第四十三話
「なんで昨日の今日でこんなに集まってるの……」
次の日、朝から集まっていた。
正直午前中の訓練くらいはしたかったが、ウィルやエドマンまで来てしまっては話さざるを得ない。
どうしてうちへ来る貴族はこんなにフットワークが軽いのか。
「傭兵に訓練をさせるなら、連絡が必要だからな」
「……まだ全く予定立ってないわよ」
傭兵どころか騎士にも話を通せていない。
それでどうやって答えを出せば良いのか。
「それなら私が答えよう。およそ一ヶ月後から始める予定だ」
俺が迷っている内にエドマンが答えた。
防衛大臣のエドマンが言うなら間違っている筈はないが……。
「もう決まったのですか?」
「ええ、伝えるなら早い方が良いと思ったものでな」
それにしたって午前中から来るのは早過ぎだろ。
でもまぁエドマンからして見れば念願とも言える討伐だ。
気が逸っても仕方がないのかも知れない。
「分かりました。今後も予定はそちらで決めて大丈夫ですよ」
俺は現場を任されただけであって、裏方は適任がいる筈だ。
その方が俺も現場に集中出来る。
「そうかい?それじゃあそうさせて貰おうかな」
エドマンもそのつもりだったようで、あっさり了承して貰えた。
すると、エドマンは満足したように椅子にもたれ掛かる。
「―――用事はこれだけでしょうか?」
「それだけだ」
えっ、たったこれだけの為に来たのか?
そのくらい父に言っておけば十分だろ。
連絡を寄越したって良い。
いずれにしても、エドマン本人が来る必要はない。
「強いて言うなら、君たちが普段どんなことを話しているのか気になった」
「普段話していることと言われましても―――」
普通のことしか話してないぞ?
―――ないよな?
「コルツ、セルフィ。私たち何か変わったことを話してたかしら?」
「いや、別に変なことは話してない筈だぞ」
「そうねぇ。私はもうちょっと気を抜いても良いと思うけど」
俺たちの話を聞いたエドマンは、穏やかに笑っている。
「ルーティア嬢は随分周りを頼っているようだ」
そりゃあ仲間だしな。
……もしかして俺が滅茶苦茶有能な人間だと勘違いしてるのだろうか。
別にそんなことはない。俺に出来ないことなんて山ほどある。
もし俺より得意なやつがいるなら、そいつにやらせた方が良い。
全部自分一人で出来るなら、そもそも仲間なんて要らないしな。
「私より出来る人はいっぱいいるのですから、頼るのは当たり前では?」
「それが中々難しいのだよ」
「そうなのですか?」
「貴族はプライドが高い割に自分で責任を取ろうとしない者が多いからな」
なるほど、つまり上に立てば自分一人で進めようする。
下につけば責任を取る必要がない安全な位置にいようとする。
上に立つ人間がどんなに有能でも、誰も協力しなければ出来ることは少ないだろう。
逆に上に立つ人間が無能でも、下についた人間が有能ならそれなりに回る。
それって結局俺が凄いって話ではないような?
「良い仲間に恵まれれば、少しは変わるのではないでしょうか?」
「―――中々難しいことを言ってくれる」
言ってから気付いたけど、これはエドマン自身のことだろう。
やりたいと思っても、中々付いて来てくれる者がいなかったのだ。
「有能な仲間を見つけるのも才能の内ってことだな」
「あら、コルツ自身がそれを言うのね?」
「俺が言わなかったらお前が言っただろ」
「―――まぁそうかもね」
何だかんだでコルツとセルフィは仲が良い。
そこそこ年は離れている筈なんだがな。
どちらかといえば父と娘みたいな感覚なのかも知れない。
セルフィは俺に対して妹や娘みたいに接してくることがあるので、コルツがというよりセルフィのやり方なのだろう。
……そう考えると、貴族たちの距離感が遠すぎるのが問題なんだろうな。
相手が不幸な目に遭ってもどうでも良いと思ってるから、そういう態度でいられるんだろう。
まぁ近すぎて家族にするような気安さが出てしまうのも問題だが。
「これは耳が痛いな」
エドマンはこんなこと言ってるけど、多分そんなことはない。
俺は動かす決め手にはなったかも知れない。
しかし、俺が動かしたとは思っていない。
「ホーリス公にも有能な部下はいるでしょう?」
「―――時間を掛けて、な。コルツが退役したときは苦労させられた」
「モードレットだって十分やってるだろ?」
「大分足りてないがな。テオがいて助かってるよ」
「くっくっくっ、テオドールはお前んとこの出身だったな。大分苦労してそうだった」
テオドールはホーリス家の出身だったのか。
騎士になるってことは傍流か分家の筈だけど、言われれば納得だ。
団長に足りない分を貴族出身の者がサポートしてたんだな。
「モードレットって、防衛のとき途中から来た馬鹿っぽいやつか」
話を聞いていたウィルが呟くように言った。
「馬鹿っぽいは失礼だけど、多分合ってるわよ」
「あいつとは少し気が合いそうだったな」
「ウィルが騎士に対してそう思うなんて珍しいわね」
「俺は前回の討伐に参加出来なかったからな。貴族っぽくないやつを育てたんだ」
「コルツがそうしたの?」
「そうだ」
コルツはエクレールが死んでしまったことを悔いていた。
まぁ前世の俺とコルツは喧嘩ばかりしていたからな。
次こそは協力できるように、傭兵に嫌われないような者を育成したんだ。
とは言え、俺は別にコルツのことを嫌いじゃなかったけどな。
ただ意見が合わなかっただけで、コルツの忠告は何度も役に立った。
少し立場が変わるだけでこうして仲良くなれる。
「ウィルも協力していく内に仲良くなれるわ」
「そうか?」
「そうよ。ウィルだって騎士が仕方なく諦めたことくらい知ってるでしょ?」
「まぁ、そうだが―――」
この行けそうで行かない感じがもどかしい。
うーん、何か良い言葉はないだろうか?
「きっとエクレールは全然騎士を恨んでなんかいないわ」
「……ふっ、ルーティアが言うなら多分そうなんだろう」
「えっ!?」
「お前はエクレールの生まれ変わりかと思うくらい似ているからな」
び、びっくりした。
俺はエクレールの生まれ変わりであることを隠すつもりはないが、それでも突然言われれば驚く。
でも、そう思われてるなら乗ってしまおう。
「ふふっ、もしかしたら本当に生まれ変わりかもね?」
「そうだとしたら神に感謝しなければな」
ウィルはそう言うと、胸に手を当てて祈るような格好をした。
また、信仰の強そうなことを言ってる。
―――今回は事実なんだけどな。
「ふむ、お前たちは皆エクレールのことが好きなのだな」
エドマンが突然そんなことを言った。
皆がエクレールを好きなんて流石にないだろ。
でも、少し気になるので俺も皆に聞いた。
「そうなの?」
「俺はそこまでではないぞ」
「慌てて否定したら〝好きです〟って言ってるようなものよ?」
「そういうお前はどうなんだ」
「私は好きよ?」
「えっ、セルフィもエクレールのことが好きなの?」
それは初耳だ。
セルフィとエクレールには関わりがなさそうだが、何があったのだろう?
「私が生まれたフローレス家は北の城塞都市に近くてね。群れを外れた魔物に襲われちゃったのよ」
「―――そこを助けてもらったってわけか」
「小さな子供が恋するには十分な理由じゃない?」
……マジかよ。
確かにあの頃は今より騎士も兵士も少なくて広範囲をカバー出来ず、守りを抜けてしまうことがあった。
俺も何度か助けた覚えがある。
その中にセルフィがいたのか……。
「それでエクレールのことをいっぱい調べて、いつの間にかもっと好きになってたわ」
「お前にも青春があったんだな……」
「失礼ね。私だって少しくらいあるわよ」
「それで魔法使いになったってわけか」
「ええ、エクレールが死んだと聞いて、居ても立っても居られなくなっちゃってね」
だから、セルフィは女性なのに討伐に参加するんだな。
魔法使いなら力は要らないから―――。
「俺はエクレールが嫌いだぞ」
「あら、どうして?」
「俺を討伐に連れて行かなかったからな」
ウィルは前回の討伐のとき、必死に訴えていた。
そうまでしても参加することは出来ず、あれから色々考えたのだろう。
「俺は残された意味を考えた。その結果がエクレールの意志を継ぐことだった」
「……そう、複雑なのね」
「まぁ俺も傭兵を纏める立場になって、少しだけ分かってきたところだ」
……そうだな。
頭では理解しても納得出来ないことはある。
ウィルは前回の討伐に命を懸けるつもりだった。
その思いが叶わなかったのだ。簡単に割り切れるものではない。
「今度はウィルがするのよ」
「―――分かってる。エクレールの意志を継ぐというのはそういうことだ」
「ええ、お願いね」
俺がやっても良いけど、やはりウィルがやるべきだろう。
傭兵たちを纏めているのは俺じゃなくウィルだからな。
「―――なるほど、君たちのことが良く分かったよ」
「こんなので良かったのでしょうか?」
「あぁ、十分だ」
俺も皆のことを更に知れて良かった。
命を懸けるくらいだから、相応の理由はあるよな。
「そろそろ王女殿下も到着するだろう。その前に私は失礼するよ」
エクレアが来るってことは、これから訓練するのだろう。
こんなに朝早く来たのは、訓練の邪魔をしないためだったんだな。
「見送りは良い。気にせず王女殿下を出迎える準備をしてくれ」
「はい、ありがとうございました。―――ミーティア」
「畏まりました」
見送りは良いって言ったけど何もしないわけには行かない。
エドマンのことをミーティアにお願いして、俺たちは訓練の準備を始めた。




