第四十五話
最後の本、―――それは転生の話だった。
志半ばで倒れた勇者が、今までの記憶と神様から特別な力を持って生まれ変わるという話。
勇者はその経験を持って強大な魔物へ―――。
「あら、途中で終わっちゃってるわね」
セルフィの言う通り、その本は魔物の影が出たところで終わっていた。
書いている途中で何かあったのだろうか?
「―――これって魔法と関係あるのかしら?」
転生と聞いてドキリとしてしまったものの、魔法とはあまり関係ないように思える。
「この勇者は神様から大きな力を貰って転生したのね」
エクレアがそんなことを呟く。
その力が俺やエクレアにもあれば良かったんだが、残念ながら今のところ実感はない。
強いて言うなら魔法が上手に使えているくらいか。
「あら、記憶を持って転生出来たのも魔法のお陰かも知れないわよ」
「どういうこと?」
「勇者は魔王と戦ってたんでしょ?それならきっと凄い魔法を使えたと思うのよ」
「でも、魔力が凄ければ記憶を持って生まれる人がそこら中にいるんじゃないかしら?」
「多分記憶を持って転生する魔法があるのよ」
―――俺たちはそのお陰で転生出来た?
いや、前世の俺は魔法のことなんて全く知らなかった。
でも、俺は死の直前、来世を願った。その執念が魔法を発動させてしまったのかも知れない。
「うん、何とかなりそう」
本を凝視していたエクレアが、突然そんなことを言った。
「えっ、分かったの?」
勝手に納得して頷くエクレアに驚いて声を上げる。
「だって、出来そうって思っちゃったんだもの」
「―――お姫様が出来ると思ったならきっと出来るわ」
「そういうものなの?」
「そういうものよ」
セルフィと言い合っている内に、エクレアが俺の肩に手を置いた。
「使ってみるね」
そう言うとセルフィは目を閉じた。
すると、俺の体に魔力が流れ込んでくるのを感じる。
「こんな感じだけど、どうかな?」
「魔力が流れ込んでくるのを感じたわ」
「―――それだけ?体が軽くなったりとかは?」
「そういうのは何も無いわね」
エクレアは「むむむ」と唸った。
それを見ていたセルフィが声を上げる。
「まだ出来ないだけかも知れないわ」
「どういうこと?」
「魔法には段階があるの。最初は小さな火球しか生み出せなくても、炎を自在に動かせるようになったりね」
「なるほど」
授与式のとき光の粒が流れるように舞う魔法を使っていたが、思ってたよりずっと高等技術なのかも知れない。
「今はまだ〝魔力を渡すだけ〟なんじゃないかしら?」
魔力を渡すだけかぁ。
それだけだと、正直使い道があるようには思えないな。
今後身体能力を上げたり、体を固くしたり出来るようになれば使えるが。
「ルーティアには嬉しい能力ね」
「えっ、私?」
「ふふふっ、そうね」
セルフィの言葉にエクレアはすぐ納得し、二人で笑い合っている。
一体どういうことだ?
「私の魔法は、ルーティアの足りない魔力を補う魔法なのよ」
言われて確かめてみると、エクレアから貰った魔力は体の中に違和感無く溶け込んでいた。
今は魔力をほぼ全部使っても小さな傷しか治せない。
だけど、エクレアの力を借りればもう少し深い傷も治せるかも知れない。
俺とエクレアの魔力が上がって行けば、相乗効果も望める。
「でも、回復魔法の訓練は大変よ?」
「そこが問題よねぇ」
回復魔法は相手が怪我をしていなければならない。
俺の感覚が「怪我をしていない者に使ってはならない」と言っている。
「わざと怪我をさせるわけにもいかないし……」
「それで私の能力以上の深い傷をつけてしまったら治しきれないわ」
一応回復魔法は一瞬で治すわけではなく、徐々に治していくので少しくらいなら深くても浅い傷が残るだけで済む。
でも、ある程度深い傷になったら、いきなり必要な魔力が増えたりすることも十分考えられる。
「やっぱり軽い傷を何度も治して経験を積むしかないわね」
「ええ、それでも段階を上げることは可能よ」
セルフィのお墨付きが出たのは心強い。
「来月から大規模な訓練が始まるから、使う機会も増えるわ」
「そうね。それなら私はしばらくルーティアのサポートに回ろうかしら」
回復魔法が戦闘でも使えるようになれば、戦術の幅が広がる。
俺が回復魔法を使っている間は指揮を執りづらくなってしまうが、短時間なら別の者に任せても良い。
「戦術の幅が広がることは良いことよね」
「ええ、怪我人を治せれば守る戦力を割く必要がなくなるもの」
―――そうだな。
前回は怪我人を保護する余裕なんて全くなかった。
でも、今回はちゃんと守れるようにしていかないとな。
「さてと、そろそろ戻って訓練を始めようかしら
「あ、ちょっと待って」
エクレアはそういうと俺を抱きしてめて来た。
「い、いきなり何を―――!?」
「明日またローデンフェルトの王子が来るから、その前に栄養補給しようと思って」
「また来るの?」
「ええ、突然勲章の授与なんてしたから、慌てて来るみたい」
ローデンフェルト王国は討伐を引き延ばしたいんだったっけか。
そりゃあ、レダティック王国が討伐の動きを見せれば、穏やかではいられないよな。
「ローデンフェルトにはギリギリまで気付かれないようにしないとね」
「こちらにスパイが紛れ込んでいる可能性はないの?」
「その可能性もなくはないけど、そこまでは気にしても仕方ないじゃない?」
「それはそうだけど―――」
「息の掛かった貴族は、この前の一件でほとんど潰せそうよ」
潰せそうということは、授与式に出てきた貴族が全てではなかったのか……。
でも、直後に怪しい動きを見せた貴族くらい王家も把握しているだろう。
こうして王子が慌ててやって来てるんだから、何かしらの繋がりがあることを疑うには十分だ。
「分かりやすくて助かるわ」
「―――分かりやすくしたんじゃないの?」
「あら、ルーティアも気付いていたのね」
「詳しいことは聞いてないけど、以前陛下がそんなことを匂わせていたのよ」
「なーるほど。王はもう動けないから、下手に出る必要ないわ」
「動けないってことは、生きているのね?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
国としてやらなければならなかったとは言え、可哀想だと思っていた。
死んでしまったならどうしようもないが、生きているならばどうにかしたい。
「いえ、出来れば全部終わったら、体を治してあげたいと―――」
叶わないと分かっていても、そう願ってしまう。
まぁ俺の我儘だと分かっているから―――。
「良いわよ。体を治してあげれば、ついでに恩も売れるじゃない」
「本当!?」
「それに、魔法の良さも広まるかも知れないしね」
エクレアはセルフィを見ながら言った。
「良い考えね!是非ともやって頂戴」
「えぇ……」
「あら、ルーティアは不満なのかしら?」
こっちが危害を加えたのに、何食わぬ顔をして恩を売るって大分酷いな。
まぁ、俺も人のことは言えないか。
ローデンフェルトの王が元気に過ごしてくれるなら、後はどうでも良い。
難しいことは俺には分からない。
―――ただ、目の前の人に長生きして欲しい。
それは前世の頃から変わっていない。
ま、それ以外を考えられるほど賢ければ、命を捨ててでもだなんて思わなかっただろう。
「考えてみたら、病人がいるのが嫌なだけでした」
「それ以外はどうでも良いってことね。なら問題ないわ」
「病気を治せるかは、わかりませんけどね」
「出来ないなら出来ないで今と一緒よ」
「そうね」
治せたらそれが一番だが、出来なくとも俺が責められる謂れはない。
王に起こったことに俺は一切関係ないのだから。
「それに討伐が終わったなら、王が復活すればちゃんと状況を判断してくれるわ」
「どういうこと?」
「あの馬鹿王子は討伐が終わっても私と結婚出来るつもりでいるわよ?」
「―――それは面倒ね」
流石にそんなことはないと思いたいけど、あの王子ならあり得ると思ってしまう。
エクレアはほとんど確信しているみたいだし。
こういうときこそ、周りが止めるべきところなのに。
でも、止めるべきって言うなら、王が動けないのに王子がレダティック王国に来ること自体がそうか。
「どうにかなりそうなら、このくらいで良いわよね」
「ええ、もう少し―――」
「駄目よ。私が回復魔法を覚えると役に立つんでしょ?」
「それは、そうだけど―――」
「なら、早く訓練に移りましょ」
コルツたちはあまり怪我をしないので、回復魔法の訓練は出来ない。
しかし、身体強化を使うことでも魔力の増加は見込める。
それが後々に生きてくる筈だ。
「ほら、早く行くわよ」
「はーい」
エクレアもそれ以上文句を言うことはなく、俺たちは訓練へと向かった。




