第五十四話
「―――っ!」
あまりの眩しさに視界が白く染まる。
しかし、それも一瞬のことだ。
すぐに光が消え、世界が元の景色を取り戻した。
それと同時に光の粒がそこら中で集まり、魔物がどんどん出現する。
「セルフィ、お願い!」
「任せなさい!」
セルフィが手を上げると、儀式魔法を発動すべく上空に魔法陣が現れた。
まだそれほど数は多くない。
しかし、一時間もしない内にこちらの何倍何十倍に膨れ上がる。
余裕がある内になるべく減らしておきたい。
「上位種が現れ始めたら教えて!」
「了解です!」
今この場には濃密な魔力が漂っている。
何万、何十万と魔物を生み出すだけの魔力量だ。
場所が足りなくなればゴブリンやウルフだけでなく、上位種や他では見ない魔物も生み出される。
「―――とりあえずは予想通りね」
「ええ、事前準備の成果が出ているわね」
円の外側では魔物たちがどんどん倒されている。
まだこちら側の方が優勢だ。
しかし、どこかで相手に天秤が傾く。
その瞬間を逃さないようにしなければ―――。
「東の方角にゴーレムを確認しました!」
「分かったわ!」
もう湧き始めたか……。
前回より漂う魔力が多いだけあって早いな。
ゴーレムは十人以上で相手をする強敵だ。
近づかれる前に一掃したい。
「ルーティア!溜まるのが予定より早いわ。そろそろ指示をお願い!」
魔力が濃いことから、こうなる可能性は予想していた。
しかし、予想よりも遥かに早い。
「分かったわ。東に掃射!」
「行くわよ!」
セルフィが手を振り下ろすと、上空に浮かび上がった魔法陣から大量の火の弾が雨のように降り注ぐ。
火の弾は着弾と同時に炎を吹き上げ辺りを火の海に変えた。
―――威力も予想以上に強くなってるな。
火の海を作ることで魔物の進入を防ぐつもりだったが、威力が高くなり過ぎて味方のすぐそこまで及んでしまっている。
近くにいる者は炎が生み出される熱にやられている筈だ。
「コルツ、東の戦線を少し下げて、戻すタイミングは任せるわ」
「おう」
「セルフィ、氷に切り替えて!」
「了解!」
セルフィは再び手を上げて儀式魔法の準備を始めた。
東はどんどん炎の海に突っ込んでいるようだ。
これも予想通りではあるが、知能が無いのは助かる。
「南にオーガが現れました!」
「分かったわ!」
オーガはゴブリンの何倍も大きく、そして素早い。
見た目は似ているが最早別種と言って良いほどに違う。
好戦的なオーガは味方すらも蹴散らしてあっという間に迫ってくる筈だ。
「セルフィ!行けるかしら!?」
「ええ、もう十分よ!」
「南へ掃射!」
セルフィの合図に合わせて、今度は氷の礫が降り注ぐ。
鋭く尖った氷が魔物たちを刺し貫いた。
氷の嵐はしばらく降り注ぎ、過ぎ去った後に残っている魔物はいない。
「大分余裕がありそうね」
エクレアが声を掛けて来た。
「しばらくはね。問題は魔法が切れてからよ」
あれから訓練を重ねたことで使える回数は増えている。
でも、無限ではない。
どこかで彼らを休ませるときが必ずやってくる。
「それまでに出来るだけ魔物の死体を増やさなきゃね」
「ええ、そうね」
魔物は時間経過で消滅してしまうが、その間は確実に魔力が減っている。
一時的ではあるけど、魔物の密度が減ればその分余裕を確保出来る。
「怪我人が増えてきました!いずれも軽傷です」
「分かったわ。―――しばらくお願い」
「任せなさい」
怪我人は軽傷の内にここへ連れてくるよう言ってある。
重傷でも治せるけど、時間は掛かるし多くの魔力を使ってしまうからだ。
打撲やウルフに少し噛まれた程度なら数秒で治せる。
俺が救援に向かうと、そこには数人の魔法使いが傷を治し続けていた。
―――二、三十人ってとこか。
横から割り込むと、整列する怪我人をどんどん治していく。
「ルーティア様、救援ありがとうございます」
「いえ、構わないわ」
横にいた魔法使いが声を掛けてきた。
彼女も回復魔法を使えるのだが、今はまだ回復魔法を使ってはいない。
「やはり私も回復をした方が……」
「気持ちは分かるけど、あなたの範囲回復は貴重よ。もっと怪我人が増えてからね」
使い手の少ない回復魔法だが、それぞれ得意なことが違ったりする。
俺は短い時間で素早く治すのが得意だ。
多分一気に大量の魔力を体に送り込めるのだろう。
そのせいで自分が安全だと思う魔力しか使えないが。
彼女はその逆で、時間は掛かるが空気中にある魔力を使って広範囲を治療できる。
何百人何千人と怪我人が増えて来れば、その力が遺憾なく発揮される筈だ。
「―――はい」
その魔法使いは少し残念そうではあるものの、力強く答えた。
セルフィ曰く、献身的な者が回復魔法を使えることが多いらしいからな。
俺は残念ながら例外だろうけど、彼女は分かりやすく当てはまる。
献身的な彼女は、今はそのときではないと分かっていても、放っておけないのだろう。
「―――よし、これで全員ね」
「はい、ありがとうございました!」
「良いのよ。じゃあ、私は戻るわね」
「お気をつけて!」
エクレアの元へ戻ると早速戦況を聞いた。
離れていた時間は三十分にも満たないけど、その間で大きく変わっていることもあり得る。
「儀式魔法にも慣れて来たから、西も炎の海にしておいたわ」
「それならしばらくは楽出来そうね」
勢いはかなり衰えているけど東側もまだ残ってる。
北と南だけならかなり対処はしやすい筈だ。
「全方位を炎の海に出来たら楽なのに―――」
「そんなことしたら私たちが蒸し焼きになっちゃうじゃない」
「分かってるわよ」
これは訓練のときに実際に試して確認済みだ。
そのときはあまりの暑さに水魔法を使って全部消火する羽目になった。
「魔物の出現も落ち着いて来たから、そろそろ少しずつ休ませても良いかもね」
「―――もう少し減ったらそうするわ」
想像以上に敵の減りが早い。
これは儀式魔法を使っているお陰もあるだろう。
魔力を消費すればその分魔物も減るからな。
―――でも、本当にそれだけか?
何だか、嫌な予感がする。
「セルフィ、今準備している魔法は?」
「氷よ」
―――それなら問題ないか?
「どうかしたの?」
「えっと―――」
エクレアが不思議そうに訊ねてきた。
俺も何とか言葉にしようと纏めてみる。
討伐は順調過ぎるくらい順調だ。
このまま行けば生還も余裕で果たせてしまいそうなくらい。
いくつか想像を越えたことも起こっているけど、こちらの有利に進む分には問題ない。
―――じゃあこの不安は一体何だ?
俺は一体何を見落としている?
「上手く言葉に出来ないんだけど、何か見落としているような気がするの」
「……そう」
俺の言葉を聞いたエクレアも考え込む。
それを見ていたセルフィも気になったのか声を掛けてきた。
「あなたたち何を考え込んでいるのかしら?」
「出現する魔物が少なすぎる気がするのよ」
―――そうだ、魔物の数が少な過ぎる。
前世の半分も出ていないんじゃないか?
儀式魔法がそんなに大量の魔法を消費してるってこと?
魔力を感じるのはセルフィが得意としている。
聞けば答えが返ってくるかもしれない。
「ねぇ、セルフィ。分かればで良いんだけど」
「何かしら?」
「儀式魔法でどのくらいの魔力を消費した?」
「それなら全体の百分の一も消費していないと思うわ」
―――!!
それはつまり、全然知らないところで何故か魔物が出現しなくなっていることになる。
「セルフィ、今魔力はどこにあるか教えて!」
「それは―――」
そう言うと同時にセルフィの顔が突然歪む。
「ま、魔物が突然消滅しました!」
「炎の海もです!」
一体何が起こっているんだ?
セルフィは上空を睨めつけるように見た。
その先には小さな光の玉が浮かんでいる。
「拙いわ」
セルフィの一言で思考が一気に駆け巡る。
「皆、ここから退避して!今すぐ!」
「お、おい、一体」
「説明してる暇はないの!」
説明を求めてきたウィルの言葉を遮って指示を出す。
エクレアも俺の様子を察して、同じように指示を出し始めた。
「救援物資はどうしますか?」
「そんなのどうでも良い!命を最優先にして!」
上空では光の玉がどんどん巨大化していた。
―――多分、あそこから魔物が出現する。
儀式魔法を使ったせいで魔力が中心付近に集まり過ぎてしまった。
でも、この辺は人が多過ぎて魔物が出現する場所がない。
だから、あんな遥か上空に魔力が集まってしまった。
光が徐々に形を作っていく―――。
二枚の翼と長い尻尾。
トカゲのような姿だが真っ赤な鱗に包まれている。
その体を動かすたびに、空気が揺れた。
―――あれは一体どれだけの大きさなんだ?
「これが禁忌を冒した罰ってわけね―――」
そこには、伝説だけの存在だと思っていたドラゴンが現れていた。




