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第三十七話


「以前より随分健康な体になってますね」

「いっぱい食べていっぱい運動したからね」


 前に訪れたときから、ほぼ毎日訓練をしている。

 それだけやっていれば全く変化しない方がおかしい。

 でも、それはつまり俺の体が女性らしくなっているということで……。

 俺が女性であることを嫌でも意識してしまう。


 いくらエクレールの記憶があるとは言え、ただの記憶でしかない。

 自分が男性だという意識は以前より薄くなっている。

 それ自体はどうでもいい。

 この先長い人生を続けるのであれば、男性の心など不要なのだから。


「ルーティア様?お加減が優れないのですか?」

「えーと、エクレアのことを考えていたわ」


 ミーティアは納得したように頷く。


「あれだけ迫られれば、ルーティア様でも心が動いてしまいますか?」

「―――少しだけね」


 エクレアは女性同士でも構わないといった感じだ。

 俺も女性の感覚に近くなったとき、エクレアと同じように思えるのだろうか?


「同性を囲う貴族もいますから、あまり気にせずともよろしいかと思います」

「それは、変わった趣味ね」

「同性なら子供は出来ませんから」


 子供が出来なければ、相続問題にも発展しないってことか。

 同性同士なら自由に恋愛が出来るとしたら、その方が良いという貴族もいるのかもな。


「結婚に失敗すると同性愛に目覚めやすいらしいですよ?」

「そ、そうなんだ―――」


 エクレアは俺をエクレールだと思ってるから、それには当てはまらない筈だが……。

 でも、望まない結婚を強いられたことで、俺が女性でも構わないってなってたりするかもしれない。


「今はまだ大変な時期ですから、落ち着いてから答えを出せば良いのではないでしょうか」

「ええ、そうよね」


 討伐を達成すれば大きく状況が変わるだろう。

 なってみなければ分かりようがない。

 そういうのは討伐した後で良い。


「ところで、サーシャ」

「なんでしょうか?」

「あなた、うちへ来る気ないかしら?」


 気分を変えるためにサーシャを誘った。


「それってつまり―――」

「ええ、専属にならない?」


 まぁ専属と言っても俺の服だけを作るのでは物足りないだろう。

 そのときはエクレアの分を作って貰ってもいいし、俺の家族の服を作っても良い。


「それは嬉しいのですが、私で良いのですか?」

「この前のドレスはサーシャ以外に作れたか分からないしね」


 店員の対応を見るに、他の仕立て人も難色を示していた可能性が高い。

 多分、貴族と血縁関係を持つ者も結構いるのではないだろうか?

 そんなプライドの高い仕立て人は、あんな変わり種のドレスなど作りたがらなかっただろう。


「―――少し考えさせて貰っても良いですか?」

「ええ、良いわよ」


 慣れた作業場の方がやりやすかったりするのかもな。

 俺も元からそれほど期待しているわけではない。

 わざわざ専属にしなくとも、ここへ来ればいつでも服を作って貰える。


「採寸終わりました」

「ありがとう。一応考えておいてね」

「はい、分かりました」


 部屋を出ると、代わりにエクレアが中へと入った。

 空いている椅子に座る。


「随分早かったな」


 ウィルが声を掛けてきた。

 そう言えばウィルがこういう店に来るのは初めてだったな。


「採寸だけだもの。こんなものよ」

「そんなもんか」


 採寸するだけなら服を着たままでも出来る。

 今回作るのは下着ではないから尚更だ。


「ウィルも鎧を作るときに採寸したことくらいあるんじゃないの?」

「俺が作ったときは……、あぁそう言えばあのときはインナー込みだったな」


 鎧の下に着るインナーはある程度ピッタリしていないと、擦れて皮膚がめくれたりする。

 インナーは下着と似たようなものだからしっかり採寸したのだろう。


「そ、下着じゃなければぴったりである必要はないわ」

「女の子が下着とか人前で言ったら駄目よ?」


 セルフィが横から注意して来た。

 いや、そんなこと言われてもな。それ以外に言いようがない。


「そう言えば、セルフィはドレスじゃなくて良かったの?」

「私は上から魔法使い用のローブを羽織るから、気合を入れて作っても目立たないのよね」

「それ、着ないと駄目なの?」

「一応魔法騎士団の正装ってことになってるから、着ないわけにはいかないわね」


 騎士団の鎧みたいなものがあるってわけか。

 それは着ないわけにはいかない。


「でも、なんでローブなのかしら?」

「魔法を研究し始めた頃は、身振り手振りで魔法の威力を高めてたのよ。―――こんな感じでね」


 セルフィはそう言いながら、指先で星形のマークを作る。

 へぇ、今は簡単に使えるようになってるけど、そんな歴史もあるんだな。


「ローブはこれを隠すために着るってわけ。一応国家機密だから盗まれちゃいけないからね」

「今は必要ないわけだし、廃止しても良いんじゃないの?」

「そうでもないわよ。必要無くてもやれば相手に誤解させることも出来るわ」


 魔法の研究を始めるに当たっては、これが戦争に繋がることも覚悟していただろう。

 外交で戦争になる可能性は減ったといっても、ゼロというわけではない。


「セルフィは今後戦争になることはあると思う?」

「あるかもと思ってるわ。ローデンフェルト次第だけどね」

「―――やっぱりそうなのね」

「ま、仮に攻められても、魔法で返り討ちよ」


 ―――本当にそうだろうか?

 ローデンフェルトが魔法の研究をしていない保証はない。


「ローデンフェルトが魔法の研究をしていたら?」

「それは無いんじゃないかしら」

「そうなの?」

「他国は魔力が薄いもの。研究しても中々進まないんじゃないかしら」


 ―――なるほど。

 巣が空気中の魔力の多くを集めてしまうから、他国には魔力がほとんどないんだな。

 でも、俺は空気中の魔力を使わなくとも魔法を使えているぞ?


「私たちの中にも魔力はあるでしょ?」

「そうだけど、体内の魔力だけだと弓とそんなに変わらないわよ」


 確かにその通りだ。

 魔法を使っても弓と変わらないのであれば研究する意味は薄い。

 つまり、核を破壊してしまうまでは大した研究はされないってことか。


「ということは、ローデンフェルトが〝賢ければ〟攻めては来ないってことね」

「ええ、少なくとも十年は安泰よ」


 その間に魔法の禁止条約を締結してしまおうってわけだな。

 そして条約を締結しても、こちらに技術が残っている間は攻め込むことは出来ないと。


「―――魔法か」


 話を聞いていたウィルが呟いた。


「やっぱりウィルは魔法を許せないかしら?」

「いや、魔法は神の御業だ。それを使えるようになったことには相応の意味がある」

「神様が許したから使えるようになったってこと?」

「その通りだ。もし神の怒りに触れたのであれば、既に天罰が下っているだろう」


 確かにそういう考えも出来るか。

 俺はウィルほどの信仰心があるわけじゃない。

 ただ、俺を転生させた神が本当にいるとすれば、俺が足掻いた末に得た力を認めないことはないと思う。

 そうじゃなきゃ試練にならないし、俺に嫌がらせをするために転生させたってことになる。


「―――それなら安心ね」

「さっきから討伐の後のことばかり考えているけど、どうしてかしら?」

「それは―――」


 それは前世の俺が死んだことで、俺の望まなかった結果にもなってしまったからだろう。

 俺の死を悲しんでいる者が数多くいることを知ったし、それは他の傭兵たちも一緒だ。

 それに多くの傭兵を失ってしまったことで、苦労を強いられた者もいる筈。


 ―――あれで本当に良かったのか、今の俺には分からない。

 だから今度は不幸が出来る限り少なくなって欲しい。


「これでも一応公爵令嬢だもの。知っておいて損はないわよ」

「ルーティアはそんなことより結婚相手を探した方が良いわよ?」

「今は結婚のことなんて考えられないわ。そういうのは討伐してからで良いじゃない」


 大体俺はまだ顔見世を済ませたばかりだぞ。

 正式なデビュタントまで四年以上もある。

 結婚相手を探すのなんてその後でも良い。


「こいつに結婚相手なんて現れると思うか?」


 横からコルツが口を出してくる。

 かなり失礼なことを言っているが、割と事実なんだよな。

 結婚相手を探すってことは討伐を成功させたってことで―――。

 男より強い女と結婚したいなんて思う貴族がいるかどうか。


「―――公爵家の力できっと何とかなるわ」

「完全に他人任せだな」

「あら、ルーティアにはきっと良い人が見つかるわよ」

「そういうセルフィは結婚してるの?」

「私は結婚なんて全然興味ないわ」


 セルフィは事も無げに言った。

 まぁセルフィは魔法が恋人みたいなものだし仕方がないか。


「ま、いざとなったら私がルーティアと結婚するから大丈夫よ」

「―――何を言ってるの」


 今の俺はとんでもない呆れ顔をしていることだろう。

 

「何ってそのままの意味よ?あなたも魔法を使えるし、気兼ねなく付き合っていけるわ」

「冗談は良いから―――」

「あら、お姫様にあれだけ言い寄られてるあなたが言うのかしら?」


 うっ、それを言われると弱い―――。


「わ、私は普通のつもりです」

「でもまんざらでもないように見えるけど?」

「普通ったら普通よ!」


 セルフィはニヤニヤとこちらを見てくる。


「ま、まぁ女同士でも良いんじゃないか?」


 コルツは変なフォローしないでくれ!

 いくら俺たちが前世で付き合ってたからって、今世でも同じになるとは限らないだろ!


 ―――エクレアはいつまで採寸をしてるんだ!?

 いくらドレスだからってそろそろ終わっても良い頃合いだ。

 早く、早く―――。


 俺の願いが届いたのか、カチャリと扉が開く音がした。


「次はセルフィよ!早く行きなさい!」


 俺が慌ててそう言うと、セルフィは笑いを堪えたまま席を立った。

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