第四十話
「さぁ行くわよ―――」
俺は皆を見渡し、号令を掛けた。
「随分緊張しているようだが大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!」
そう言って精一杯強がっては見たものの、貴族の前は緊張する。
魔物と違って力で何とか出来る相手ではないからな。
「そんなに構えなくても、誰かが何とかしてくれるわ」
「ええ、任せるつもりよ」
意を決して扉の前に立つと、扉の前に立っていたモードレットとテオドールが胸に手を当てて礼をした。
そして、ゆっくりと扉が開かれる―――。
◇
あれからときが過ぎ、授与式の当日になった。
王城へは早めに到着した筈だが、既に全員揃っていた。
「あなたたち、こんなに早く来たの?」
「今日は一日予定を開けているから、やることがないんだ」
ウィルが困ったように答えた。
まぁ、ウィルの言いたいことも分かる。
俺も昨日までに準備は終わっていて、午前中は暇を持て余した。
素振りなど、多少の運動をしたものの、疲れすぎないよう抑えている。
ウィルは居心地が悪そうに何度も姿勢を確認していた。
慣れない椅子に戸惑っているようだ。
「貴族が座るような椅子はお気に召さなかったかしら?」
「あぁ、早く来たことを後悔している」
「これも経験よ」
前世の俺も慣れるまでには時間が掛かった。
何度も王が誘ってくれて、半年くらいかけてやっと慣れることが出来た。
それに比べたら、コルツやセルフィは流石は貴族といった感じだ。
「コルツはまだ着替えてないのね」
「あんな堅苦しい服、着てられるか」
元騎士のコルツは貴族の服にあまり馴染みが無いらしい。
俺が始めてコルツの元を訪れたときは着ていた筈なんだけどな。
もしかしたら普段はあまり着てないのかも知れない。
「コルツも早く着替えた方が良いわよ」
既に着替えて優雅にお茶を飲むセルフィが言った。
セルフィは割とシンプルなスーツだが、肩から腰にかけて刺繍が施されている。
隣には引きずってしまいそうなほどに長いローブが掛けられていた。
「それが魔法騎士のローブなのね」
「ええ、そうよ」
艶のある深い青色のローブには、レダティック王国の紋章が大きく描かれている。
薄い生地で出来ているようだが、かなり重そうだ。
「私もそろそろ着替えに行くわ。時間が掛かると思うから準備しておいてね」
服を着るだけならそれほど時間は掛からない。
しかし、今日は化粧をしたり長い髪を纏めたりやることは沢山ある。
それでも余裕を持って来たが、皆の面倒を見ている程の余裕はない。
「仕方がない。俺も行って来る」
「ええ、行ってらっしゃい」
セルフィが手をひらひらと振った。
「俺は少し散歩してくる」
「迷わないように、メイドと一緒に行くのよ」
「チッ、面倒くせぇな―――」
今日のセルフィは随分面倒見が良いな。
今まで王城の隅で研究を続けてきたからな。
やっと出れる晴れ舞台に気分が高揚してるのかも知れない。
ここはセルフィに任せて、俺はさっさと準備を済ませてしまおう。
ミーティアと共に部屋を出て、着替えに向かった。
―――戻ってこれたのは、式が始まるニ十分前になってからだった。
ミーティアが張り切り過ぎてあれこれとし始めた結果、こんな時間になってしまった。
「随分見違えたな」
「―――これだけ時間掛ければね」
「ふふふっ、凄く綺麗よ」
「皆もしっかり決まってるじゃない」
コルツもウィルも青系の豪華な貴族服に身を包んでいる。
ただ、コルツは豪華な刺繍も施されているため、青系っぽい雰囲気は薄いが。
俺は真っ白な貴族の服で刺繍はあまり入っていない。
リーダーとして、他とは違うことを際立たせるためだ。
その代わりあれこれと装飾が施されていて結構重い。
「ルーティア様」
「ええ、分かってるわ。皆時間だから行くわよ」
「では、ご案内いたします」
ミーティアが先頭に立ち、俺たちは謁見の間へと向かう。
そこには既に準備を済ませたエクレアが待っていた。
「随分遅かったのね?」
「ええ、気合を入れておめかししましたので」
「ふふふっ、見違えたわよ」
エクレアは当初の予定とは違う、すっきりしたドレスを着ていた。
刺繍は施されているが、裾を広げるためのパニエも着けていないし、装飾もあまりない。
「その格好でよろしいのですか?」
「あのドレスじゃ頭を下げられないじゃない」
授与式では片膝をついて跪かなければならない。
それが出来る格好にしたわけだ。
「この短期間で作らせたのですか?」
「そうよ。サーシャには悪いことをしたわ」
たった一週間で作り上げたとなると、相当な無理をした筈だ。
後でサーシャにお礼を言いに行った方が良いだろうな。
「ルーティア様、そろそろお時間です」
「分かったわ」
テオドールの言葉で俺は後ろを振り返る。
「―――さぁ行くわよ」
「随分緊張しているようだが大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!」
「そんなに構えなくても、誰かが何とかしてくれるわ」
「ええ、任せるつもりよ」
一度深呼吸をして振り返ると、モードレットとテオドールが礼をした。
そして、ゆっくりと扉が開かれる。
―――そこには大勢の貴族が整列して並んでいた。
その前には騎士たちが剣を真っすぐ掲げ道を作っている。
一番奥には王が椅子に座り、左手を掲げていた。
「―――どうぞこちらへ」
モードレットとテオドールが一歩一歩、ゆっくり歩くのに合わせて俺たちも歩く。
先頭は俺、その斜め後ろにエクレア、そこから数歩下がって三人が横に並んでいる。
謁見の間の中心に立ち止まると、モードレットとテオドールはそのまま歩みを進め、クルリと反転すると剣を真っすぐ掲げた。
それを見た俺たちは、その場に片膝をついて頭を下げる。
少しの間をおいて王が厳かに声を上げる。
「この度はよくぞ参った。先の戦いでは絶望的な軍勢に対し、ルーティア・リーンイアとその配下の者たちは勇猛果敢に立ち向かった。これはその功に報いるものである!」
折角王の格好良いところなんだが、生憎俺は頭を下げているので見えない。
練習通りなら、この後大臣が授与式の開会を宣言するはずだ。
「それではこれより、叙勲式を執り行います。ルーティア・リーンイア!」
「はい!」
名前を呼ばれた俺は真っすぐ立ち上がる。
「―――前へ」
そのまま指示に従って前へとゆっくりと歩く。
「待たれよ!」
―――もう来たのか、まだ始まって数分だぞ。
立ち止まって声のした方へ顔を向けると、数人の貴族が王の前へと出てきた。
「何事か?」
王の問いに対して、一番前の貴族が話し始める。
「叙勲の前にお聞きしたい!―――この者が先の討伐で功を挙げたというのは本当か!?」
「事実だ」
王は間を置かずきっぱりと答えた。
だが、貴族はそれに臆せず言葉を続ける。
「では、この叙勲を以て、巣の討伐を任せるという話は本当か!?」
「そうだ」
「この者にそれが出来ると!?」
「そうだ」
王は淡々と答えていく。
「私にはこのような者に出来るとは到底思えません!」
「何故そう思うのだ?」
「この者はつい先日顔見世を済ませたばかり!まだ成人してすらいない!」
「―――それだけか?」
王の静かな言葉に貴族が一瞬怯む。
だが、吐き出してしまった言葉はもう飲み込めない。
「この者はまだ貴族の常識すらも知らない!」
「ふむ、続けろ」
「公爵令嬢が王女を侍らせるなど、あってはならないことではないか!?」
―――これがエクレアが言ってた奴か。
あえて隙を作って誘い込む。
それにしても侍らせるって凄い言い方だな。
「それは確かにそうだな。―――何か弁明はあるか?」
そう言って王はこちらを向いた。
―――あれ、俺が答えるのか?
一瞬戸惑うが、後ろからすぐに声が上がる。
「陛下!それについては私から答えさせていただきます!」
「ふむ、答えよ」
エクレアが歩いて俺の前へ立ち、貴族たちと対峙する。
「ルーティア・リーンイアは英雄に成る者です」
「それで?」
「これから生まれる英雄に、王家が礼を尽くすのは当然のことです」
「―――お前はこの者にその資質があると?」
「はい、確信しております!」
なんだか既に俺が英雄になると決まったかのような言い方をされてしまった。
いや、そのつもりだけども、他人に断言されるとなんか複雑だ。
「―――だそうだが?」
王は今度は貴族へと問いかけた。
貴族は焦ったように声を上げる。
「まだ英雄になってもいない者に、そこまでの待遇を用意する必要があるのか!?」
「エクレア自身が決めたことだ。王家の者が自身の責において待遇を用意することは認められている」
それは他ならぬ王自身もやったことだ。
前世の俺―――エクレールを王の名で全面的に支援してくれていた。
「王女殿下のしたことを陛下は分かっているのか!?」
「それこそ、エクレア自身が決めるべきことだ」
一体何を言っているんだ?
王女がここでしたことに何か大きな意味でもあるのか?
「それでは外交問題に発展してしまう!」
「だから討伐するのだろう?」
「―――!!!」
貴族は悔しそうに歯噛みしている。
―――良く分からないけど、討伐しなければならない状況に持って行ったことだけは分かった。
多分、『英雄に対する王家の礼』とやらが俺の想像以上に重く、結婚どころじゃ無くなってしまうということだと思う。
「陛下、少しよろしいですか?」
静まり返った部屋にどこからか声が鳴り響く。
しばらくして前に出てきたのは父だった。
「ルーティアの父として、二人を認めるつもりです」
「そうか、ならば私から言うことは何もない」
「しかしそれでは!」
「ならばルーティアの代わりにお前が行くか?」
貴族は一瞬言葉に詰まる。
しかし、それでも諦めるつもりは無いらしい。
「そういう問題ではない!」
「―――もう良い」
王は呆れたように言い放った。
この貴族が何を勘違いしているのか知らないが、これは〝そういう問題〟なのだ。
前世では多大な犠牲の上に討伐された。
しかし、犠牲を繰り返すことなど、国として認められるわけがない。
今回の討伐ではより大規模な軍隊を編成する必要がある。
前回のように傭兵をまとめられるだけでは足りないのだ。
そのための指揮官が、たまたま俺だったというだけ。
それすらも分かっていないのでは話にならない。
王の言葉を聞いた大臣が前へ出る。
「その者たちを牢へ放り込んでおけ」
「「はっ!」」
モードレットとテオドールが掲げていた剣を素早く貴族たちに突きつけた。
貴族たちは途端に顔を青くして大人しくなる。
―――まぁこんなもんか。
ここで強気に出られるなら「自分が指揮をする」と言えただろう。
王はいつでも排除出来たのだ。
「ルーティア、この者たちに何か言うことはあるか?」
「いえ、何もありません」
俺はそう言って、騎士に連れていかれる貴族たちを見送った。
マーカスとルーカスと呼び名がブレていたのでマーカスに統一しました。
多分全部修正出来たと思います。




