第三十六話
皆を連れ立って、仕立て屋を訪れた。
顔見世のときにドレスを作って貰った店である。
「俺たちは外で待ってる」
そんなことをコルツが言ってきた。
まぁ確かに、街中用の軽装とは言え鎧を着て入るような店ではない。
だがモードレットやテオドールと違い、コルツは授与式に出て貰う予定だ。
「コルツは一緒に出て貰うんだから駄目よ」
「……チッ、仕方ねーな」
コルツは肺の中身を全部出したんじゃないかと思えるくらい深い溜息を吐く。
お前は曲がりなりにも貴族なんだから、そこまで嫌がる必要ないだろ。
コルツを無理矢理引っ張るようにして店の中へ入る。
店へ入ると、店員が一瞬嫌そうな顔をした。
気持ちは分からんでもないが、ここは王家も使うような店だぞ?
いや、王家が使うような店だからこそ、こんな客が訪れることが無かったのかもな。
「ようこそいらっしゃいました!本日はどのようなご用件で?」
「サーシャを連れてきなさい」
顔見世のときに作って貰ったドレスは良い出来だった。
今回もサーシャに作って貰うつもりだ。
「こちらにはもっと腕の良い職人が沢山おりますが……」
俺は後ろを指差して、店員に問う。
「その腕の良い職人に、彼らの服を作って貰えるのかしら?」
「わ、わかりました。すぐに連れて参ります」
そう言うと店員は慌てて奥に引っ込んで行った。
隣でエクレアが溜息を吐きながら呟く。
「あーいうのを見ると、上客しか訪れないってのも考え物ね」
「貴族は横暴な人が多そうだけど、それよりも傭兵の相手は嫌なのかしら?」
「ま、横暴っていうなら私たちもよっぽどだけどね」
確かに、いきなり仕立て人を呼べなんて言う客はほとんどいないだろう。
仕立て人は仕立て人であって、客の相手をするのが仕事ではない。
でも、俺はサーシャの対応に一切文句は無い。
店員を介してやり取りをするより、ずっと話が早い。
「……どうにかしてサーシャを引き抜けないかしら」
「専属にした方がいちいち店員の相手をしなくて良い分楽よね」
俺はエクレアと共にうーんと唸る。
確かに引き抜くことは出来なくもない。
だけど、そうすると店の売り上げは確実に落ちてしまうわけで……。
貴族向けの飲食店が無いように、仕立て屋も無くなってしまうかも知れないんだよな。
そんなことを考えていると、店員がサーシャを連れて戻ってきた。
「サーシャ!久しぶりね!」
「ルーティアさんにエクレアさんも!お久しぶりです!」
「今日もお願いしするわ。よろしくね」
「はい!こちらこそお願いします!」
ドレス制作のときに何度も話したお陰か、サーシャは以前のように緊張することは無くなっていた。
「今日は後ろの三人の分もお願いしたいんだけど出来るかしら?」
「豪華なドレスは難しいですけど、それ以外なら大丈夫です」
「それなら大丈夫そうね」
「では、作業場に案内しますので、こちらへどうぞ」
―――それにしても随分対応が上手になっているような?
隣で冷や汗を掻く店員よりも良いと思う。
どこかでコッソリ練習でもしたのだろうか。
サーシャに連れられて作業場へ行くと、サーシャは早速とばかりに声を掛けてくる。
「どのような服を作れば良いのですか?」
「今回は普通の服よ。でも、男性が着るような服が良いわね」
「それは普通ではないと思いますが……」
今回は討伐に行けるってことのアピールもしないといけないからな。
ヒラヒラのドレスを着て戦争に参加する者はいない。
「私ね、今度戦争に参加することになったのよ」
「―――それって、魔物の討伐ですよね?」
「あら、知っていたの?」
「いえ、あの、ルーティアさんのことが気になって、噂とか少し調べたんです」
なるほど、俺が防衛で指揮を執ったことは、ここら辺に住む者たちも知っているんだな。
「今日連れて来たのは、その討伐に参加する仲間よ」
「そうだったんですね」
「ええ、そのお披露目式に参加するから豪華なものをお願いね」
「ルーティアが主役だから一番豪華にしてあげてね」
エクレアがそんなことを言う。
もう以前のように重い服が着れないなんてことはない。
一日くらいなら身体強化を使えば十分乗り切れる。
だから、自信を持って答える。
「ええ、お願いね」
「分かりました」
「あ、私は豪華でなくても良いからドレスでお願いね」
「あら、エクレアはドレスなのね?」
「一応王女だからね。来た人をもてなしたりもしないといけないのよ」
「お、王女様なのですか!?」
サーシャが驚いたように声を上げる。
「あら、言ってなかったかしら?」
「き、聞いてません!」
「気にしなくて良いわよ。気に入らないことがあったら、もっとずっと前に言ってるわ」
エクレアが事も無げに言うと、サーシャは一瞬悩んだ素振りを見せるが、時間を掛けることなく答える。
「―――そうかも知れません」
「サーシャのそういう豪胆なところ、結構好きよ」
「細かいことを考えられないだけですよ」
サーシャは苦笑しながら答えた。
興味があること以外あまり深く考えないのは、セルフィに良く似ているかも知れない。
というか、俺の周りに集まる面々は多かれ少なかれそういう部分がある。
「でも、エクレアさんが主役ではないんですね?」
「私はやらなければならないことがいっぱいあるから、討伐だけに掛かりきりにはなれないのよ」
「はぁ、王女様ともなればやっぱり忙しいんですねー」
その言い方はちょっと豪胆する気がしなくもないけど、下手に畏まられるよりは良い。
「まだ聞きたいことはある?」
「後ろの人たちも主役ではないんですね。やっぱり偉い人がなるのが普通なんですか?」
サーシャがそう言うと、後ろから少し困ったような雰囲気が漂ってくる。
そりゃあ、こんな子供に任せて後ろにいるのは大人としてどうなんだと思うところはある。
「それは―――、運命ってやつなのかもね」
俺はウィルの言葉を借りて答える。
「運命、ですか?」
「たまたま私がお願いをしに行って、彼らはそれに答えてくれた。でも順番が逆になって、私が協力する側になっていたかも知れないわ」
「……いや、これはお前じゃなきゃ出来なかっただろ」
「そうよ。私が討伐したいって思ったとしても、説得は出来なかったわ」
コルツとセルフィがそんなことを言って来た。
んー、そうかなぁ?
コルツもセルフィも矜持を心に持っている。
だから俺は彼らを仲間にしようと思った。
彼らが言って来れば、きっと俺は賛同し協力していたと思う。
「ウィルはどう思う?」
「この二人が言って来たら協力したかってことだろ?それなら多分協力しただろうな」
「やっぱりそうよね?」
傭兵のウィルは貴族を嫌っているから、誰でも協力するわけではない。
そんなウィルが協力すると言うなら俺の意見は正しいってことだ。
「俺もそうだろうが、ここにいる者たちからはエクレールの面影を感じる」
「えっそうなの?」
「あぁ、彼の意志を継ぐ者ならば、俺は協力しただろう」
俺が色んな人に影響を与えた?
そう言われると何だか恥ずかしい。
「だが、その未来は見えないな。無鉄砲に突撃するところがお前との大きな違いだ」
考えなしみたいに言われるのは流石に心外なんだが?
俺だってそれなりに考えて、これが一番良いと思ったからやっている。
だが、コルツもセルフィもうんうんと頷いている。
お前ら、後で覚えて置けよ―――!
「皆さん仲が良いんですね」
サーシャが「ふふふっ」と笑いながら言った。
まぁ仲が良いのはその通りなんだろうけど、今は認めたくない気持ちの方が強い。
だが、サーシャはそんな俺を無視して続ける。
「皆さんのことは分かりました。では、少しお待ちください」
そういうと、机に向かって前と同じように描き始めた。
恐らく服のデッサンを描いているのだろう。
前よりも人数が多いから時間が掛かる。
俺たちはサーシャの邪魔をしないよう、座って待った。
「出来ました!」
そう言ってこちらに向けた紙には予想通り服が描かれていた。
エクレアだけドレスで、他は男性用の格好だ。
どれも豪華な装飾が施されていて、式で着るのも申し分ない。
「―――俺がこんな豪華な服を着るのか?」
「これでも結構抑えた方だと思うわよ」
不満を漏らすウィルをエクレアが諭した。
「私は服装にはあまり明るくないけど、エクレアが言うなら本当のことよ」
「なるべく善処した上でこれってわけか……」
ウィルは納得したのか、がっくりと肩を落とした。
こればっかりはどうしようもない。
「ま、これでも何か言われるようだったら、それは私への宣戦布告ね」
「あら、私への宣戦布告でもあるわよ?」
「あら怖いわね。でも文句を言う貴族はきっといるわよ?」
本当にそんなことをする貴族がいるのだろうか?
俺はまぁ公爵令嬢だから甘く見られるのも仕方がないとして、王女を敵に回すことになる。
それはもう馬鹿としか言いようがないが、それでもプライドを守るために言わずにはいられないんだろうな。
「貴族ってのは面倒なしがらみがあるんだな」
「相手をせず無視するのが一番よ」
しみじみと言うウィルにセルフィが答えた。
こんなことを言う辺り、セルフィも風当たりが強かったのだろう。
ここにいる面々は多かれ少なかれ、そんな経験がありそうだが。
「サーシャ、採寸しなくて良いのかしら?」
この話が方々に飛び火しない内に話を変える。
少し焦って言ってしまったが、ウィルは何かを感じ取ったのか一度ニヤリと笑った。
「そうですね。それでは一人ずつお願いします」
「それじゃあ、私から行くわ」
「私もお供します」
今日はずっと後ろで静かに控えていたミーティアが、ここぞとばかりに声を上げた。
―――最近のミーティアは風格があるというか、ちょっと怖い。
あまり俺の話には口を出さず、ずっと静かに付いて来ている。
それがメイドの在り方といえばそれまでなのだが……。
かと思えばセルフィの指導を物凄く真剣に受けていたりする。
―――ミーティアの心の中に大きな覚悟がある気がしてならない。
目標を持つことは良いことだけど、それが負担になってはいないだろうか?
「ええ、それじゃあ一緒に行きましょう」
たまには息抜きもした方が良い。
俺はミーティアの手を引いて、採寸へと向かった。




