第四十六話
外へ戻るとコルツたちは丁度休憩をしていた。
ミーティアが三人の世話をしている。
―――すっかり忘れてた。
コルツは俺の客だから相手をするのも俺だ。
そりゃあ王女の用事の方が優先して当然だけど、一言言っておけば良かった。
ミーティアは俺と一緒に来たかったかもしれないが、気を利かせてくれたんだな。
「ミーティア。ありがとう」
「これが仕事ですから。それで如何でしたか?」
「ええ、収穫はあったわよ」
ミーティアも気になっているだろうし、休憩を取りつつ説明した。
「私もそういう魔法が使えたら良かったのですが……」
「何言ってるの。普通が一番よ」
特殊な魔法と言えば聞こえは良いけど、俺たちは一部に特化し過ぎているのだ。
普通の魔法を使えるならば使ってた。
でも、それは俺たちが普通の魔法を使えないだけで、逆も当てはまるとは限らない。
普通の魔法を使える者の中にも、きっと適性を持つ者がいると思う。
もしくは、技術が進歩すれば誰でも使えるようになるんじゃないだろうか。
「ルーティアの言う通りよ」
「そうでしょうか?」
「使える人が多いってことは、それだけ多く研究出来るわ。ルーティアの役に立ちたいのなら、早く上達出来た方が良いわよ」
回復魔法は手探りだからなぁ。
コルツたちは訓練に慣れてるからあまり怪我をしない。
使える状況が少なすぎて、ほとんど身体魔法しか使ってないし。
その点で言えばエクレアの魔法は俺が消費してしまえば良いから使いやすい。
来月から大規模な訓練が始まるとは言え、それまでに追い抜かれてしまわないか心配だ。
「そうですよね。私は私に出来ることをします」
「ミーティアもやる気みたいだし、訓練を始めるわよ」
「まだやるのか?俺は構わないが……」
そのとき、遠くでお昼を告げる鐘が鳴った。
―――もうこんな時間なのか。
今日はエドマンが来たため、始めるのが遅かったんだった。
俺にやることがあるわけじゃないけど、エクレアは明日の準備をしないといけないよな。
ってことはモードレットやテオドールも帰ってしまう。
セルフィも午後は職場に戻らないといけない。
俺とコルツだけでやっても良いが、それだと肝心のミーティアの訓練が出来ない。
「―――今日はここまでね」
「そうだな。休めるときに休んでおいた方が良い」
時間は少ないけど、それだけに意味のある訓練を集中的にやった方が良い。
あまり意味の無い訓練で疲れを残して、肝心な部分が疎かになっては元も子もない。
今日はその場で解散をして、明日以降に備えることになった。
◇
「あれからもう二週間も経ったわね」
前にエクレアと会って以来、顔を見ていない。
父の話では王子がこちらの情報を引き出そうと躍起になっているそうだ。
大規模訓練までには間に合わせると言っていたが……。
「お陰で私はここに来やすくて良いわ」
隣に座ったセルフィが嬉しそうに言った。
ローデンフェルトの王子が王城に居座っているため、研究所を閉めているらしい。
研究所は王城の端にあるため、誰も近寄らなければ怪しまれることもない。
ローデンフェルト王国相手に隠し通せるとは思っていないが、バレるのはなるべく遅い方が良い。
あれこれ準備している間に巣を討伐してしまえば、フィデリア王国と協力して膠着状態に持って行ける。
「これだけ時間を掛けるってことは、ローデンフェルトのスパイはいないのかしら?」
「王子が知らないだけかも知れないわよ?」
流石にそんなことは無いんじゃないか?
いやでも、国の重要人物が長い期間他国にいるなんて普通はあり得ない。
ローデンフェルト王国は一体どうなっていることやら。
「でも、良い傾向よね?」
「そうだな。詳しいことは知らんが、まともじゃないことは確かだ」
コルツも同意をしてくれた。
だが、王子がここにいることは良いことばかりではない。
「王子がいると、結局大規模訓練は出来ないのよね」
「それが目的なら全力で引き延ばしてくるわよ?」
「流石にそれはないだろ。今強硬手段に出られたら困るのはローデンフェルト側だぞ?」
その気になれば王子を人質にしてしまうことも出来る。
既に必要とされているか大分怪しいが、腐っても第一王子だ。
その命が脅かされるような事態になれば、ローデンフェルト王国の動きは鈍くなるだろう。
「なんだか都合良く行き過ぎている気もするわ」
「陛下がそうなるよう仕向けたってのもあると思うがな」
「あら、上手く行っているならそれで良いじゃない」
セルフィの言う通り、巣の討伐さえ上手く行けば問題ないが……。
「ローデンフェルトがこのまま滅んでしまったりしないかしら?」
「流石にそれは―――」
そのままコルツは言い淀んだ。
確かにローデンフェルトほどの大国がそう簡単に滅びたりはしないだろう。
だが、王家は無くなってしまうかも知れない。
自分たちが生きるために必要だったとは言え、少しやりきれない気持ちになる。
「そこは割り切るしかないな」
「私の回復魔法が間に合えば一番なんだけど……」
「他国の心配をしても仕方がないわ。他人より先に自分のことよ」
「それはそうなんだけどね」
セルフィの言う通り、俺たちだって安泰とは言えない。
今のままでも十中八九討伐は成功するだろう。
しかし、生きて帰れるかは半々といったところ。
これからの訓練で出来る限り良くしていかなければならない。
「でも、その気持ちは分かるわ」
「セルフィがそんなことを言うなんて珍しいわね」
「そんなことを言うと、もう言ってあげないわよ?」
「冗談よ」
セルフィも俺と同じ、動きたくても動けないから考えてしまうのだ。
ここにいる全員がこんなことを話しても意味がないことを理解している。
「それならせめて大規模訓練がすぐ始められるよう準備するしかないわね」
「まぁ、それだって大っぴらにやれば王子の耳に入っちまうがな」
「あーもう、本当に面倒臭いわね!」
裏でコソコソ動くってのは苦手なんだよ!
「―――急に大声を出してどうしたんだ?」
そこへウィルがやって来た。
丁度良いので、ウィルにも今していた話を説明する。
「ルーティアはそういうの苦手そうだもんな」
「早く動けるようにならないかしら?」
「傭兵の方は少しずつ準備を始めてるぞ」
傭兵は王都だけにいるわけじゃないから、王子に悟られることもない。
「いっそのこと私もそっちに混ざろうかしら?」
「俺は構わんが……、お前が突然王都を出たら怪しまれるんじゃないか?」
「むむむ……」
ウィルに対して言い返すことが出来ない。
俺は勲章を貰ってしまったからなぁ。
こうして集まるのだってかなり危ういことをしている自覚がある。
「それを言ったらここで集まるのだって危ないでしょ?」
「それくらいは問題ないだろう」
苦し紛れの言葉にコルツが事も無げに答えた。
「どうして?」
「先の討伐で傭兵が激減したことをローデンフェルトは知っているだろうからな」
「騎士が参加していなければ問題ないってこと?」
確かに練度の低い傭兵だけで討伐することは難しい。
「そうじゃない。傭兵の数を少なく思わせておくのが大事なんだ」
「―――なるほど」
騎士だけで生還を果たすのはほぼ不可能だ。
そこに少しの傭兵が加わるくらいなら問題ないってことね。
こちらが相打ちになるのであれば、ローデンフェルト王国の思った通りの展開である。
戦力の激減したレダティック王国なら如何様にも出来る。
「そう考えれば、傭兵を集めないために邪魔してるってことになるな」
「既に十分な数が集まってるとも知らずにな」
ウィルが心底可笑しそうに嗤った。
この討伐はウィルが地道に傭兵を集めたからこそ成り立っている。
―――まぁ、無かったら無かったでどうにかしていたとは思う。
でも、ここまで現実的なものになったのは間違いなくウィルの功績だ。
「傭兵のことは俺に任せておきな」
「そうだけど―――」
「ルーティア、お前は小さくとも俺たちの頭なんだ。どっしり構えて貰わなきゃ困る」
「ううー」
だから俺はそういうのが苦手なんだよ!
「仕方ねーな。俺が相手してやるから、しばらく我慢しろ」
「私も愚痴くらい聞くわよ?」
コルツもセルフィも何だかんだで面倒見が良い。
しかし、普段「他人の事情なんか知ったことか」みたいな態度でいるこの二人に気を使われるのは面白くない。
「うぐぐ……」
「あら、怒らせちゃったかしら?」
「俺には大分打ち解けたように思えるが……」
口に手を当ててニヤニヤと笑うセルフィに、ウィルがそんなことを言う。
すると、二人は頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
「そりゃあまぁ、そうかも知れないが……」
「改めて言われると少し恥ずかしいわ」
打ち解けたと言うなら俺が一番かも知れない。
出会った当初は、こんな我儘を言える関係になるとは思っていなかった。
俺には前世の記憶があるし、良い大人がすることじゃないと思う。
でも、二人は俺のことを子供として扱うことも増えている。
俺はそんな時間を心地良いと感じてしまっていた。
後から仲間になったウィルも、その一人になりつつある。
「もうわかったわよ。ほら、早くこっちに来なさい」
俺は立ち上がると、訓練を再開する。
俺の呼びかけに対してやれやれといった感じで立ち上がった。
「こうなったら大規模訓練までにやれるだけやるわよ!ミーティアも入りなさい!」
「承知しました」
ミーティアが訓練に参加するのは初めてだが、調整しながらやればなんとかなる。
余程自信があるのか、迷わず俺の後ろについた。
他の三人も少し遅れて構えを取る。
「―――始めるわよ!」
大規模訓練まで後半月ほど。
それまでにやれることはやっとかないとな。




