第四十二話
「少しよろしいかな?」
「ええ、大丈夫です」
目の前に現れたのは、父と同じくらいの年の男性だった。
柔和な笑みを浮かべるその男性は、髪や髭はきっちりと整えられていて、清潔さが感じられる。
服装も落ち着いていて、しかし確かな風格を漂わせていた。
一番最初に来たってことはかなり偉い人だよな?
「ルーティア嬢。いや、ルーティア卿と呼べば良いかな?」
「ええと、騎士になったわけではありませんので、ルーティア嬢で大丈夫です」
そう言えば大臣が叙勲って言ってたな。
叙勲は通常、勲章だけでなく、騎士を含む何らかの爵位も授与される。
しかし、俺は爵位を授与されていない。
討伐隊の指揮官なんて称号は無いからだ。
俺は爵位を持たないただの公爵令嬢で合ってる筈。
知らない内に授与されていたらどうしようもないが。
「直接顔を合わせるのは初めてだね。私はエドマン・ホーリス」
「初めまして、ルーティア・リーンイアです」
ホーリスと言えば、リーンイアと並ぶ公爵家だ。
防衛大臣を代々勤めていて、騎士を多く輩出する家系だった筈。
こんな優しそうな人が勤めているとは正直驚きだ。
「体が良くなったと聞いて一度会いたいと思っていたが、ここまで元気になっていたとはな」
―――ええと、これはどう解釈したら良いんだ?
エドマンが今日まで知らなかったなんてことは流石にあり得ない。
ということは何らかの意図があって言ったということになる。
俺が困った雰囲気が伝わったのか、エドマンは苦笑をした。
「困らせてしまったようだな。前々から知ってはいたが、驚いているのは本当なのだ」
考えてみれば、俺が動けるようになってからまだ一年も経ってはいない。
遠い昔のように感じてしまうが、話題に出ても不自然ではなかった。
「忙しくて、回復したのがついこの前だということを忘れていました」
「そうだろうな。私もここまで急激に話が進むとは考えていなかった」
「本当に、私の知らぬ間に話が進んでいて驚きました」
最初は仲間を探すところからだと思っていたんだけどな。
気が付けば仲間が集まっていた。
「君が気付かずとも、見ている者はいる」
「はい、ありがとうございます」
「だが、討伐が決定したのは君のお陰だ」
「私は運が良かっただけです」
俺がここまで来れたのは運が良かっただけに過ぎない。
でも、エクレアが結婚する前と明確に定めていたお陰でもある。
やろうとしなければ決して出来ることはない。
「それを言うなら私も運が良かっただけだな」
「そうなのですか?」
こんなことを言うってことは、多分エドマンも動いていたのだろう。
それも、俺が始めるより前から―――。
討伐の話は俺から見てもトントン拍子に決まったと感じている。
色んな人が機を伺っていたからこそ、こうなっているとしか考えられない。
「私だけでは不可能だった。それは陛下も同じだろう。お前は皆が待ち望んでいた最後のピースなのだ」
「そう言われると恥ずかしくなってしまいます」
「あら、照れちゃって可愛いわね」
今まで大人しくしていたエクレアが割って入ってきた。
俺が照れるのがそんなに珍しいか?
前世の頃から王に褒められると毎回照れていた気がするが……。
「はい、私もそう思います」
「ふふふっ、やっぱりそう思うわよね」
何か通じ合ったのか、二人でニコニコと笑い合っている。
すると、エドマンは何かを思い出したようにこちらを向いた。
「―――ルーティア嬢は私の養子になる気はないか?」
「それはどういうことでしょうか?」
「討伐の指揮は我が家から出て欲しいというただの我儘だよ」
「そういうことでしたか」
防衛大臣として思うところがあるのだろう。
でも、エドマンはずっと軽い口調で話している。
最初から承諾してくれるとは思っていない筈だ。
「それに、もしルーティア嬢が騎士になりたいのであれば、色々便宜を図ることも出来る」
「そうかも知れません」
「どうだろうか?」
「私は王女殿下の結婚を阻止したいだけですから、騎士になるつもりはありません」
「―――なるほど、これは厄介だな」
もしかして、俺が思ったより本気だったのだろうか?
一度考える姿勢をみせるべきだったかも知れない。
「まぁ良いでしょう。リーンイア公ではありませんが、私も二人のご活躍をお祈りしています」
「ええ、ありがとう」
俺が答える間もなくエクレアが答えてしまった。
でも、エドマンも俺ではなくエクレアに言ったように思える。
俺の知らないところで話が進んでいるのは知っているけど、目の前でやられると流石に面白くはない。
ただ、言ってることは何も間違っていないので、俺もお礼を返しておく。
「ありがとうございます」
「今日はこの辺にしておく。何か困ったことがあったら相談に来なさい」
「はい、そのときはよろしくお願いします」
「ではまた」
そう言ってエドマンは席を離れた。
エドマンが良い人そうで良かった。
これから討伐に向けて、防衛大臣には何度もお世話になるだろう。
◇
その後も次々とやってくる貴族の相手をした。
貴族たちがさっと引いていくのを見て、終了の時間になったことに気付いたくらいだ。
相手をするのに疲れはしたものの、皆好意的なお陰で精神的は楽だ。
俺を取り込んで立場を上げようとする貴族がいると思っていたが、それもなかった。
王が来るまでエクレアと話す。
「思っていたより、皆好意的なのですね」
「両公爵が目を光らせてるのに、あれこれ出来るわけないでしょ」
「―――なるほど、そうかも知れません」
エドマンが協力を表明することで、貴族に釘を刺したってわけか。
そう考えると偉い人からという貴族の習慣も納得だ。
下の者が分を弁えず荒らした後の尻拭いなんて誰もやりたくないだろう。
「ま、私もいたしね」
「王女殿下の前で言い出せるような勇者はいなかったというわけですね」
「それは蛮勇でしょ」
「あら、蛮勇も勇気であることには変わらないでしょう?」
俺だって傍から見れば蛮勇だと思われているだろう。
王や父が支持してくれているから体裁を保てているだけだ。
蛮勇かそうでないかなんて、結果が出てみなければ分からないことも多い。
「私たちは討伐を成功させるから、蛮勇と呼ばれることはないわね」
「当然です」
分かっている戦力だけを見ても、十分達成出来る。
足りなければ足りないでなんとか方法を考えたが、これだけいれば考える必要もない。
「王女殿下が参加してくれて助かりました」
「ふふっ、どういたしまして」
前世でもルーティの助言に助けられたことは何度もある。
姿は変わっても、俺の側にいてくれれば心強い。
「二人で協力すれば必ず達成出来ます」
「今回は頼もしい仲間もいるものね」
「はい、そうですね」
―――エクレアを一番頼りにしてるってことを言いたかったんだが、まぁ良いか。
俺に前世のような力はなくなったけど、代わりに信頼出来る仲間が増えた。
だから、記憶を取り戻したときのように、不安に思う必要もない。
「―――ほら、戻って来たわよ」
エクレアの言葉で俺は考えるのを止めて、王の方へ顔を向ける。
王はゆっくりとこちらへ歩いてきて、俺の手を引いた。
俺は立ち上がると、エクレアも後に続き、皆の方へ向く。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。これから一丸となって魔物の巣に立ち向かっていきましょう」
会場から拍手が巻き起こった。
―――簡単な挨拶だったけど、こんなんで良かったのかな?
「ルーティア嬢の言う通り、これから国を挙げて討伐へと向かう。小さな令嬢に負けることのないよう協力を頼む」
そう言えば、俺の体はまだ十歳だった。
もしかしたら、俺が小さいから見逃してくれたのかもな。
でもま、王も短いから気にしなくても良いか。
王の言葉でパーティは締められた。
どうやら、この後も残る者は残るそうだ。
国の運営のことなど、貴族だけじゃないと話せないこともあるのだろう。
俺たちにまともな貴族はいないからな。
王や父が残っているから心配する必要はない。
俺はすぐに会場を出て、屋敷へと戻った。




