第三十四話
あれから屋敷へと戻り、渡された書類を読んだ。
ほとんど想像通りだったのだが……。
一つだけ気になったことがあった。
それは随伴者だ。
勲章の授与は俺一人ではなく、何人か連れて行くことが許されている。
一緒に参加した者が俺の腹心として認知されることになる。
コルツとセルフィは多分何も言わずとも来るだろう。
―――ここにウィルを入れることは出来ないだろうか?
ウィルは傭兵たちをまとめている。
今回の戦いでは騎士や兵士だけでなく、傭兵にも協力を仰ぐつもりだ。
それを広く認知させるためにも、是非とも参加して貰いたい。
だが、ウィルに連絡を取る方法が無い。
ここはやはりこの前の店に行くしかないだろう。
「誰かに指示するのではいけないのですか?」
ミーティアがそんなことを言った。
確かに、わざわざ自分が出向かずとも、屋敷の人間を使って店に言伝を頼めばそれで問題ない。
それが貴族として当たり前のやり方だ。
だが、それで俺の気持ちが伝わるとは思えない。
多分ウィルは「柄じゃない」などと言って断る気がする。
思い返してみれば王も本当に大事なことは自分が出向いていた。
だからと言って、王都の端にある俺の家まで足を運ぶのは流石にどうかと思ったが。
俺はそのとき申し訳ないと思いつつも嬉しかったんだよな……。
俺が討伐することを決めたのは、そうやって王が良くしてくれたのもある。
そういう気持ちって結構伝わると思うのだ。
「いえ、大事なことだもの。私自身が行かなきゃ駄目よ」
「―――無用な気遣いでした。申し訳ございません」
「気にしないで良いわ。私も普通はやらないと思うしね」
いつもいるとは限らないが……。
住んでる場所を知らない以上、店に来るまで行くしかない。
「明日からお昼は毎日行くわよ」
「承知いたしました。それでは手配しておきます」
正式な式典であれば、新たに服を仕立てなくてはならないし、儀礼用の剣も作る必要がある。
どうせ何度も外に出ることになるから、それほど手間ではない。
そう言えばコルツやセルフィの分も用意しないとな。出来ればウィルの分も。
ウィルにも用意するなら、早めに見つかってくれると助かる。
「明日から忙しくなりそうだし、今日は早めに寝るわ」
「お休みなさいませ」
次の日、いつものように訓練の準備をしていると何やら屋敷が騒がしい。
メイドたちが慌てて父を呼びに行っている。
「……」
あー、なんとなく分かってしまった。
俺もすぐに外へ出ないと。
急いで準備をして外へ出ると、そこには予想通りエクレアがいた。
「おはよう!」
「おはようございます。もう説得したのですね……」
いくらなんでも早すぎないか?昨日の今日だぞ……。
まぁここにいるってことは事実だし、分からないことを気にしても仕方がない。
「ルーティア!久しぶりだな!」
「ルーティア様、先日は助かりました」
モードレットとテオドールまでいるし。
いや、王女が来るとなればこのくらいの警護は当たり前か。
「もしかして、二人も一緒に訓練するのかしら?」
「そのつもりだぜ。コルツ先輩には世話になったしな」
「丁度良い。お前らがどれだけ腕を上げたか見てやる」
「お手柔らかにお願いします」
コルツも久方ぶりの部下の登場に大分乗り気だ。
この前の防衛で顔を合わせた筈だが、一緒に訓練をするとなると違うらしい。
「暑苦しいのが増えたわね。彼らは勝手にやらせて、少し話さない?」
「そうしよっか」
エクレアが同意したので、始まってもいないが休憩に入る。
コルツたちは既に剣を振り回し始めている。
「大怪我だけはしないようにしてね!」
一応大声で言っておく。
まだ大怪我を治す自信はないからな。
二人も魔法のことは知っていたようで、「分かった!」とか「お願いします!」なんて言葉が返ってきた。
三人でテーブルに座ると、最初にセルフィが口を開く。
「お姫様がここへ来たってことは、魔法も覚えるつもりなのよね?」
「ええ、当然よ」
「魔法のことを知っていたのですか?」
「私が知ったのはつい最近ね。ルーティアが防衛に成功した後くらいかしら?」
討伐に一切関係ないまま他国へ嫁いでしまうなら魔法を知る必要はない。
しかし、先の戦いで状況は一変した。
討伐がいつかの話ではなくなったからだ。
嫁ぐ前に討伐を達成出来るならば、エクレアがこの地を離れる必要もなくなる。
そこへエクレア自身も討伐に参加すると言ったのだろう。
エクレアは「死ぬときは一緒だ」と言っていた。
他国へ嫁いでしまえばどうしようもなくなってしまうが、多分、ずっと前から参加するつもりでいたんじゃないだろうか。
そうして王の説得をしている内に、魔法の話も出たのだ。
―――もしかしたら、俺に言ったときにはもう既に説得は済んでいたのかもな。
「ま、王様も納得済みでしょうから、教えるのは良いんだけど―――」
「何かしら?」
「あなたも既に魔法を使えるんじゃないかしら?」
エクレアも前世の記憶があるからな。
きっと、俺と同じように身体強化を自然に使えるようになっているのだろう。
「そうなの?魔法を使ってる感覚全くないんだけど」
「息を吸うように身体強化を使えるのって本来は達人の域の筈なんだけど、あなたたちって本当に不思議ね」
「ってことはルーティアもそうなのね?」
エクレアもこの魔法が前世由来であることに思い当たったのだろう。
こちらを見てニヤニヤと笑っている。
「ええ、私も無意識に使っていたようです」
「―――ねぇ、いちいち言葉遣いを変えるの面倒じゃない?」
あぁ、エクレアにだけ丁寧に喋ることか。
貴族の生活である程度は慣れてるし、別に大変ってほどでもない。
「でも、これから一緒に訓練してると咄嗟の切り替えとか大変でしょ?」
「―――まぁ、そうかも知れません」
「なら、ここでは気にしないってことにしましょ」
確かに、一対一ならまだしも複数になると咄嗟の使い分けは難しい。
使い分けを間違えて揶揄われたり注意されるのも面倒だ。
「―――分かったわ。これで良いかしら?」
エクレアは肩の前で両こぶしをぎゅっと握って嬉しそうにする。
なんだか、このままなし崩し的に全部了解させられそうで怖いな。
「話を戻すけど、お姫様も自然に身体強化を使えているわ」
「ところで、それってどのくらい凄いことなの?」
凄い凄いって言われても、実際にどれくらい凄いのかが分からない。
俺にはセルフィのように体を流れる魔力を知ることが出来ない。
「そうね、例えばあそこでやり合ってる三人」
そう言われて、コルツたちの方を見る。
「あの三人も多少身体強化を使えているけど、あなたたちの方が全然上ね」
「へぇ、騎士団の団長たちよりも上手に使えてるんだ」
エクレアが少し納得したように答える。
「あれでも相当凄いことなんだけどね」
まぁ多分だけど、俺たちがここまで使えるのは魔物の巣の討伐に関わったからだ。
あの空間は魔物が大量に出現するほどに魔力が濃い。
そんなところで極限の戦いを長時間続けた結果覚えたのだ。
そのお陰であれだけの数を捌き続けられたと今は思う。
「―――魔法って全員に教えるのは無理なのかな?」
もしそれが出来れば格段に成功すると思う。
「それは多分無理ね」
「どうして?」
「魔法は周辺国でも禁忌になっているからよ。だから今までバレないように隠れてやる必要があったの」
「手広くやって周辺国が敵に回れば討伐どころじゃなくなってしまうわけね」
―――それはなんとも面倒くさい。
出来ることは全部やった方が良いに決まってる。
でも、周辺国が敵に回るってなると話は変わってくる。
「魔法を使っての戦争なんてなったら、とんでもない被害になってしまうわ」
「そうなったら被害は計り知れないわね」
「これが終わったら二度と使われないように条約が結ばれる筈よ」
「成功しても失敗しても一回限りなわけか―――」
でも、その一回でも危険なことには変わりない。
「周辺国が納得してくれるよう祈るしかありませんね」
「あら、フィデリアはこの一回に限っては目を瞑ってくれるわよ」
「そうなの?」
「そのために何度も足を運んだわけだしね」
なるほど、協力して貰えるってのはそんなことまで含まれていたのか。
確かに討伐するからその間の防衛をしてくれってだけなら、別に戦闘になるわけじゃない。
相手に協力する気があるなら、すぐ決まってもおかしくないことだ。
「それに、魔法の存在は相手を攻め込ませづらくする意味もある」
「討伐が終わった瞬間に攻め込まれると?」
「可能性はあるわ。今は魔物がいるからあまり美味しくない土地だけどね」
討伐で疲弊した国を一網打尽か。
流石にそんなことはないと思いたい。
でも、ノースバロニア王国は討伐した途端に領地を主張し始めたって王が言ってたからなぁ。
北と南が領地を争い始めたら、それに挟まれたフィデリア王国は溜まったもんじゃない。
フィデリア王国が協力的なのはそういった背景もあるのかも知れない。
そう考えると逆にローデンフェルト王国は、レダティック王国が疲弊すればするほど有利になるわけで……。
「王家がローデンフェルトを切った理由が良く分かったわ」
「結論に至ったのは最近のことだけどね」
王は以前、北に遷都するという話をしていた。
その頃はまだローデンフェルト王国との関係を完全に決め切れてはいなかったのだろう。
王は暗殺を匂わせてもいた。
もしかしたら、首を挿げ替えれば状況が変わる可能性を追っていたのかも知れない。
―――ということは、それでも駄目だったということか。
だからただの公爵令嬢でしかないと分かっていても、旗頭にするしかなかったのだ。
俺が知らない間に一気に動いたな。
「ま、国を動かすのは王家の仕事ってわけ」
「―――そうよね」
俺は国を動かす中で、あくまで討伐をするための一つの駒に過ぎない。
国で起こってること全部を知る必要はない。
皆が俺に協力してくれている。それだけで十分だ。
「おーい、そろそろお前たちも入れー!」
コルツが俺たちを呼んだ。
「エクレアは先に魔法を覚えた方が良いわよね?」
「ええ、そうさせて貰うわ」
「それなら私だけ先に言って来るわね。セルフィ、後はお願いね」
「任せなさい」
俺は立ち上がると、コルツたちの元へと走った。




