第三十話
次の日、馬車に乗って王城へ向かった。
以前訪れた部屋へ向かうと、壁の前で仁王立ちする人がいた。
御伽噺の魔法使いを思わせるピンと尖った三角帽子に、足元まで隠すゆったりとしたマント。
髪は肩口で切り揃えられていて、その目も口も強気に吊り上がっていた。
両腕は腕組みして誰かを待っているようだ。
どことなくミーティアの面影を感じる女性に声を掛ける。
「―――誰?」
「ルーティア、遅いわよ」
「―――誰?」
「ほら、早く入りなさい!」
相変わらず人の言うことを聞かない人だ。
こんな人に言葉遣いを気にしても意味が無いだろう。
今日のセルフィは随分スッキリして、印象が全然違っていた。
セルフィに手を引かれて中へと入る。
「セルフィで合ってるわよね?」
「ええ、そうよ」
そのまま真っすぐ自分の机へと手を引かれた。
この前まで山のように積まれていた本や書類は全部片づけられている。
そこに置いてあった椅子に座らされた。
「急に小綺麗にしちゃって、どうしたの?」
「弟子の前では格好良くいたいじゃない」
俺はまだ一応使えるだけなんだが、もう弟子にする気満々なのか?
「義姉さん、変わってないですね」
「ミーティアもそこに座りなさい」
ミーティアは特に逆らわず椅子へと座る。
すると、セルフィは眼鏡をクイッと上げて、こちらを見て来た。
「ここへ来たってことはもう魔法を覚えたのよね?」
「それが―――、覚えたとは言えないかも知れないわ」
「ふーん、何かあったみたいね。言ってみなさい」
「ミーティアは本に書いてある属性は大体使えたんだけど、私は回復魔法しか使えなかったの」
それを聞いたセルフィは俺とミーティアを交互に見てくる。
「これが運命ってやつなのかもね」
なんかウィルみたいなことを言い出した。
レダティック王国でも宗教は盛んで、信仰する者が結構いる。
しかし、魔法の研究を禁止している大元も宗教なのだ。
セルフィが信仰するのは違和感がある。
「あなたも神を信じているの?」
「全然信じていないわよ」
神を信じていないのに、運命を感じたのか。
きっと何か思うところがあるのだろう。
セルフィは先にミーティアの前に立って話始める。
「ミーティアもルーティアの役に立ちたいでしょ?」
「はい、お役に立ちたいです」
「それならルーティアと一緒に勉強していきなさい」
「よろしいのですか?」
「ずっとこの子についてるなら、手間は変わらないわよ」
それが終わると俺の方へと向き直った。
「ルーティアは回復魔法が使えたのよね?」
「ええ、それ以外は使えなかったわ」
「回復魔法は他とはちょっと違うのよ」
「他と違う?」
もしかして、そのせいで俺は色んな魔法を使うことが出来なかったってことか。
「回復魔法の使い手はね、他の魔法が使えないの。その逆もそう」
「もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうなのね」
「回復魔法は心優しい人が使える魔法なのよ」
「や、優しい?」
俺が優しいなんて言われても全然ピンと来ないぞ?
「人の為に自分の命を捨ててしまうような献身的な人に発現しやすいって言われてるわ」
「―――」
「だから魔物の巣を討伐したいって思ったのでしょうね」
そう言われると何も言えない。
前世は死ぬと分かっていて魔物の巣の討伐をしたわけだからな。
それを献身的というならその通りなのだろう。
セルフィはそれで運命を感じてしまっていたんだな。
「だからあなたは攻撃魔法を使えない。あなたは他人を害するのに向いてない」
―――そんなことない筈なんだけどなぁ。
確かに誰かを攻撃するのはあまり好きではないが、誰かを守るためならいくらでも出来る。
まぁ自分で言っててなんだが、そういうところが回復魔法に適性に繋がってるんだろうなぁ。
「私は回復魔法しか使えないのかしら?このままだと訓練が大変で……」
「身体強化なら使えるわよ。持続系の魔法は消耗が激しいけどね」
身体強化か。魔力を使って体の動きを良くする魔法ってところだろう。
回復魔法も身体強化もどこかへ飛ばすような魔法ではない。
……ということは。
「もしかして、私は魔力を放出するのが下手なのかしら?」
「回復魔法の使い手は皆そうよ」
「そうなんだ……」
「空気中の魔力を利用すると大雑把になるわ。それを繊細な回復魔法でやったらどうなるか考えて見なさい」
なるほど、魔力は空気中にもあるから、当然利用出来るよな。
それを回復魔法でやったらどうなるんだろう?―――石みたいにガチガチに固くなってしまうとか?
「一度体内に取り込めば使えるんだけどね」
多分、取り込む過程でその人が使いやすいよう、魔力の質が変化するのだろう。
回復魔法は使い手が安全だと思う魔力しか使えないってことかな。
「でも、空気中の魔力を取り込むのは凄く時間が掛かるわ。人間が魔物にならないよう自然に出来た安全装置かもね」
「なるほど」
俺はほとんど自分の魔力で何とかしなきゃいけないわけだ。
ということは、全員の回復を一手に引き受けるなんてのは無理なんだろうな。
「しばらくは身体強化を使って魔力を鍛えていくことね」
魔力を鍛えて一人でも多く回復出来れば、それだけ死者が減るってことだもんな。
それに使いこなすのは大変らしいけど、身体強化だって戦いでは役に立つ。
「それで、身体強化はどうやったら使えるの?」
「―――あなた、さっきからずっと使ってるわよ」
「えっ、そうなの?」
「……きっと無意識なんでしょうね。急に意識を失ったことはないかしら?」
それならついこの前やったばかりだ。
戦いの後、糸が切れるように眠ってしまった。
それが魔力に関係するとしたら、本に書いてあったな。
「もしかして、それが魔力切れなの?」
「そうよ。魔力切れを起こすと数日間は眠ってしまうこともあるから気を付けなさい」
ということは、俺の体は常に身体強化を使ってることになる。
でも、考えてみれば納得が行く。
これだけの短い期間で体力がついたと思ったのは、実は魔力のサポートがあったからなのだろう。
それどころか体が動くようになったことも、身体強化のお陰かも知れない。
「本を見たときにも思ったけど、そんなに簡単に使えるのね」
「騎士や職人なんかは無意識に使ってることも多いわ」
なるほど、そのお陰で重い鎧を来て長い間戦うことが出来るんだな。
「そんなに簡単に使えてしまうなら、禁忌にしても意味がないんじゃ……」
「禁忌になってるのは研究だけよ。自然に使ってしまう分には危険はないからね」
先ほど安全装置と言ってたし、長い時間を掛けて人間に備わった機能なら問題は起こらないってことか。
でも、自然に使えてしまうからこそ、少しの間違いで取り返しがつかないことになってしまう。
「魔力って思ってたより怖くはないのかしら―――?」
「空気中に存在するものなのよ?それが毒だったら人間は生まれてないわ」
そりゃそうだ。
魔法を覚えるってなったときはいけないことをしていると思っていたけど、そんなこと思う必要はない。
「不安なら少しここで練習していきましょ」
「ええ、お願いするわ」
セルフィは俺に立つと、両肩に手を乗せた。
「確かにこれだと意識するのは難しいかもね」
「そんなに変なの?」
「いえ、逆よ。自然過ぎて違和感を感じられないの」
セルフィの言ってることが正しいなら、きっと前世の俺も身体強化を使えていた。
アイアンゴーレムを一撃でぶった切るなんて普通に考えたら大分おかしい。
「私の魔力でこの流れを少し乱すわ。それで意識出来るようになる筈よ」
そう言うと、セルフィの手から何かが流れ込んでくる。
それは俺の全身に広がると、全身に強烈な違和感が走る。
「―――!」
目の前がクラリと揺れた。
これが魔力なしの俺の体か―――。
急に脱力してしまった感じだ。
でも、ちゃんと足に力を入れれば立っていられないほどではない。
そのくらいには体は鍛えられている。
「乱れた魔力を整えられる?」
「ええ―――、やって、みるわ」
意識して体の違和感に触れる。
元気なときの自分を思い出して、いつもと同じように―――。
すると徐々に流れが元に戻り、体の調子も戻った。
「―――どうかしら?」
「流石に慣れているわね。身体強化する場合は一部を多くしたり、流れを早くしたりする感覚ね」
セルフィに言われた通り、魔力を動かしてみた。
試しに一部を多くしてみると、頭が少しクラクラしてくる。
多分、他に使われる魔力が減って足りなくなっているのだろう。
今度は早く流れるよう意識してみた。
すると体は軽くなったけど、物凄い早さで魔力が減っているのを感じる。
「あなたは流れを早くする方が合ってそうね」
「どうやらそのようね」
「でも、全身強化は強くすればするほど、急激に魔力の減りが早くなるから気を付けてね?」
「そうするわ」
最初は体の一部分だけにした方が良いってのはこういうことか。
こんなに早く減ってしまうのでは、長時間は持たない。
先の戦いでたった数時間で魔力切れを起こしてしまったのも、全身の身体強化をしていたからか。
俺の体はまだ弱いから、身体強化をずっと使い続ける必要がある。
そして、魔力が枯渇すればあのときのように倒れてしまうってわけだ。
もっと元気になるまで、魔力の使い過ぎには気を付けなければならない。
「あなたはずっと使い続けてるみたいだし、意識しなくても勝手に鍛えられるわ」
「それは良かったわ」
剣の訓練もしていて、魔法の訓練もとなるとかなりの時間が割かれてしまう。
意識しなくても訓練になるなら、剣の訓練と同時に行うことが出来る。
これから本格的に貴族へのアプローチをしていくから時間はあればあるほど良い。
「今日はこんなものね」
「ありがとう」
気が付けば一時間以上経っていた。
セルフィも自分の仕事があるだろうし、あまり迷惑を掛けるわけにもいかない。
「魔力が増えてきたら別の訓練もするから、これからもたまに顔を出しなさい」
「ええ、お願いするわ」
手を振りながら部屋を出る。
そしてミーティアに声を掛けた。
「今日はミーティアのことそっちのけになっちゃったわね」
「いえ、大丈夫です」
「次からは一緒に頑張りましょう」
「はい、よろしくお願いします」
俺はミーティアと握手をした。
そして手を繋いだまま、屋敷へと戻った。
投稿前読み直ししてる時間が無かったので、誤字や表現のおかしい部分を少し修正しました。




