第四十一話
モードレットとテオドールは貴族たちを部下に引き継いで、再び自分の持ち場へと戻った。
戻るのを待っていた王は声を上げる。
「他に何か言いたい者はいるか?」
王の言葉に部屋は静寂に包まれた。
まぁ牢に入れられると分かって文句をつけようなんて者はいないだろう。
「一つだけ、お願いをしてもよろしいですか?」
そう言って出てきたのは、マーカスだった。
「申してみよ」
「陛下、私はルーティア嬢に大変お世話になりました。どうか私も祝福することをお許しください」
「―――ふむ、好きにするが良い」
王の言葉を聞くと、マーカスは拍手を始めた。
それは少しずつ他の貴族にも伝わり、会場が拍手に包まれる。
「では、続きを行うとしよう。ルーティア・リーンイア、こちらへ」
「はい」
王の前に立ち、跪いて首を垂れる。
すると王が剣を引き抜いて肩を叩く。
「お前が望むものはなんだ?」
「はい、私が望むものは平和です。必ず魔物の討伐を成し遂げ、レダティック王国を平和にしてみせます」
「承知した。王家もお前の望みに応えるべく最大限の支援を約束しよう」
「ありがとうございます」
肩に置かれた剣が離れていくのを感じ、ゆっくりと立ち上がる。
王はどこからか取り出した勲章を俺の胸につけてくれた。
俺は一歩下がり、胸に手を当てて頭を下げる。
すると会場から拍手が巻き起こった。
俺は反転すると、胸に手を当てたままもう一度頭を下げた。
元の位置へ戻ると次はエクレアが呼ばれる。
エクレアが呼ばれたことに会場がどよめいた。
しかし、それも一瞬のことで静寂に包まれる。
「お前が望むものはなんだ?」
「私が望むものは英雄の帰還です。英雄を助け、必ずここへ連れて帰ります」
「承知した。王家の一員としてその使命、必ず果たしてみせよ」
「はい」
振り返ったエクレアと目が合う。
エクレアの目には確かな意志が宿っていた。
その次はコルツが呼ばれた。
コルツは「おう」と答えて立ち上がる。
こいつら本番でも結局言葉遣いを正す気はないらしい。
王がそのままで良いというから、その通りになってしまっている。
多分騎士の任命式でも似たようなものなのだろう。
「お前が望むものはなんだ?」
「俺が望むものは名誉だ。前回の討伐で失った名誉を取り戻させて貰う」
「承知した。今回の討伐は騎士だけでなく、貴族全体の名誉に関わる。心して臨め」
「任せておけ」
コルツが振り返ると、騎士たちが掲げた剣を高く掲げ、足を揃え直す。
床を踏み鳴らす音が会場に響き渡る。
コルツは胸に手を当て、同じように靴を鳴らして応えた。
続いてセルフィだ。
セルフィは「はい」と落ち着いて答えた。
「お前の望みはなんだ?」
「私が望むものは魔法の未来よ。魔法が役に立つことを証明するわ」
「承知した。儂は明確に答えることは出来ぬ。しかし、お主がその道を示してくれると信じよう」
「その言葉、忘れないわよ」
セルフィが振り返ると、どこからともなく光の粒が会場に振り撒かれた。
その光の粒は会場を駆け巡りながら、会場を輝かせる。
―――おいおい、こんなところで魔法を使って大丈夫なのか?
セルフィも当然のように手から光の玉を浮かべ、ふっと息を吹きかけるようにして会場へと飛ばした。
コルツもセルフィも部下に恵まれたようで何よりだ。
―――正直ちょっと羨ましい。
最後にウィルが呼ばれた。
ウィルは予想に反して「はい」と答えた。
「お前の望みはなんだ?」
「俺が望むものは継承だ。エクレールの意志を引き継ぐ」
「承知した。エクレールを死なせてしまったのは痛恨の出来事だった。今度はそうはさせぬ」
「エクレールの意志を継ぐなら、お前も仲間だ」
「何を言っておる。儂はお前より前からエクレールの仲間だ」
「言ってくれる!」
ウィルは立ち上がると、王と拳を突き合わせた。
前世で俺が良くやっていた挨拶だ。
―――そう言えば、俺のときも王とあんな風に拳を突き合わせたっけ。
全員が元の位置に戻ると、王がこちらを見る。
「お前たちの望みは確かに受け取った。ここにいる者全てが承認となり、協力していくことを約束しよう」
「ありがとうございます!」
王が席へゆっくりと座ると、大臣が前に出た。
「これにて叙勲式を終了します。パーティを準備していますので、移動をお願いします」
大臣の挨拶と共に授与式は終了した。
これで帰る貴族もいるとは思うが、俺たちは主賓としてパーティへは強制参加だ。
休む間もなく、会場へと向かう。
会場についた俺は適当な席に座って一息吐く。
「ふぅ、緊張したわ……」
「お疲れのようだけど、あなたの席はあそこよ?」
エクレアが指したのは奥のど真ん中の席だ。
「あそこは陛下が座る場所じゃないの?」
「陛下はあなたの隣に座るわよ。反対側は私」
「なんでそんなところに―――」
「主役なんだから当然でしょ」
やっぱりそうなるのか……。
でも、あそこにいたらずっと相手しなきゃいけないだろ?
少しくらい休ませて欲しい。
「座ってられるんだからそんなに大変じゃないわよ」
「でも―――」
「ほら、早く行くわよ」
エクレアに引っ張られて席に座らされる。
辺りを見回せば、会場へ訪れた貴族たちがこちらを鋭い目で見ていた。
俺は少なくともあれだけの数の相手をしないといけないわけだ。
俺が座ると横から飲み物が差し出された。
「ルーティア様、お役目ご苦労様でした」
「ええ、ありがとう」
ミーティアは授与式には出席出来ず、こちらで準備をしていた。
俺を見つけて早速着たのだろう。
しばらく休んでいると、王もやって着た。
「大分疲れているようだな」
「い、いえ、そんなことはありません!」
「気を遣わずとも良い」
「―――わかりました」
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
「儂が呼んだとは言え大分無理をさせてしまったな」
「いえ、私も納得してやりましたから」
「本来は苦労させた儂が言うことではないのだが―――、苦労をかけた」
まぁ、下の者が苦労しないようにするのが上のやるべきことだからな。
何も考えず体を動かして、ただ疲れただけならば苦労とはあまり言わない。
それが出来ず苦労させてしまったなら、それは上の者の失態でしかない。
でも、俺は納得して協力した。
それに、矢面には立たされていたけどほとんど何も喋っていない。
俺の負担が最小限で済むよう王とエクレアは行動したのだ。
「苦労をかけた」などと俺に詫びる必要はない。
「本当に気にしてませんから大丈夫です」
「そうか。今はゆっくり休んでおきなさい」
「私たちがいる間は皆手出し出来ないから安心して」
―――なるほど、偉い人の相手をしている間は他は手出しできないってわけか。
王も休んで良いと言っているし、少しくらい気を抜いても良いだろう。
「これからどうするつもりだ?」
「―――それですが、ミーティア、ウィルを呼んでくれないかしら?」
「畏まりました」
ミーティアにお願いすると、すぐにウィルを連れて戻った。
「一体何の用だ?」
「ウィル、傭兵のことを教えて欲しいの」
「ふむ、わかった」
「傭兵は普段何をしてるのかしら?」
「普段は農作業をしてる者が多い。店を出している者もいるが、ほとんど時間が取れていない」
やっぱり、今は傭兵に専念出来る者がほとんどいない。
皆忙しい合間を縫って参加しているのだ。
「陛下はこのことをご存じでしたか?」
「聞いてはいるが、詳しく知りたいとは思っていたところだ」
「彼らを戦力として使うならば、きちんと訓練をする必要があります」
訓練に無理矢理出させて、生活を疎かにさせるわけにはいかない。
それに多くが農作業をしているならば、彼らが皆戦いに出れば国全体の収穫が減ってしまう。
彼らが傭兵家業に専念出来るよう、きちんとした対策が必要だ。
「ふむ、そうだな。考える必要があるだろう」
「訓練した方が良いってのは俺も同感だ」
「既に場所は用意してある。詳細についてはウィルも含めて早い内に協議することとしよう」
「ありがとうございます」
「他にはあるか?」
訓練を始めれば連携や装備など、色々な問題が出てくるだろう。
でも、それらは実際に始めてからの方が分かりやすい。
「いつまで、というご要望はありますか?」
「これから出て行く金を考えれば……、一年以内だろう。大臣に確かめさせておく」
「お願いします」
これってつまり一年続けたら国が立ち行かなくなるってことだよな?
王の性格上、余裕など考えず本当にギリギリを言った筈だ。
「ふむ、これから忙しくなるな」
「それはお互い様です」
「儂もやらねばな。先に行かせて貰う」
王のお陰で少し休むことが出来た。
これで今日一日は持つだろう。
「ルーティア。お前、王様と仲が良いんだな」
「そうかしら?」
先ほど拳を突き合わせたウィルに言われても困る。
「―――俺も上手く説明出来るわけじゃないからな」
「それなら、分かったら教えてね」
「分かったよ。それじゃあな」
ウィルは手を振ってその場を離れた。
その瞬間、貴族たちの目がキラリと光るのを感じた。
―――お手柔らかに頼む。




