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第三十二話


「―――よし、今日はこのくらいにしておこう」


 コルツが剣を鞘に納めながら言った。

 俺も剣を鞘へと納める。


「……」


 あれから更に一週間が経った。

 その間、セルフィは毎日のように屋敷へと来ている。

 既に午前の日課になりつつあった。

 今日も椅子に座りながらニコニコと訓練を眺めている。


 俺の訓練だけでなく、ミーティアにも教えてくれているので嬉しいのだが……。


「仕事は大丈夫なの?」

「これも仕事の内だから大丈夫よ」


 セルフィが言うには、討伐の旗頭になる俺の育成は急務とのことで、王の了解をもぎ取って来たそうだ。

 なんだか知らない内にどんどん話が進んでるな。

 このまま突然出発しろと言われないか心配だ。


「フィデリアにいる間に随分上達したな」

「―――お父様!?」


 そこにはいつの間にか父が座っていた。

 先ほど見たときにはいなかった筈。


「いつお戻りになったのですか?」

「たった今戻ったところだ」

「そうでしたか」


 声を掛けてくれても良かったんだけどな。


「お前が真剣にやっていたからな。声を掛けるタイミングを逃してしまった」

「いえ、お父様でしたらいつでも大丈夫です」


 父がこちらへ手招きをしたので椅子に座る。


「少し話をしたいが聞いてれるか?」


 父は姿勢を正しながら話しかけてきた。

 えーっと、ここにはコルツもセルフィもいる。


「―――二人もいますが大丈夫ですか?」

「その方が都合が良い」

「それでしたら、大丈夫です」


 俺も姿勢を正して父が話すのを待った。


「約三週間を掛けてフィデリアに行ってきたことは知っているね?」


 これは俺ではなく、コルツとセルフィに向けて言ったことだろう。

 二人が無言で頷くのを見てから父に向き直る。


「その結果を話させて貰う」


 父は王女を連れ立って、フィデリアへ討伐の協力を求めに行っていた。

 一体どうなったのだろう?


「結論から言えば、討伐には参加しないそうだ」

「―――そうですか」


 やはり、そんなに上手くはいかないか。

 落胆したのが顔に出てしまったのだろう。

 父は苦笑しながら口を開く。


「そう結論を急ぐな。フィデリアには防衛に協力をして貰えることになった」

「それはどういうことでしょうか?」

「つまり、今防衛に割いている戦力を討伐に参加させられるということだ」

「―――!!」


 今現在、三つの防衛都市に対して常駐する騎士が各百人ほどいる。

 交代要員や不測の事態への備えを考えれば、その三~四倍ほどは防衛に割かなければならない。

 兵士も衛兵などとして各都市へ派遣されているから、討伐へ参加できるのは全体の半分以下になってもおかしく無かった。

 でも、防衛を引き受けてくれるのであれば、そんなことを一切考えなくて良くなる。


「討伐に参加してしまえば、相応の報酬を用意しなくてはならなくなる」

「はい」

「一国を露骨に贔屓すれば軋轢を生むかもしれない。だからレダティック王国のみで討伐してくれとのことだ」

「そのためのサポートはしてくれるということですね?」

「あぁ、物資なども要請すれば多少は融通して貰える」


 それだけあれば十分過ぎる結果なのではないだろうか?


「一つ良いかしら?」

「なんだ?」


 セルフィが声を上げる。


「いくら何でも都合が良すぎないかしら?」

「とりあえずは穏便に済ませるだけだ。今後まだ手が伸びていない西方の山脈の開発を合同で行うなど、いくつかの取り決めは既にしている」

「時間が経てば後からいくらでも理由付けは出来るってわけね」

「そういうことだ」


 レダティック王国はローデンフェルト王国にも協力を打診している。

 そこでフィデリア王国の支援のみを受けて討伐したとなれば大きな軋轢を生んでしまう。

 しかし、討伐には直接協力しなかったのであれば、決定的とは言い難い。


 この前大規模な襲撃があったばかりだからな。

 城塞都市への増員を願い出るのは自然な話だ。


 ローデンフェルトと仲が悪くなることは避けられないだろうが、表立って言い出しづらい状況に持って行けるってわけか。


「ローデンフェルトもいずれは気付くだろうがな」


 コルツが呟くように言った。


「コルツは戦争になると思いますか?」

「それはこれからの外交次第だろう」

「それについては機密事項も多くあるのでな。まだ話すことは出来ない」


 父はきっぱりとそう答えた。

 そう言えば、北の……えーっと、ノースバロニア王国と問題を抱えているって王が言ってたっけか。

 そちらと共謀して攻め込まれるのが一番困る。

 少し歯車が狂っただけで、大きく未来が変わってしまう。

 そんな難しい問題をおいそれと話すわけにはいかないよな。

 

「確実に言えることは、お前たちが生きて帰れば状況は格段に良くなる。皆にはそれを目指して貰いたい」

「勿論、そのつもりです」

「コルツ、セルフィ。娘をどうかよろしく頼む」


 そう言って父は頭を下げた。


「ルーティアは俺の命に変えても守る」

「弟子に先に死なれる師匠なんてあってはならないことだわ」


 二人とも胸に手を当てて父に答える。

 だが、俺はコルツもセルフィも死なせるつもりはない。


「私は二人とも死なせる気はありません」

「お前な―――、俺だって死ぬつもりはない。だがいざってときもあるだろう」

「ならばそのときが訪れないよう、しっかり考えてしっかり準備しましょう」

「ふふふ、その通りね」


 俺が死んで悲しまれるってことは、コルツだってセルフィだって同じだ。

 それどころか騎士だって兵士だって傭兵だって皆変わらない。

 ―――全部を守ることは出来ないかも知れない。

 でも、始める前から諦めるなんて絶対に駄目だ。


「準備は私たちに任せなさい」

「えっ、でも―――」

「これはエクレールに対する贖罪でもある。全てを傭兵に押し付けるなどあってはならなかった」

「……」


 確かに前世で貴族の援助を貰えていれば、もう少し違った結果になったかも知れない。

 でも、俺はそのことを恨んだことなんて一度もない。

 俺は皆が少しでも幸せになってくれればと思っていた。

 償って欲しいなんて思っていない。


「―――あの馬鹿が誰かを恨んだり、そんな難しいこと考えているとは思えないが」


 俺を見かねたのかコルツが助け舟を出してくれた。

 父はしばらく考えてから口を開く。


「……城塞都市を守ったことでルーティアは英雄として祭り上げられることになる。それはもう私には止められない」

「親としては複雑でしょうね」


 父は俺が討伐に参加することなど反対なのだろう。

 でも、もう動き出してしまった。

 それは勲章の授与で決定的なものになる。


「私は娘の力になりたいだけだよ」

「お父様―――」

「何度でも言わせて貰う。ルーティア、絶対に生きて帰って来なさい」

「はい、わかりました」


 父はもう生きて帰ってくることを祈るしか出来ないのだろう。

 でも、それはきっと違う。

 父は力になりたいと言っていたし、準備もしてくれると言った。

 今はまだ分からないけど、もっと出来ることがある筈だ。


「お父様、もし何か思いついたらお願いしてもよろしいですか?」

「いつでも頼って来なさい」

「頼りにしています」


 父に精一杯の笑顔を見せた。

 まだまだ不安はいっぱいあるけど、一つ一つ潰して行けばきっと安心して貰える。


「この場で言うことじゃないかも知れないけど、貴族ってやっぱりこうなのね」

「まぁな。ルーティアみたいなのが特別なだけだ」

「―――どういうこと?」

「英雄が欲しいんなら、自分がなれば良いじゃない」


 なるほど、公爵令嬢に押し付けるなって話か。

 確かに「俺がやる」って誰かしらが言ってもおかしくないと思うけど……。


「その言い分は、セルフィにも当てはまらない?」

「私はルーティアに協力するって約束したから良いの」

「そうだな。少なくとも俺たちの隊長はルーティアだ」


 ……別にコルツやセルフィが隊長でも良いと思うけど?

 でも、前世でもこういった経験はある。

 誰かに協力する方が全力を出せる者もいるのだ。


「でも、他の貴族はそういうんじゃないでしょ?」

「気に食わないのは分かるが……それを言ってもどうしようもない」


 セルフィの愚痴に父が答えた。


「公爵令嬢如きと侮りつつも、自分は命の危険に晒されたくない。そんな貴族は大勢いる」


 なんだそう言うことか。

 それならそんなに難しいことじゃない。


「―――そうやって人任せにしているから、公爵令嬢如きに英雄を掻っ攫われるのです」


 誰でも英雄になれるとは思わないけど、でも他にも英雄になれる者がいる筈なのだ。

 いや、今の俺なんかより適任はいっぱいいることだろう。


 俺は動いた。だから英雄になる資格を得たんだ。

 ―――そう、資格だ。

 俺が本当に英雄になれるかなんてまだ分からない。

 でも、資格すら持たないものが英雄になることは絶対にない。


「まったく、我が娘ながら耳が痛いことを言ってくれる」

「えっと、そんなつもりでは―――」

「事実だからな。だが、もう全てを押し付けるだけの傍観者でいる気はない」

「お父様―――」

「討伐の日まで、お前に降りかかる火の粉は私が払って見せよう」

「―――はい、よろしくお願いします」


 父がこんなにも考えてくれているとは思っていなかった。

 今まで不安はいっぱいあった。

 でも、意地を貫き続けたお陰でここまで来れたんだ。

 もう貴族でも、女でも、体が弱くても魔物の巣の討伐を目指して良いんだ。

 皆がこうして、認めてくれているんだ。


 ―――だから、今度こそ皆の期待に応えたい。

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