第三十九話
授与式のリハーサルとは言え、皆真剣に行い恙無く進行して行く。
正直、式自体はそれほど難しいものではない。
俺が前に出て跪き、王が剣を肩に当てたら俺が口上を述べ、王がそれに返答する形で口上を述べる。
ここまでは騎士の叙任式でも行われる刀礼だ。
その後立ち上がって勲章を授与される。
勲章は手で受け取って後でつける場合もあるけど、今回は王自らつけてくれるらしい。
他の皆は刀礼のみを行い、全員終わったら王が締めて終わりだ。
式の流れは全員に説明しておいたので、口上も問題ない。
ウィルだけは若干心配していたものの、堂々と述べていた。
「お父様、練習はこのくらいで良いでしょ?」
「―――そうだな」
……俺たち、真面目にやってたんだがなぁ。
それが顔に出てしまっていたのか、エクレアがこちらをみて言い放つ。
「どうせ貴族から茶々が入ってまともに進まないわよ」
「まぁ、そうでしょうけど」
「今回は王家が決めたことだから、貴族が口出しする権利ないんだけどね」
―――そういうものなのか?
俺はそういう細かいことを知っているわけではない。
「貴族はただ参列してるだけ。でも、自分が議論する立場にいるって勘違いしてる貴族も多いわ」
「なるほど」
俺は貴族に認められるために来ているつもりだったけど、それは少し違うらしい。
多分、この授与式は王家が認めたと、貴族に周知するための式なのだろう。
ここでゴネても王家が認めたという事実は変わらない。
「ですが、貴族が文句を言って来るとは限らないのではないでしょうか?」
確かに俺たちは文句を言われるようなことを数多くしている。
しかし、それを王の前で本当にやるのか?
「確実に言って来るわよ」
答えたのはエクレアだった。
「何故でしょうか?」
「魔物の巣の一つをエクレールに取られたのよ?」
「それがどうかしたのですか?」
「貴族の面目丸潰れってこと」
―――なるほど。
民衆から信頼されなければ、貴族の立場が揺らいでしまう。
傭兵に巣を討伐されてしまったことで、大分危うくなってるんだな。
「ですが、私は貴族ですから問題ないのでは?」
「貴族〝令嬢〟ね。戦争を女にやらせる者がどこにいるのよ」
あぁ、貴族なら誰でも良いわけではないんだな。
こうなって来ると協力するのも難しい。
ただでさえ、前回の討伐では何の協力もしなかったのだ。
今回も女の後ろに隠れているのでは、信用は地に落ちるだろう。
「自分の立場が悪くなるのは嫌。でも自分が参加するのも嫌」
「だから、文句をつけて討伐自体をなくしてしまおうということですか?」
「そういうこと。下手すれば自分の首が飛ぶと分かっていてもやらずにはいられないわ」
貴族にとってはどちらを選んでも地獄なわけだ。
それなら少しでも可能性のある方を選びたくもなる。
「勿論、きちんと領地を治めていればそんなことにはならん」
「つまり声を上げるのは無能な領主だけってわけ」
まともに統治せず遊び惚けていたのであれば、ただの自業自得だ。
むしろ、そんな貴族がいたことに驚きだ。
「もっと早くに処断することは出来なかったのですか?」
「大した理由もなく処断したら、王家の立場が悪くなっちゃうからね」
エクレアの歯に着せぬ物言いには、王も苦笑した。
一番偉いからって何でもかんでも自由に出来るわけではないんだな。
フェリックスが中々処断されなかったのもそれが原因ってわけか。
「でも、今回は別よ。貴族の反対を受けたとしても、民衆の支持を得られるわ」
なるほど。より大きな者たちの支持を得られるなら問題ないってわけか。
魔物の巣が討伐されれば、今よりずっと平和になる。
そうすれば、今まで中々開発出来なかった地方の開発にお金を掛けられる。
「だからあなたたちも協力して頂戴」
「承知しました」
俺は足を引っ張る貴族など無視すれば良いと思っていた。
でも、王は違うんだな。
討伐の前に膿を全部吐き出してしまうつもりだ。
俺たちにとっても、生きて帰るために少しでも多くの協力が欲しい。
―――だが、頷いた俺に対しエクレアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「協力するって言ったわね?」
何か俺は拙いことを言ったか?
焦って考えてみるけど、何も思いつかない。
「―――はい、言いました」
何とかそう答えると、エクレアは一層笑みを深めた。
おいおい、そんな顔をされると滅茶苦茶不安になるんだが……。
「それなら式の内容を一部変更するわ!お父様、良いわよね?」
「ふむ、言ってみなさい」
「私も討伐隊の一員として、ルーティアたちと一緒に入るわ」
「―――なるほど、そういうことか」
つまり俺のコルツたちと同じように俺の後ろに並ぶってことか?
エクレアの言い方からして、ろくでもないことを考えているのは分かる。
でも、可能性が多過ぎて何が目的なのかが分からない。
「良い考えだな。それで行こう」
わけが分からない内に王も納得してしまった。
「ま、待ってください!」
「どうしたのかしら?」
「せめて説明をお願いします!」
「理由なら簡単よ。私も討伐に参加するんだから一緒に並んで当然でしょ?」
それはそうだけど、どう考えてもそんなことが目的の顔じゃなかっただろ!?
「―――本当にそれだけですか?」
「それだけよ?」
「―――本当に?」
「元々ある程度穏便に済ませようとはしてたのよ。でもあなたたちが協力してくれるなら遠慮は要らないでしょ?」
……この場合どう考えたら良いんだ?
穏便に済ませれば、貴族の反感は減らせるだろう。
でも、あえて反感を買うことで要らない貴族を炙り出せる。
どちらの方が有利になるのか俺には分からない。
後から文句を言われるのは面倒だけど、ここまで大々的に決まったのに後から文句など言えるのだろうか?
国を挙げて討伐に取り組むとなれば、民衆の支持を得られる。
そこに突然反対したらどうなるかなんて誰でも分かる筈だ。
―――俺に王とエクレアの考えは分かりそうもない。
だから、もう一度だけ念押しする。
「―――本当にそれだけですか?」
「強いて言うなら、余計な文句を減らすためよ」
「余計な文句ですか?」
「こう言ってはなんだけど、あなたたちって言いたい放題よ」
そりゃあ公爵令嬢に既に退役した騎士、何やってるのか分からない子爵、そして傭兵ではいくらでも文句をつけられてしまう。
それらを一つの大きな出来事で塗りつぶしてしまおうってことか。
「そうすることで私たちにとって有利になるのですか?」
「ええ、勿論」
そう言われてしまえば納得するしかない。
まだ分からないことはある。
だけど、有利になるのにいつまでも聞くわけにもいかない。
「分かりました」
それを聞いた王は一度深く頷いた。
「まだ何か聞きたいこと、決めておきたいことはあるか?」
そう言って王が皆に確認を取った。
俺も周りを見回してみるが、誰も声を上げることはない。
「では、本日はここまでだ。本番まで英気を養っておきなさい」
こうして、リハーサルが終わった。
謁見の間を出て迎えの馬車を待つ間、皆に話しかける。
「皆はあれで良かったかしら?」
「大丈夫だ。問題ない」
「俺は元々縁のないことだからな。意見を出せと言われても困る」
「私も問題ないけど、ルーティアはあまり良く分かってなかったみたいね?」
セルフィは楽しそうに言ってきた。
「そうね。最後のやり取りは全然分からなかったわ」
「私にも全部は分からないけど、一つだけ分かることがあるわよ」
「何かしら?」
「私たちへの文句と違って、王家への文句の方が遥かに重いわ」
―――確かにその通りだ。
同じ文句でも王家を相手に言ったとなれば全然意味が変わってくる。
「でも、それなら最初からそうしてしまえば良かったんじゃないかしら?」
「それは私にも分からないわね。コルツは分かるかしら?」
「……これは想像でしかないが、あまりに引っ掻き回せばしばらく貴族は混乱するだろう。そうすれば動き始めるまでに時間が掛かるかも知れない」
コルツの意見は納得の行く理由だ。
だが、果たしてそんな理由なのだろうか?
確かに俺は早く討伐したいと思っている。
しかし、それはそもそもエクレアの結婚を阻止したいからだ。
当事者であるエクレアが、俺たちに配慮するというのは少し変な気がする。
「他に何かあるのかしら?」
「それ以上は分からないな」
「私も分からないわよ」
それ以上は聞いても分からないようだった。
「ルーティアはどうしてそんなに気になるの?」
「えっと、それは―――何故かしら?」
セルフィに言われて、俺自身が気にし過ぎていることに気付いた。
何で俺はこんなに気になっているのだろう?
―――この体になって色々考えられるようになったから?
「ま、それだけエクレアのことを気にしてるってことよね」
「そうかも知れません」
エクレアを幸せにすることが今の俺の目的だしな。
「好きな人のことを考えるのは良いことだわ」
「そ、そこまでは言ってないわよ!」
「あら、何を今更。傍から見ててもバレバレよ?」
確かにエクレアへの気持ちを隠してるつもりはない。
だけど、エクレアの幸せを願っているだけで、恋人になりたいわけではない。
「私はただ幸せになって貰いたいだけよ」
「あなたが幸せにすれば良いじゃない」
「それは―――、相手は王女様なのよ?」
それが本当に正しいなんて分からない。
俺がどんなにエクレアのことが好きでも、それで幸せになれるわけではない。
もし後悔することになるなら、今のうちに身を引いた方が良いと思う。
「……そういうことか」
コルツが納得したように呟く。
「何かわかったのかしら?」
「―――いや、何でもない」
「あら、私もわかっちゃったわよ?」
「セルフィでも良いわ。教えなさい!」
セルフィは「んー」と少し考えてから答えた。
「やっぱり内緒」
「良いじゃないの!」
「―――私も幸せになって欲しいから」
セルフィは突然優し気な顔で俺に言った。
それは、本当に想っていると感じさせるには十分で―――。
「私が知らない方がエクレアが幸せになれるの?」
「多分ね」
「コルツもそう思う?」
「あぁ、多分な」
多分か―――。
でも、コルツとセルフィは確信を持っているように感じる。
それなら、俺も二人を信じてみよう。
「分かったわ。それならもう聞かないことにする」
「お前は討伐だけ考えていれば良い」
「そんなわけにはいかないわよ」
俺の一番の願いは討伐することではなく、エクレアが幸せになることなのだから。
でも、二人も考えてくれるなら、俺より頼りになることもあると思う。
「でも、また困ったら相談するわ」
「ええ、いつでも良いわよ」
「答えられることならな」
「ありがとう」
俺は二人にお礼を言った。
―――こうなったらなるようになれだ。
俺は討伐出来るよう最善を尽くすしかない。
どんな状況になろうとも、そこさえブレなければ何とかなる筈だ。




