第三十五話
「えっ、皆も行くの?」
訓練が終わったところで昼の話を切り出すと、そんな言葉が返ってきた。
「あら、オーナーの私がいれば何かとお得よ?」
「それはそうだけど―――」
そういえば、あの店はセルフィが出資してるんだったっけ。
でも、貴族が行くような場所ではないと思うんだけど……。
そう思って面々を眺めた。
エクレアは元々俺と同じく傭兵だし、コルツたちは騎士団だから貴族ほど豪華な食事はしていない。
残るセルフィはオーナーと。
なんだ、全然問題ないじゃないか。
なんならついでに服を仕立てに行った方が効率が良い。
「よくよく考えたら、この中に普通の貴族はいなかったわね」
「やっと気づいたのね」
エクレアがそんなことを言った。
コルツも深く頷きながら答える。
「討伐に参加しようなんていう貴族が普通なわけないからな」
「コルツ元団長は怖いものなしですか―――」
テオドールが呆れたように呟く。
まぁ王女に対する言葉じゃないからな。
でもコルツはエクレアがルーティであることを知ってるから、怖いものなしってわけではない。
「問題ないなら、後は店に言ってから話さない?」
「あ、一つだけ。皆で行くならついでに式で着る服を仕立てに行っても良いかしら?」
「そうだったわね。そうしましょ」
エクレアが同意したので、話を一端止めて店へと向かうことになった。
◇
「オ、オーナー様、いらっしゃいませ!」
「今日はただの付き添いだから、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
店に入るなり、店員とセルフィがそんなやり取りを始めた。
俺はそれを無視して早速辺りを見回すがウィルの姿はない。
―――まぁいきなり会えるとは思っていない。
会えるまで来続ければ、いつかは会える筈だ。
今日のところは諦めて、緊張した様子の店員に連れられて奥のテーブルに座った。
注文をすると、しばらくして料理が運ばれてくる。
「卵料理なんて珍しいわね」
エクレアが驚きの声を上げる。
隣に座ったセルフィがコッソリと囁くように答える。
「ここ、実は魔法技術を使ってるの」
なるほど、前回来たときは不思議に思ったが、種明かしをされればそれ以外に考えられない。
「人が誰でも持ってるようなちょっとした魔力を種に火を熾して、後は空気中の魔力を使って燃え続けるの」
「それってもしかして、木や炭が全く必要ないのかしら?」
「そうね、作るのは大変だけど一度設置してしまえば、ほとんどコストは掛からないわ」
もしこれが一般化されれば物凄く便利になる。
ただ、討伐の後魔法が禁止されるとエクレアは言っていた。
この技術もいずれは禁止されてしまうのだろう。
「―――惜しいわね」
「まだ分からないわよ」
セルフィがそんなことを言った。
流石に国同士の取り決めが簡単に覆る筈がない。
でも、セルフィには確信があるように感じる。
「そうなの?」
「魔力が溜まることで魔物が発生するなら、どこかで消費しないといけないでしょ?」
―――確かに、その通りだ。
魔物の巣の核には魔力を吸収する性質がある。
核が無くなっても魔力が無くならなければ、魔物は発生してしまう。
それどころか、そこら中で魔物が発生してしまうかも知れない。
「私たちは魔力についてもっと知る必要があるかもね」
「―――ええ、出来れば研究を続けたいわ」
呟くように言うセルフィに、エクレアが答える。
「それは今後の話し合い次第ね」
研究すれば戦争に転化出来てしまうからな。
でも、魔物がそこら中で湧くと、今以上に問題になってしまう可能性もある。
それらも含めて今後の状況次第ってわけか。
「さっきからこそこそと何話してるんだ?」
「女同士でしか話せないこともあるのよ」
モードレットの言葉に対し、エクレアが事も無げにそう答えた。
こう言われてしまってはモードレットが言い返すのは難しい。
「だがよ。折角皆で来たんだし、皆で話したいだろ?」
「ふふっ、冗談よ」
―――そのとき、カランカランとカウベルの音が鳴り、客の到来を告げる。
そこには会うことを諦めていたウィルが立っていた。
ウィルはこちらへと真っすぐ歩いて来る。
「―――何か用か?」
「あら、もしかして連絡が行くようにしてくれてたのかしら?」
「そこまではしてなかったんだが、貴族が大勢来たってなると大ごとだからな」
ウィルを探してると思って誰かが連絡してくれたってわけか。
結果的に大勢で来て大正解だったわけだ。
「まぁ良いわ。とりあえず座って頂戴」
俺が席を示すと、ウィルは臆することなく座った。
「先に紹介した方が良いわね。こちらはウィル、傭兵をまとめている人よ。こちらは―――」
そう言ってウィルに仲間を紹介をした。
「へぇ、あなたが噂のウィルなのね」
「王女様に知られてるとは光栄だな」
出会っていきなり挑発するか?普通。
まぁエクレアは前世からウィルのことを知っていただろうし、何か思うところがあるのだろう。
―――例えば、どれだけ成長したか気になったとか。
気を取り直してウィルに声を掛ける。
「すぐに会えて良かったわ」
「これも運命ってやつだろう」
まーた信仰の強そうなこと言ってるな。
でもまぁ、毎回都合良く会えているのも本当のことだ。
ついでだからこの前のお礼を言っておこう。
「そうね、防衛のときはあなたがいて助かったわ」
「お前は知らんが、俺がいたのは偶然じゃないぞ」
「どういうこと?」
「俺は元々魔物と戦えるほど強くなかったからな。必死に情報を集めたんだ」
ウィルがどんな情報を集めたのかは分からない。
でも、もしあの場にいたのが偶然じゃないとしたら、その答えは一つしかない。
「もしかして、ウィルは襲撃を予測出来るのかしら?」
「あぁ、大規模な襲撃が来ることは分かっていた。流石にあそこまでの規模になるのは予想外だったがな」
……それが周知されていればあんな危険な目に遭うことも無かったんじゃないか?
そんな言葉が口にまで出掛かったけど、必死に押し留める。
こんなことを言ってもウィルを怒らせるだけで意味がない。
傭兵の言葉を貴族が信じたかは怪しい。
何より、ウィルが貴族を信じられていないならどうしようもない。
「―――次は私にも教えてくれるかしら?」
「お前が信じてくれるならな」
俺が信じてくれるなら、か。
あのひよっこだったウィルが必死で出した答えなんだろ?
俺が信じないわけがない。
ならば、やっぱりウィルに信じて貰わないといけないな。
「今日はそのことで話しに来たの」
そうしてウィルに授与式のことを説明する。
だがウィルは困惑の表情を浮かべた。
まぁそれも当然か。傭兵を連れて行けば貴族は反発するだろうしな。
「本当に良いのか?」
「ええ、大事な式に連れて行けば、私があなたを信じることの証明になるでしょ」
俺がそう言うと、ウィルはエクレアを見る。
「王女様もそれで良いのか?」
「ええ、問題ないわ」
「他はどうなんだ?」
「どうせ傭兵の協力も必要なんだ。反対する意味がない」
「ルーティアが誰を選ぼうとどうでも良いわ」
コルツとセルフィがそう答えた。
二人は元から自分の役割以外あまり興味がないからな。
傭兵が参加したところで何も変わらない。
「俺たちは姫さんの警護だから気にしないでくれ」
「今は意見を言っても良いと思いますが―――」
「そうは言っても俺たちはただの騎士だ。指揮官がやるつったらやるんだよ」
テオドールがそう言うことじゃないって顔をしている。
まぁウィルは貴族がどう思うかを知りたいんだろうからな。
溜息を吐いてウィルの問いに答える。
「貴族は文句を言うでしょうね。ですが、出た方が良いと思いますよ」
「―――そうか」
ウィルはテオドールの言葉で一応納得したようだ。
今がウィルを説得するチャンスで合ってる筈。
「ウィル、改めて言うわ。私の仲間になって」
「あぁ、それは構わない。だがそこまでする理由は一体何なんだ?」
ウィルは波風を立てず、裏から協力すれば十分だと思っているのだろう。
確かに、貴族の知らないところで進めた方が軋轢は少なくて済む。
でも、それでは俺の気が済まない。
協力するなら堂々と前に出て、皆に認められて欲しい。
「私にとって大して協力しない貴族より、一緒に戦ってくれる傭兵の方が大事だもの。それを皆に知って貰わなきゃね」
「ふん、宣戦布告でもするみたいだな」
「そう取って貰って構わないわ」
これで貴族が協力を断るなら仕方がない。
後からあれこれ言われるより、最初から関係を切っておいた方が楽だ。
当初より大分余裕が出来たとは言え、律儀に全員の相手をしている時間はない。
「分かった。それで俺はどうすれば良い?」
「詳しいことはまた説明するけど、とりあえずこの後皆で服を仕立てに行くわ。あなたも来て頂戴」
それを聞いたウィルは心底嫌そうな顔をする。
それから何を考えたのか、苦虫を噛み潰したように答えた。
「チッ、仕方がない。協力するって言っちまったからな」
「ありがとう。理解が早くて助かるわ」
俺が意識して笑って答えると、ウィルは諦めたように言った。
「―――なるべく普通のにしてくれ」
「善処はするわ」
善処すると言っても最低限の基準はある。
顔見世のように子供だからで許されることもないだろう。
「決まったならウィルの心が変わらない内にさっさと行きましょ?」
見計らったかのようにエクレアが言った。
こういうところは本当に抜かりが無い。
エクレアの提案に皆が頷き、席を立った。




