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第五十一話


「そろそろ良さそうね」


 大規模訓練も十分形になった。

 最初は危なっかしかった傭兵も、集団戦に慣れてほとんど怪我をしなくなった。

 そうなって来ると俺の回復魔法が危ういが、エクレアと協力すれば三人程度なら重傷者を治せる。

 魔法使いたちも儀式魔法を使えるようになったことで、生還へ大きく近づいた。

 

「まだもう少し時間があるわよ?」


 隣で同じように見ていたエクレアから声が掛かった。

 当初の期限まで後三ヶ月ほど。

 万全を期すならば少しでも多く訓練を重ねたいが、やり過ぎて手遅れになるのは避けたい。

 エドマンの望み通り出征パレードをするなら、その準備などを含めれば後一ヶ月といったところか。


「後どのくらい時間があるのかしら?」

「ルーティアが気にする必要ないわ」

「―――えっと、どうして?」

「間に合わなければ、引き延ばすだけだもの」

「それって、裏工作的な何かでしょ?」


 誰も俺に話さないが、結構無理させていると思う。

 これ以上無理させてしまえば今後の外交に支障が出るかも知れない。


「だーかーらー、ルーティアは気にする必要ないって言ってるじゃない」

「そう言われても、気になるものは気になるんだから仕方がないわよ」


 前世だったらそこまで考える頭がなかった。

 俺の知らないところでルーティが気を回してくれていたのだろう。

 でも、俺は全部人任せにするのは好きじゃない。


「もう行くわよ」

「―――本当に大丈夫?」

「ええ、これ以上やっても自己満足にしかならないわ」


 こんなの突き詰めようと思えばどこまでだって突き詰められる。

 どれだけ時間があっても、どこかで覚悟を決めなきゃいけないんだ。


「パレードをするなら準備をさせて頂戴」

「あら、そういうの苦手だと思ってたけど?」

「苦手は苦手だけど、貴族ってそういうものでしょ」


 傭兵だった頃はちゃんと傭兵の流儀に従っていた。

 そうすることで無用な争いを避けられたと自負している。


 そして今は貴族になった。

 貴族のマナーは相変わらずわけが分からないことも多い。

 しかし、必要がないのに逆らうつもりはない。


「嫌なら無視しても良いのよ?」

「―――この先もずっと貴族として生きていくのよ?下手に嫌われる方が面倒じゃない」


 嫌われる覚悟があるなら好き勝手にして良い。

 でも、今の俺にそんな覚悟はない。


「公爵令嬢ならそのくらい好きに出来るわ。それでもしないの?」

「ええ、我儘ばかり言っていたら、本当にやりたいことが出来なくなるもの」


 何でもかんでも意地を張るのが矜持ではない。

 そんな安っぽいプライドなんてどうだって良い。


「それが矜持を紡ぐってことなのね」

「―――そうよ」


 エクレアまで矜持とか言い出すと本格的に恥ずかしい。

 まぁ良いさ。言葉に出さずとも俺は前世から今までずっとそうして生きている。


 しかし、それを聞いたエクレアは少し残念そうな顔をする。


「知ってはいたけど、ままならないわね」

「どうかしたの?」

「何でもないわ。ルーティアがもう少し貴族らしかったら良かったと思っただけよ」


 そう言われてもな。

 俺はずっと俺だから、貴族らしくないと言われても直しようがない。


「ねぇ、ルーティア」

「何かしら?」

「一つだけ―――、言わせて貰っても良い?」

「良いわよ」


 エクレアは躊躇うように眉を寄せ、遠慮がちに話す。


「私のことなんて気にしなくて良いからね?」

「それは―――」


 ―――無理だ。

 俺はそのために転生したし、その為に今こうしている。


「ちゃんと、ルーティアも幸せにならないと駄目だからね?」


 俺が幸せに―――?

 ……俺にそんな権利あるのだろうか。

 自分の我儘に数多くの人を巻き込んで死なせてしまった。

 最愛の人すらも巻き込んでしまった。


 もし、今の俺に幸せがあるとしたら、エクレアが幸せになることだけだ。


「―――考えておくわ」

「約束よ?」

「ええ」


 今は考えられない。

 俺の幸せなんてエクレアが幸せになった後で良い。

 それが俺に出来る償いだと思う。


「パレードの準備をしておくわね」

「ええ、お願い」


 いつかは俺も幸せを考える日が来るのかもな。

 でも、それは今じゃなくて良い。

 いずれ来るその日に向けて覚悟だけはしておこう。



  ◇



 それから二週間後、王都でパレードが開かれた。

 王城から出た一団が王都をぐるっと一周し、王城へと戻る。

 俺は列の中央を移動することになっていた。

 豪華な馬車にエクレアと乗るから、誰の目にも重要人物だと思われる筈だ。


「最初の方はもう出発しているのよね?」

「そうだけど―――、ルーティアったら緊張してるの?」

「わ、悪いかしら」


 こういうのが苦手だって知ってるだろ。

 周りが全員敵ならほとんど気にならないだろう。

 でも、今日は皆に応援される。


 知り合いに応援されるなら、恥ずかしいけど分かる。

 でも、全然知らない人に何で応援されるのか分からない。


「あなたはそれだけのことをして来たんだから堂々としてなさい」

「―――努力するわ」


 そこへ後ろから冷たい布が渡された。


「ルーティア様、どうぞ」

「ええ、ありがとう」


 今日は日差しも強くかなり暑い。

 途中でばててしまわないよう、ミーティアとオリビアが後ろの席に控えていた。


「ミーティアはここに乗らなくても良かったのよ?」

「いえ、それだけは聞くわけに行きません」


 ミーティアは半年以上に及ぶ訓練の末に、魔法師団に配属されることとなった。

 だからメイドとしている必要はなく、討伐軍として俺と同じように応援されても良いのだ。

 以前その話をしたけど、半分も言わない内に断られた。

 ミーティアの気持ちは理解してるつもりだから、断られる前提ではあったが……。

 ここまでの反応をするとは予想外だった。


「あ、そろそろ出発しそうよ」

「―――早く終わって欲しいわ」

「無理ね。前の方は皆ゆっくり歩いているわよ」


 全員分の馬車を用意する余裕はない。

 だからほとんどは歩きだ。

 同じ道を進むのだから、馬車に乗っているからって早く回ることは出来ない。


 それくらい分かってるよ……。

 それでも何かの間違いで早く終わるかも知れないだろ?


「そんな不満そうな顔をしても駄目よ」

「むう」

「ほら、もう王城を出るわよ。ちゃんと皆に顔を見せてあげて」


 ―――仕方がない。

 討伐軍の総指揮が不満そうな顔をしていたら皆を不安にさせてしまう。


 王城を出ると、どこにこんなに人がいたのか、脇にひしめき合うように並んでいた。

 俺たちの乗る馬車を見るなり大歓声が巻き起こる。


「これって皆王都の人なの?」

「いいえ、近隣の都市や町からも来ているそうよ」

「それでこんな数になっているのね」

「もしかして、この先ずっとこれなの?」

「そうよ。場所が足りないかもって、もう一つ外側の通りを回る案も出たくらいよ」


 うへぇ~、そうなっていた可能性もあったわけだ。

 ここの外側の通りなんて通ったら倍以上の時間が掛かってしまう。


「恥ずかしいかも知れないけど、ちゃんと覚えておいて」

「皆の顔を?」

「そうじゃないわ。この人たちがあなたがこれから守る人たちなのよ」


 ―――うん、そうだな。

 今度の討伐が終わればこの国はずっと平和になる。

 もう魔物に怯える必要はなくなるんだ。


「皆の平和を守ったのはあなたになるんだからね?」

「ええ、そうね」


 そうまで言われれば察しの悪い俺でも分かる。

 エクレアはきっと、死なせてしまった人より生かした人のことを考えろって言いたいんだと思う。

 前世では相打ちだったから、どれだけの人が救われたかなんて知らないまま終わった。


 でも、今回はここに戻ってくる。

 それが出来るだけの準備を重ねてきた。

 だからきっと―――。


「生きて戻れれば、その意味が実感出来ると思うわ」

「ルーティアはちゃんと英雄にならないと駄目なのよ」


 ―――エクレアがいうならそうなのだろう。

 前回の討伐での後悔はいっぱいある。

 一方で目的だけは果たせたから満足もしていた。


 でも、それだけでは足りないのかも知れない。

 今はまだ分からないけど、俺は多分それを知らなければならないんだろうな。


 エクレアに言われた通り、この光景を目に焼き付ける。


「討伐したら―――」


 また歩きだせるかも知れない。


 消えるような呟きだったが、耳聡く聞こえたのか「なに?」と聞いてきた。

 でも、死んだときのまま立ち止まっていたなんて言える筈がない。

 だから「内緒」と言って誤魔化した。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  「討伐したら―――」  この後の言葉が良いです^_^  あ、ネタバレにならないように注意してます。
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