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第六話


 俺達には貴族用の食堂があるのだが、エクレアと相談して一般用の食堂へ行く。

 いきなり現れた俺たちにコックは驚いていたが、理由を伝えると畏まりながら用意してくれた。


「今の方、面白い顔をしてましたね」

「ええっと、そんなことを言って良いのでしょうか?」

「普段からきちんと作っているなら、自信を持って出せますからね」


 あー、つまりは視察みたいなものか。

 突然来ても慌てることなく対処出来るようにしとけってことね。


 そんな話をしていると後ろから声が掛かる。


「姫、何でこんなところで飯食ってるんだ?」

「団長!王女様に失礼ですよ!」


 振り向くと、そこいたのはモードレッドとテオドールだった。

 二人とも朝食に来たらしく、トレイを持って立っている。


「あら、別に構いませんよ」

「私も気にしません」

「折角ですから、一緒にどうですか?」

「そうか、ならそうさせて貰おう」


 そう言うと、モードレッドは俺たちの対面へドカリと座る。

 テオドールは呆れているのか、大きな溜息を吐きながらその隣へと座った。


「で、どうしてこっちに来てるんだ?」

「貴族用の食事は重いので」


 上流階級用の食事は肉だって良い部分を使うし、砂糖などもいっぱい使う。

 この体でそんな料理を食べるのは、多少体調が良くなったと言ってもまだまだきつい。

 貴族用の食堂でもお願いすれば用意してくれただろうけど、既に十分な料理があるならわざわざ注文する必要はない。


 こちらの食事はトーストと卵、ベーコン、そしてサラダとシンプルな献立だ。

 公爵家でもこういった食事が多い。


「なるほどな」

「それに騎士や兵士の活力の元になるほどであれば、私も元気になれる気がしました」

「俺たちにしてみれば少し物足りないけどな」

「あら、そういったことはちゃんと軍部に上げて貰わないと困ります」


 エクレアがそう言った。


「―――良いのか?」

「聞いて貰えるかは財政次第ですが、食事が足りなくて動けないなどあってはならないことです」

「ほう、確かにそうだな。テオ、やっておいてくれ」


 それを聞いたテオドールはまたも大きな溜息を吐き、


「承知しました」


 とだけ言った。

 これは―――俺たちがいたから受けざるを得なかったって感じがする。

 でも、エクレアがいなければこんな話にならなかったわけで。

 騎士や兵士たちの食事が良くなると思って頑張ってくれ。


「ところで姫さん。随分落ち着いたみたいだが、何かあったのか?」


 隣ではテオドールがまたもや慌てた顔をしている。

 さっきからモードレッドは地雷を踏みまくってるからなぁ。


「これは―――そうですね。心境の変化でしょうか」

「俺たちにそんな畏まった口調で話す必要はないんだが……」

「今まで憧れの人の真似をしていました。ですが、その必要がなくなったのです」

「もしかして英雄エクレールか?」

「ふふっ、そうですね」


 エクレアは誤魔化したけど、きっとルーティだろう。

 俺のように体に影響が出ていなかったということは、あまり記憶は戻っていなかった筈だ。

 ルーティ自身も生まれ変わりであることは理解していたけど、全部は思い出していなかったと言っていたし。

 荒々しいエクレールの隣にいて、自身も傭兵だったのだから、ルーティもそうだと思っていたのかも知れない。

 だが、ルーティは今のように誰に対しても丁寧だった。


「だがなぁ。姫さんがそうだと調子が狂うな」

「そうでしょうか?」

「いつものように話してくれないと不安になる」


 そりゃあ、たった一日でこれだけ変われば不安になっても仕方がない。


「仕方がないわね」


 エクレアはやれやれと言った感じで言葉遣いを戻す。

 たったの十年しか生きてないけど、それでも十年は大きい。

 俺もエクレアも昔の喋り方は中々出来そうにない。


 そんなことを話している内に気が付けば二人の食事は終わっていて、ゆっくりと立ち上がる。


「それじゃあ俺たちは訓練があるから先に行く。お前たちはゆっくり食べな」

「申し訳ありません、先に行きます。出来ればこのことはお心に留めて頂けると―――」


 テオドールが小声でそんなことを言った。

 いつもこんな風に尻拭いをしているのだろう。


「誰にも言わないわよ。気にせずさっさと行きなさい」

「心遣い感謝します!」


 二人は頭を下げると足早に立ち去って行った。

 団長副団長ともなれば訓練などで忙しいよな。


「やっぱ忙しいよなー」


 なんとなく呟いた独り言だったが、エクレアには聞かれていたようで、


「どうかしたの?」


 と聞き返してくる。

 言葉遣いは変えないみたいだ。まぁここには他にもいっぱい人がいるからな。


「えーっと、剣術を教えてくれる人はいないかと思いまして。昨日の手合わせで、エクレールの剣術では難しいことが分かりましたからね」

「私が教えよっか?」


 確かにルーティの剣術であれば十分過ぎるほどだ。

 しかし、ルーティに教えて貰うとなるとその度に王城へ来る必要があり、訓練所を借りなければならない。


「出来れば公爵家へ出向いて貰える方が良いのです」

「それだったら去年退役した団長が良いんじゃないかな。ルーティアも知ってる人だよ」


 俺も知っていると言えばあいつか。

 侯爵家の出身で、確かコルツとか言ったな。

 お互い気難しい部分があって、前世では喧嘩していた記憶しかない。


「あの方ですか……喧嘩していた記憶しかありません」

「ふふっ、コルツも頭が固いからねー」


 エクレアは笑いながら言った。


「でも、腕は確かよ」


 確かに剣の腕前は本物だった。

 そして、王都で剣術を教えられるとなると、早々候補がいるわけではない。

 でもなー、あいつに教えて貰う姿が全然想像出来ないんだよなー。


「気が向いたら……にしておきます」

「ふふっ、そうね。それまでは私が教えるわ」


 俺も反りが合わないやつに教えて貰うよりは、エクレアの方が良いと思う。

 手間は掛かるが、急いで覚えないといけないわけじゃないからな。


「エクレア様、ありがとうございます。では、そのときはご連絡しますね」

「ええ、いつでも良いわよ」


 エクレアはにこやかに答えた。


「今日はもう帰るの?」


 それを聞いて少し考える。

 皆俺の話を聞いているだろうけど、それでもミーティアは心配しているだろう。

 そろそろ顔を出しておかないと拙そうだ。


「そうですね。家の者も心配しているでしょうし、体調が悪くなる前に帰ります」

「分かった。それならお父様に挨拶しに行きましょ」

「こんなことで王を煩わせても良いのでしょうか?」


 要約すると面倒臭い。

 それが分かったのかエクレアも少し呆れた様子で、


「そんなの気にする人じゃないでしょ」


 と、言いながら手を握られた。

 そりゃあ、王がそういう人じゃないのは分かってるが、王に会うってなると大臣など誰かしらが引っ付いて来るだろ。

 貴族は苦手なんだよ。


 そう思って少し抵抗してみるけど、私の体では大した抵抗にもならずに連れていかれてしまった。



  ◇



 連れていかれたのは昨日も来た応接間だった。

 大臣などがいなかったことにほっとする。

 一言挨拶するだけのつもりだったのに、座らされて紅茶を出されたのには笑うしかなかったが。


「もう体調は良いのか?」

「はい、お陰様ですっかり良くなりました」

「今日はもう帰るのだな?」

「皆私のことは聞いていると思いますが、それでもミーティアは心配していると思いますので」

「そうだな。それが良いだろう」


 王は何やら少し考えてから続けた。


「―――だが、具合の良い日はまた会いに来てくれ。エクレアも待っている」


 王はそう言って微笑んだ。

 あれ、王ってこんなこと言う人だったか?

 前世ではまた来てくれなんて聞いた覚えがない。

 でもまぁ、十年も経てば少しくらい変わってもおかしくないか。


「はい、ありがとうございます。またお会いできる日を楽しみにしています」


 そのとき、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。

 王が「入れ」と言うと、入ってきたメイドが恭しく一礼する。


「隣国からの使者がお見えです。どうなされますか?」

「そうか、すぐに行く。エクレアも来なさい」


 それを聞いたエクレアは一瞬嫌そうな顔をする。


「分かったわよ。準備してくるわ」

「お前はルーティア嬢の世話を頼む」

「畏まりました」

「ルーティア、慌ただしくなっちゃってごめんなさいね。また会える日を楽しみにしているわ」


 そう言うと二人とも急いで出て行ってしまった。

 やっぱり王族ともなれば忙しいんだな。

 メイドも出て行く二人を見守った後、深い溜息を吐いている。


「やはり王族ともなれば忙しいのですね」

「―――私どもには及びも付かないようなご苦労があるのだと思います」


 あれ、一瞬驚いた顔をした?

 なんなんだろう?―――気になる。

 他の人だったら気にならなかっただろう。

 だが、ルーティに気苦労があるとすれば、どうにかしてやりたい。


「もしかして、何か知ってるのですか?」

「そ、それは―――私からは申し上げられません」

「今ここにいるのは私とあなただけです。どうか教えていただけませんか?」


 メイドは長いこと沈黙していたが、やがて諦めた様に話し始める。


「王女様は隣国の王子とご婚約なされているのです」


 ―――ルーティが婚約?

 いや、王族ともなればそう言うこともあるだろう。

 それがルーティの幸せに繋がるならば構わない。

 だが、それがあの嫌そうな顔に繋がってるということは―――。


「まさか、望んではおられないのですか?」

「―――王族とはそう言うものだと分かってはいるのですが、それでも成人前に結婚しなければならないなんて」

「どうして結婚しなければならないのですか?」

「魔物に対する支援を引き合いに婚姻を迫られているようです」


 それはどういうことだ?

 俺が巣を討伐したから少しは余裕がある筈だ。


「魔物の巣が活性化し始めているようなのです。それで近隣の町が何度も襲われ、騎士だけでは対処しきれなくなっています」


 そうか、そういうことか。

 数年前であれば多くの傭兵がいた。

 だから、小規模の襲撃であれば騎士を使わなくても対処出来ていたんだ。

 傭兵ならば死んでもそれほど影響はない。


 だが貴族である騎士は別だ。

 騎士は称号を貰って、貴族の一員になった者たちだ。

 治める土地が無くとも、平民とは違う特権がいくつもある。

 死んだときに国へ掛かる負担が大きすぎるから、簡単に捨て駒には出来ない。


 だが、あの戦争で多くの傭兵の命が失われてしまった。

 だから対応出来る者が足りなくなったんだ。


「それで、王女はいつ頃結婚なされるのですか?」

「三年後だそうです。被害次第ではもっと早まるかもと仰っておられました」


 三年後―――。

 たった三年で人生が決まってしまうのか?

 俺はこの体ではルーティを幸せにすることはきっと出来ない。

 だから、ルーティが幸せになれるなら身を引くつもりだ。

 だが、こんなんで本当に幸せになれるのか?


「ルーティア様。どうか、どうかエクレア様のことをよろしくお願いします」


 ずっと違和感はあった。

 何故体の弱い俺と王女が引き合わせられたのか。

 王女に俺の世話を押し付けるなんて普通ある筈がない。

 それを差し置いても、心の支えになる人物が必要だったのだろう。


 俺は絶対にルーティを幸せにすると誓った。

 それを成すためだけに俺は転生してきた。

 ならば、俺の全てを懸けてでも叶えなければならない。

 ―――それが俺の『矜持』だ。


「ありがとうございます。ですが、これを誰にも喋らないのは無理かもしれません」


 怒りに震える俺をどう捉えたのか、メイドは覚悟を決めた強い目をして言う。


「いえ、ルーティア様に話したのは私の落ち度です。どんな罰も受ける所存です」

「それなら今から私たちは共犯です。私に協力しなさい」


 メイドは何も言わず、深々と頭を下げた。

期限の三年は後で変えるかもしれません。

イベントが少くなりそうなら減らしますし、多くなりそうなら増やします。

でもダレない程度で終わらせたいので、2~4年の間で収まる筈です。

突然年数が変わっていたら、そういうことだと思ってください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに、砂糖は体の負担を増やしますからねー。 油気のおおいお肉も胃に負担かけますしっっ 粗食が体に良いのですよ( ー`дー´)キリッ と言いつつラーメン大好きな私です(あの) [気に…
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