第五話
しばらく抱きしめ合い、ふと気になったので声を掛ける。
「どうして俺が……」
少し咳ばらいして声の高さを上げたり下げたりしてみる。
駄目だ、声と言葉遣いの違和感がなくならない。
仕方が無い、ルーティアの喋り方で話そう。
「どうして私がエクレールだと気付いたのですか?」
急に言葉遣いを直したのが面白かったのかクスリと笑ったが、何事も無かったように答える。
「私があなたに気付かないなどあり得ません」
そう言われてしまうと何も言えない。
すぐに気付くルーティと違って、俺は前世から察しが悪かったからなぁ。
いや、でも今回は我ながら早めに気付けたと思う。
「あなたの一撃を受けたときに、前世の記憶を思い出したのです」
「まさか、あのときに全部?」
そう聞くと心配になってしまう。
俺は記憶を取り戻すことが負担になって体が弱くなっていた。
ルーティにも体に思わぬ負担が掛かっていてもおかしくはない。
「いえ、私がルーティであることはなんとなく分かっていました。ですが、詳しいことまでは思い出せないでいたのです」
「そうだったのですか。それで、どこか体に不調はありませんか?」
「不調ですか?いえ、どこにも異常はありません」
ある程度体が出来てからだったから耐えられたのかも知れない。
真相は分からないけど、なんにせよルーティが俺のようにならなくて良かった。
「もしかして、あなたの体の不調は記憶を取り戻していたからですか?」
「ええ、多分そうです。恐らくは体が小さい頃から記憶を取り戻し始めてしまったために、大きな負担になっていたのでしょう」
「今、回復に向かっているということは―――」
「ええ、数日前に全ての記憶が戻りました」
それを聞いたルーティは嬉しそうにする。
「ではいずれ元気になられるということですね?」
「今日は急に動いたせいでこんな風になってしまいましたけどね」
そう言ってお互い笑った。
多分、あの一件は一生の思い出になるのだろう。
それだけあの瞬間には多くのものが詰まっている。
「でも、王女様に面倒見て貰うのはなんだか悪いですね」
「そうですか?あなたのお世話なら喜んでやりますよ」
「前世でもお世話されるのは苦手だったのです」
「前世のあなたは元気過ぎましたから、中々お世話させてくれませんでしたね」
そういえば、俺が一度だけ風邪で寝込んだときは嬉しそうに世話をしてたっけ。
「そうだったかも知れません。そんなに楽しかったのですか?」
「好きな人のお世話できるのは嬉しいですよ」
「へぇ、そういうものなんですね」
ルーティが体調を崩した記憶はない。
俺と違ってきちんと体調にも気遣っていたのだろう。
「ルーティアの体なら、お世話する機会も多そうですね」
「そうならないように頑張ります」
ルーティは優しく微笑んだ。
あまりルーティに頼りたくないのだが……。
別に嫌というわけではないが、ルーティの前では格好良くありたい。
だけど、これだけ喜んでくれるならば頼っても良いかも知れない。
「でも、そのときはお願いします」
「お任せください」
ルーティはにっこりと笑った。
彼女の優しさに心が暖かくなる。
俺は転生して、初めて心休まる時間を得られたのかも知れない。
「そういえば、これからどうしますか?」
そうルーティに尋ねた。
「まずは回復に勤めて貰います」
「いえ、その後です。戦術の勉強をしているということは、ルーティも魔物の巣を討伐しようとしているのですよね?」
「その通りです。しかし、軍を率いるにはまだ若すぎますから、しばらくは訓練をしたり仲間を増やすことが中心になるでしょう」
確かに今の俺たちに協力して命を懸けようなんて人は少ないだろう。
しっかり実力をつけて、多くの仲間を得なければならない。
「遠い道のりですね」
「ええ、ですが見えている道です。一歩一歩歩いてさえ行けば―――」
「矜持は紡がれますね」
「ええ、その通りです」
ルーティに俺の言葉を取られてしまった。
でも、うん、大事なことは確認出来た。
後は少しずつ進んで行くだけだ。
「ルーティ、ありがとうございます」
「いえ、やるべきことをしただけです」
「少し疲れました。このまま休みます」
「はい、おやすみなさい」
そう言ってルーティはシーツの中に潜り込んでくる。
「一緒に寝たいのですか?」
「嫌でしょうか?」
「いえ、構いません。では一緒に寝ましょう」
そう言って、同じベッドで抱き合いながら眠りに落ちた。
その夜、俺はルーティの優しさに包まれながら、心地良い眠りを得た。
ルーティがいれば、他に何も要らない。
これから長い道のりが待ち構えているが、ルーティと一緒なら怖くない。
また一緒に戦う仲間を増やし、共に戦い、勝利をつかみ取るために。
絶対に魔物の巣を討伐して見せる。
◇
朝、ルーティと一緒に起きた。
予想以上に体に負担が掛かっていたのか、随分眠ってしまった。
俺が起きたときにはルーティは既に起きていて、私にしっかりと抱き着いていた。
ぎゅっと安心する感じで抱き着いていたので、私からも抱き返す。
「あら、起きたのですね?おはようございます」
「おはようございます」
おはようの挨拶をしてもルーティは離れる様子がない。
そして、ルーティがしっかり抱きしめているため俺の力では引き剥がすことも出来ない。
仕方がないのでルーティに話しかける。
「朝食はどうしましょうか?」
「久しぶりに私の作った料理が食べたいですか?」
えっと、作って欲しいのはやまやまなんだけど、王女様に作って貰うのはどうなんだろう?
彼女の料理は物凄く美味しい。だけどコックたちの仕事を奪うわけにはいかない。
「ルーティ、私はこれからなんて呼べば良いですか?」
「二人のときはルーティと呼んで欲しいですが、普段はエクレアでお願いします」
「はい、では私もルーティアでお願いします」
二人とも十年はこの体で生きてきたのだ。
この呼ばれ方にも愛着が出てきているし、違和感もない。
「いつになったらエクレアと呼び捨てにして貰えますか?」
「えーと、いつになるかはお答え出来かねます」
「なるべく早い方が嬉しいのですが」
うーん、俺に出来る気安い話し方と言えばエクレールの話し方だ。
しかしこれは粗暴だと父から止められているし、俺自身もこの声で言うのは違和感がある。
ならば、ルーティアに合わせた形で調整していく必要がある。
だがそんな喋り方はエクレールにもルーティアにも存在していない。
あっ、ミーティアにだけ話してる言葉遣いがあった。でもメイドと同じ話し方を王女にして良いのだろうか?
「二人きりのときなら、メイドと話している言葉遣いが出来ると思います」
「本当ですか!?でしたら二人で話せる日を待ちますね」
起きてから結構時間が経っている。
早く朝食に行かなければ食堂が閉まってしまいそうだ。
「そろそろ朝食に向かいましょう?」
「ええ、そうしましょうか」
二人でベッドから起き上がると、クローゼットに手を伸ばす。
「着替え、手伝いましょうか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「あら、家ではメイドにお願いしていると聞いてますけど?」
「もう一人でも着られるようになりました!」
エクレアは残念そうな顔をこちらに向ける。
「じゃあ、一緒に着替えましょ?」
「えっと、それは―――」
十年は女性として過ごしてきたから、今更自分の体にあれこれ思うことはない。
しかし、他の女性の体を見るのはどうなんだ?
ルーティアになってもそんな経験はない。
ううー、なんか物凄くいけないことをしている気分になる。
「あなたになら見られても良いですよ?」
「えと、えと、えと……」
「ふふふ、触って成長を確かめてみますか?」
「だ、駄目です!」
そう言いながら、エクレアから視線を外しクローゼットの中を見る。
前世はそんなことしなかっただろう!
ルーティと出会った頃には既に魔物の巣の討伐を目指していて、そういったことをする余裕はなかった。
―――愛し合っていたのは本当だ。
だけど、討伐から目を逸らせば、そのまま目的を忘れてしまわないかという不安もあった。
ルーティはそんな俺を見て「不器用な人ですね」と朗らかに笑っていた。
―――もしかして、ルーティはそういうことをしたかったのだろうか?
あの頃は指揮官としての頼もしさに惹かれたのだと思っていたけど、違うのかも知れない。
そんな勘違いも含めての「不器用な人」だったんだろうなぁ。
いかんいかん!考え事をする前に着替えなくては!
適当な服を探して、急いで着替えた。
「あら、早いのですね。でも私のは見放題ですよ?」
「見ません!」
そう言って目を瞑る。
これならば見ないで済むだろう。
衣擦れの音がこちらまで響いてくる。
―――もしかして狙ってやっているのか?
いやいやいや、そんな狙って出来るわけがない。
でもルーティならやりかねないと思ってしまうのは、過大評価なのだろうか?
「もう少しで終わりますよ」
その言葉と共に頬に柔らかな何かが触れる。
―――え、何をしてるんだ?
でも、まだ着替えてるかも知れないので目を開けられない。
「終わりました」
目を開けてそちらを見ると、エクレアは既に離れていた。
俺が首を傾げると、エクレアはふふっと笑って俺に抱き着いてきた。
「何をしたのですか?」
「内緒です」
問い詰めても答えてはくれないだろう。
俺は諦めてエクレアの手を握る。
「さぁ、食堂へ行きましょう」
今度は俺がエクレアの手を引いて歩く。
元とは言え、恋人にエスコートされるのでは格好が付かないからな。




