第五十七話
「まさかこんなに早く討伐してしまうとはな」
ドラゴンの片付けが終わり、城へと戻っていた。
ほとんどの者は城塞都市で休ませているが、俺たちは報告のために先んじて戻った形だ。
重傷を負ってしまったコルツの除いたエクレアとセルフィ、それにウィルが同席している。
「予想外のことがいくつも起きましたから」
ドラゴンが出るなんて想定外過ぎた。
人を軽々吹き飛ばしてしまうような魔物の相手だ。
全滅してもおかしくなかった。
でも、そのお陰でこの短期間での討伐は成った。
当初はどれだけ避けようとしても出ると思っていた死者も無し。
これもドラゴンの秘薬のお陰だ。
結果的にはこれで良かったと言える。
「体の方は大丈夫なのか?」
「えーっと……」
王にもドラゴンの血を飲んだことは既に報告されているのだろう。
あれから数時間だが、既に体には異常が出ていた。
―――体の調子が良すぎる。
元々俺は身体強化で誤魔化していたに過ぎない。
魔力が減ればその分体調は悪くなる。
しかし、あれだけ回復魔法を使ったにも関わらず一切体調が悪くなっていない。
体が既に魔物に近づいているのか。
それとも少し減った程度ではびくともしないほどに魔力が増えてしまったのか。
詳しく調べてみなければ分からないが―――、恐らく両方だろうな。
俺は膨大な魔力に耐えきるため、無意識の内に回復魔法を使ったのだと思う。
不治の病すら治してしまう回復魔法だ。
それだけの魔力があれば弱い体を治せてしまうのではないだろうか?
でも、俺に分かるのはそれだけ。
今後も大丈夫かは俺には答えられなかった。
「ルーティアもお姫様も大丈夫よ。随分元気になったみたいだけどね」
答えを出せずに悩んでいるとセルフィが代わりに答えた。
魔力の流れを見れるセルフィが言うのであれば間違いない。
「詳しく教えてくれんか?」
「二人とも体内の魔力が増えているわ。それこそ何十倍にもね」
「それって大丈夫なの?」
大量の魔力が体にあるってことはそれだけで危険なんじゃないのか?
でも、セルフィからは少しの焦りも感じない。
「秘薬を飲んだ直後のあなたたちは、体の中で魔力が暴走していたわ」
「今はそれがないということ?」
「ええ、それだけ淀みなく流れていれば、魔力に耐え切れないってことはないでしょうね」
なるほど、確かにあのとき感じていた魔力に体が食い破られる感覚はない。
今は魔力が体の一部だと感じている。
「元々適性が高かったのもあると思うわ。体内の魔力しか使えないあなたたちは人よりコントロールが巧いのよ」
「―――なるほど」
「既に大量の魔力を扱う術を覚えたあなたたちが魔物になることは無いわ」
それを聞いてホッとした。
俺も大丈夫な気はしていたが、自分では全く説明が付かなかったからな。
今後何かの拍子に暴走してしまう可能性を否定出来なかった。
「問題がないならそれで良い。それでだ」
「他にも何かあるのですか?」
「本来なら凱旋パレードをするところなのだが……」
王は少し言いづらそうに続けた。
「あまりに討伐が早過ぎてな。準備が全く終わっていないのだ」
―――そりゃあ、昨日出発して今日戻ってきたわけだからな。
王都の外から来ていた者たちの中には一度戻った者も多いだろう。
それに馬車を持っている行者や商人などは今もドラゴンの肉を運んでいる。
「まだ魔物が出現しないとは限りませんから……」
多分無いとは思うけどな。
それより怖いのはドラゴンの肉を誰かが食べてしまわないかだ。
子供がお腹いっぱい血を飲んだだけで数百人の怪我を治せるほどの魔力量だ。一口だって危ない。
「食べると魔物になる」と念押ししておいたから大丈夫だと思うが……。
野生の動物が食べてしまわないよう、地面に埋めてもらうことにしている。
他国へ持ち込まれる可能性はこの際無視した。
消滅までの数日で出来る研究なんて限られるし、万が一食べて魔物になってもその国が勝手にしたことだ。
それよりもレダティック王国の平和を確保することの方が今は大事。
「諸々を含めて凱旋パレードは行わないことにした」
「本当ですか!?」
思わず口に出てしまった言葉に王は苦笑をした。
い、いや、どうしても嫌というほどじゃないぞ!?
「その分英雄の戴冠式は盛大に行うがな」
「―――別に嫌ではなありませんよ?」
周りからくぐもった笑い声が聞こえた。
別に笑いを我慢しなくても良いんだが……。
「お前たち全員に出席して貰う。勿論コルツもな」
それはそうだろう。
この討伐は俺だけの力とは思っていない。
皆の協力が無ければ達成されることはなかった。
「俺は辞退させて貰う」
「ウィル、どうして?」
思いがけない申し出に、俺は思わず返した。
ウィルは少し申し訳なさそうにしつつも、俺の問いに答える。
「俺は村を飛び出して来ちまったからな。これからは親孝行をしたいんだ」
「別に英雄の肩書があっても親孝行は出来ると思うけど?」
「でも、英雄には英雄のやらないけらばならないことがあるだろ?」
―――それは、そうかも知れない。
それが肩書を持つということだ。
貴族がおいそれと命を捨てられないのもそう。
英雄の役目というのが何なのか分からないが、何でも好き勝手にとはいかない筈だ。
「村の発展させるのに大層な肩書は要らない」
「そうかもね」
「それにいざってときにはルーティアが協力してくれるだろ?―――それで十分さ」
「ふむ、そのときは儂も頼りなさい。それくらいは受けてもらう」
「王様にそう言って貰えるなら十分過ぎるくらいだ」
王は納得したように頷いた。
もしかしたら、始めからその可能性もあると考えていたのかも知れない。
「他にも辞退する者はいるか?」
そう言って王は俺たちを見回す。
コルツやセルフィは貴族の一員だから問題ないだろう。
むしろ、家の繁栄に繋がるから断る意味がない。
「ま、断ろうとしても無駄だけどね」
エクレアがそんなことを言ってきた。
まぁ貴族なら根回しでもなんでもやりたい放題だからな。
気が付けば親族に説得されていたなんてことになるのだろう。
「戴冠式は一週間後だ。予定を空けておいてくれ」
「承知しました」
ずっと取り組んできた目標を達成したのだ。
少しくらい休んでもバチは当たらないだろう。
「大事なことは話し終わったな。後は食事でもしながらにしよう」
それはかなり助かる。
もうかなり遅い時間になろうとしているが、今日食べたのは保存食を少しだけだ。
ドラゴンの解体やその手伝いをする者は千人近くいたから仕方がないのだが。
王がメイドに指示をすると応接間に食事が運ばれてきた。
豪勢な食事というわけではなく、簡単につまめるものが中心である。
「時間が遅いから簡単に食べられるものにしたが、欲しければ遠慮なく言いなさい」
「いえ、十分です」
俺はとりあえずパンが食べられれば何でも良い。
肉を挟んで食べたいが流石に駄目か?
そう思ってたら、王が率先してやり始めた。
「あら、随分ワイルドな食べ方をするのね?」
「昔教えて貰ってな。久しぶり食べたくなったのだ」
そう聞くと何だか物凄く悪いことをした気がする。
教えたのは当然というか、前世の俺だ。
あのときはお付きのメイドから非難されてしまったからなぁ。
「それなら私も」
「セルフィもやるの?」
「ええ、だってエクレールの好きな食べ方なんでしょ?」
エクレールに憧れているセルフィならそう思っても仕方がない。
残るはエクレアとウィルか、なんて考えていると皆同じようにして食べ始めた。
「ルーティアも同じようにするのね」
「私だけ仲間外れは嫌よ」
―――そういうことにしておいてくれ。
そんな俺を見て察したのか、エクレアが話題を変えてくれた。
「皆、今日は泊まっていきなさい」
「お願いしようかしら」
やることは終わったんだ。
戴冠式の日までゆっくり休ませて貰おう。
食事を終えた俺は、そのまますぐ眠りについた。




