺を見つめてくる。
「最近、体の調子が良くなってきています」
「ふむ」
「ですから、少しずつ体を鍛えたいと思っておりました。王女様にその話をしたところ、退役した騎士を紹介して貰いました」
「それでコルツに会ったというわけだな」
「はい、昨日帰り際に立ち寄って来ました」
父は少し悩んでいたようだが、
「そう言うことなら良いだろう」
と言った。
ふぅ、良かった……。
折角昨日訪れたというのに、いきなり頓挫してしまうところだった。
「ありがとうございます」
「だがお前の食事の方が大事だ。応接間で待たせる」
「―――分かりました」
こうなったら早く食べるしかない―――と言いたいところだが、そんなことをしたら具合が悪くなるに決まってる。
コルツには悪いが待って貰うしかない。
出来る限り早く食べるから許してくれ―――。
なんとか食べ終わって応接室へ入ると、コルツはニヤニヤしながら待っていた。
「随分とゆっくり食べていたようだな?」
それを聞いたミーティアが一歩踏み出すが、それを手を上げて制した。
コルツの失礼な態度はメイドとして許せるものではない。
それは分かってるんだが、多分この先もずっとこうだから慣れて貰うしかない。
「ミーティア、大丈夫。この言葉遣いも、私からお願いしたの」
「―――どうしてですか?」
「私は侯爵のコルツ様ではなく、退役した騎士のコルツ様を呼んだのよ」
「そうだな。俺は退役した身だが、ここへは騎士に戻ったつもりで来ている」
俺たちの言葉を聞いてミーティアは押し黙る。
不満はあるようだけど、一応は納得して貰えたようだ。
「本日は御足労いただき、ありがとうございます」
「公爵令嬢にそんなに畏まられると調子が狂う。そこのメイドと同じように話してくれないか?」
「―――努力するわ」
ミーティアとはずっとこんな感じで話してたから大丈夫なんだが、他の人と同じように話すのは抵抗がある。
それでも男の口調で話すほど違和感は無いから、多分出来る筈だ。
俺はゆっくりとソファに座った。
ミーティアが後ろに控えようとするが、袖を引っ張って隣に座らせる。
「今食事を終えたばかりなの。先に少し話をしない?」
「構わんぞ。昨日の続きを話すか?」
「顔見世のことよね。良いわよ」
コルツが変なことを言い出す前に、内容を限定させる。
エクレールであることを話すのは流石に拙い。
あのときは頭に血が上っていたから出来た。冷静に考えればコルツが何で信じてくれたのか全く分からない。
「聞いているとは思うが、顔見世は一か月後に行われる。顔見世について聞いているか?」
「いえ、詳しくは聞いていません。お父様は知らなくとも良いと」
「随分過保護なこったな。まぁ良い、掻い摘んで説明するとだな―――」
コルツの説明によれば、顔見世はデビュタントの一部だそうだ。
デビュタントは結婚できる年齢になった女性を公の場に披露する―――いわゆるお見合いの場である。
しかし、突然社交界に出て「さぁ恋人を作れ」と言われても難しい。
その前段階として、顔を覚えて貰う機会を設けたのが始まりだそうだ。
また、顔見世が行われる前は、その場限りで取り繕う女性が多かったそうだ。
五年もあれば家柄から本人の噂に至るまで、しっかり調べ上げることが出来る。
そうして当たりを付けた上で本番に望むというわけだ。
余談だが、デビュタントは一年を掛けて複数回行われるらしい。
一度で相手が決まらない者もいるだろうから、当たり前と言えば当たり前だが。
まぁ五年も後の話だからまだ気にする必要はない。
「そう聞くと、私にはあまり関係ない行事のように感じるわね」
「体の弱いお前と結婚したい貴族はいないだろうからな。お前の父親が大した説明をしないのもそれが原因だろうさ」
「コルツ様、その言葉は流石に見過ごせません」
ミーティアが手をぎゅっと握りしめ、コルツを睨みつける。
だが、コルツは全く動じず言葉を返す。
「いや、現状の確認は大事だ。何せこいつはそれをひっくり返そうとしているんだからな」
「―――どういうことでしょうか?」
「ミーティア、良い?私は顔見世で皆に安心して貰いたいの」
俺がもしどうやっても無理だったら、事実を突きつけるのは失礼かもしれない。
でも、俺はそれを撥ね退けるためにここにいる。
「そういうことだったのですね。差し出がましい行動をしてしまい、失礼いたしました。お許しください」
「良いの。コルツ、続けて?」
俺とミーティアがコルツに向き直ると、コルツは少し考えてから答えた。
「お前は公爵令嬢だから待ってるだけで良い。体が弱いことは周知されているから、恐らくほとんど座っていられるだろう」
「それは助かるわね。可能ならば他と同じように立って望みたいところだけど―――」
「だが、国中の貴族が集まるから夜まで掛かる」
「なるほど、それだけの体力が必要ってわけね」
「そうだ。だからまずは、どんな形でも一日問題なく終わらせることを考えろ」
父は昼頃から始まると言っていた。
だが、最後まで持たないと思っていたのか、終わりの時間の代わりに体調が悪くなったときのことを教えられている。
父ですらそうなのだ。ここで最後まで持たせられれば、私が回復していることを皆に知らしめることが出来る。
魔物の巣の討伐を目標にしているのに、こんな簡単なところで躓くわけにはいかない。
「わかりました」
「ルーティア様、そこまで無理せずとも―――」
「いいえ、駄目よ。ミーティアだから話すけど、私は魔物の巣の討伐をしたいの」
ミーティアは驚いた顔して、コルツの方を見た。
コルツは驚くことなく話を聞いている。
「―――コルツ様はご存じなのですか?」
「ああ、昨日聞いた。出来るとは思わないが、協力はするつもりだ」
「反対はしなかったのですか?」
「最初はな。だが、理由を聞いて断れなくなった」
ミーティアにも思い当たる節があったらしい。
王女様の婚約はそんなにも有名なことだったんだな。
顔見世の目的を考えれば、エクレアが俺のサポートをするのは既に婚約者がいるのも理由の一つなのだろう。
知らなかったのは引き籠っていた俺だけかも知れない。
「ミーティア、ごめんね?でも、何もせずに諦めたくないの」
「―――承知いたしました。私も及ばずながらお手伝いさせていただきます」
「お父様にはしばらく内緒ね?」
ミーティアは少し首を傾げた。
何も言わずとも「どうして?」と言いたいのは分かる。
「顔見世すらまともにこなせなかったら恥ずかしいもの」
「―――私からは何も言わないようにします。ただ、報告しなければならないような事態は避けていただけると助かります」
ミーティアは俺の側付きだけど、俺が雇ってるわけじゃないからな。
職務上、どうしたって見過ごせないこともあるだろう。
それ以前に、今までこんなにも俺を気にかけてくれたミーティアに心配を掛けたくないという気持ちもある。
「理想は気が付いた時には準備など全て終わっていて、納得せざるを得ない状態にすることね!」
「いや、どんだけコソコソ準備していても、流石にどこかで気づかれるだろ」
コルツが呆れたように言った。ミーティアもいつもの微笑みが少し苦しそうだ。
―――言ってみただけだっての。
本気で隠し通すことなんて出来ないことは分かっちゃいるが、まだ王や父を説得する方法は少しも思い浮かばない。
「やっぱり説得しないと駄目よね……、信用を積み重ねて行くしかないかしら?」
「お前の一番の役目は人を集めることだ。実際に戦うのは騎士でも兵士でも良い」
そんなことは分かってるが、それでもルーティを幸せにするのは自分自身でありたい。
人任せにしてしまったら、何のために転生したのか分からなくなってしまう。
―――いや、コルツも俺がそのくらい分かっているだろう。
前とは違う。こんなちょっとしたやり取りも、積み重ねていかなければならないことの一つなんだ。
「……諦めるつもりはありません。だけど、コルツの言いたいことも分かったわ」
コルツは深く頷いた。
それで良い、これが貴族の在り方だとでも言いたげだ。
馬鹿らしいと思わなくもない。
しかし、自分勝手を押し通しても信用して貰えない。
「今はそれでも良いだろう。ところで、そろそろ運動しても良いんじゃないか?」
「あっ―――」
気が付けば、すっかり話し込んでしまった。
「は、早く外へ行きましょう!」
「―――お前、その格好で運動するのか?」
えっ、何かおかしいところが?
俺は重い服は着れないから、いつも身軽な格好している。
この前の対戦のとき、エクレアも似たような格好をしていたぞ。
「何か問題でもあるの?」
コルツが盛大な溜息を吐いた。
助けを求めて隣を見れば、ミーティアも居心地が悪そうにしている。
「えっ、えっ、―――まさかドレスで運動するの!?」
この体で重いドレスは無理だ。
それは流石に勘弁して欲しい。
「―――コルツ様、大変っ申し訳ありません」
なぁミーティア、大変に力入れ過ぎじゃないか?
「いや、構わん。これは流石に想定出来んだろ……」
おい、お前も!勝手に話を進めるなっ!
結局どんな格好で運動するのが正解なんだよっ!
ミーティアが立ち上がり、こちらを向く。
「ルーティア様、ご一緒に準備をしましょう」
ミーティアの顔は真っ赤だった。
そんなになるほど恥ずかしいことなのかよ……。




