第二十九話
それから数日間、俺は魔法の勉強をつづけた。
読んで分かったことは、この本の通りにやれば誰でも魔法が使えるらしい。
ただ、属性などに偏りがあるらしく、そこに才能が関わって来るそうだ。
俺はミーティアと二人で、屋敷の庭に出ていた。
ここまで時間を掛かったのは、いざというときの対処を知らなければ暴走してしまうこともあり危険だからだ。
これらも本に詳しく書いてあった。
本を十分読み込んだ自信が持てたので、今日実際に試してみる。
まずは火の魔法からだ。
「炎よ!」
ぶっちゃけ呪文は何でも良いらしい。
言葉に出すことで、意識を集中する意味があるそうだ。
指先に力を集中して、指先に灯るような火をイメージする。
そうすると魔法が―――。
「あら?―――出ないわね」
隣では俺に付き合って勉強していたミーティアも魔法を使っている。
その指先からは、吹けばすぐ消えてしまいそうな小さな火が出ていた。
「ミーティアは使えているってことは、やり方がおかしいわけではないわね」
「ル、ルーティア様、申し訳ありません」
慌ててミーティアが謝ってきた。
主を差し置いてとかそういうやつか。
そんなことを気にするなら、始めから俺一人でやってる。
「いえ、構わないわ。本には苦手な属性もあるって書いてあったしね」
俺には火の素質が無かった。ただそれだけだ。
魔法を使うには才能が必要って始めから分かっていたことだしな。
「次、水行くわよ」
「はい」
「水よ!」
指先に力を集中して、水をイメージする。
しかし、やっぱり出てこない。
隣を見ればミーティアの指先から出た水が、指を伝って滴り落ちていた。
「も、申し訳ありません!」
「気にしなくて良いってば。きっと私の適性はかなり狭いのかも知れないわね」
こうなったら全部やってみるしかない。
「片っ端からやって行くわよ!」
「はい!」
ミーティアと一緒に気合を入れて、本に書かれている魔法を片っ端から試していく。
しかし、一つも発現することは無かった。
「全滅だったわね……」
「ど、どうして使うことが出来ないのでしょうか?」
ミーティアが焦ったように言った。
まぁミーティアは俺とは対照的に全部の魔法が使えているからな。
申し訳なくなってしまうのも仕方ない。
だが、流石は魔法の研究者の義妹だけはある。
「私に才能がなかったということかしら?」
「で、でも本には大抵どれかは使えると書かれていましたよ?」
「……そうなのよねぇ」
俺に才能が全くない可能性もあるが、ミーティアの言う通り、本には全く使えないことは珍しいと書かれていた。
もしかしたら、この本に書かれていない未知なる属性に素質がある可能性もある。
ミーティアを悲しませないためにも、別の可能性を探した方が良いだろう。
「この本に書かれている以外にどんな魔法があると思う?」
「そう言われましても、魔法のことなんて本に書かれている以上のことは何も……」
―――そうなんだよなぁ。
魔法のことなんて何にも知らないんだから、どんな属性があるかだって分かる筈がない。
そもそも魔法ってなんなんだ?
魔法は魔力を使って超常現象を起こすことだ。
魔物も魔力から作られている。
本によれば人間の体にも魔力はあるそうだ。
今はその魔力を利用して魔法を使っている。
魔力は精神に影響を及ぼしていて、魔力がなくなると動く気力も失われてしまう。
動けている俺に魔力がないなんてことはない筈。
体内の魔力を使えば簡単に魔法が使える筈なのだ。
現にミーティアは同じ方法で多くの魔法を使うことが出来ている。
「せめて他の属性を知ることさえ出来れば……」
ミーティアも考え込んでいたのか、小声で呟いている。
一番最初に思いつくのは研究者であるセルフィに聞くことだけど……。
「でも、セルフィに聞いても教えてくれなさそうだわ」
セルフィは才能があれば歓迎すると言っていた。
でも、今の俺は才能なしだからなぁ。
「誠心誠意お願いすれば、教えていただけるかも知れません」
「……いえ、もう少し私たちだけでやってみましょ」
多分、これは試験だからな。
あまりにあっさり諦めてしまうようでは、職人肌のセルフィには認めて貰えないと思う。
「畏まりました。私に出来ることでしたら、何なりとお申し付けください」
「ええ、お願いね」
そう言ってミーティアを見る。
ミーティアにお願い出来ることか……。
そっか、大事なことを忘れてた。
「そう言えば、魔法を使った感じはどうだったかしら?」
出来ないなら出来る者に聞けば良い。
一緒に始めたとしても、先に進んだなら教えて貰えるじゃないか。
「えっと、何かが体から抜けていくような不思議な感覚でした」
ふむふむ、きっとそれが魔力を扱う感覚なのだろう。
その感覚を掴むことで、魔法が使えるようになるかも知れない。
「義姉のお陰で魔法があることは知っていたのですが、私自身が御伽噺に出てくるような魔法を使えたかと思うと―――」
―――御伽噺?
魔法は本当にあった。だから御伽噺も本当だから……。
咄嗟にミーティアに振り向くと、「あーっ!」と声を上げてしまう。
それはミーティアも同じだったようで、二人の声が屋敷に響いた。
「それよ!」
「御伽噺にヒントがあるかも知れません!」
御伽噺だったらユージオと何度も話した。
その中に試していない魔法がある。
―――傷ついた英雄を一瞬で癒す女神の物語。
―――疫病に立ち向かう聖女の物語。
それは色んな物語に登場するメジャーな魔法だ。
「回復魔法を試してなかったわ」
御伽噺では女神や聖女が使う、傷ついた者を一瞬で治す奇跡の御業。
だから普通の人間には関係ないと思い込んでいた部分もあったかも知れない。
でも、魔法は魔法なんじゃないだろうか?
「すぐに準備します!」
そう言うとミーティアは屋敷へと走る。
回復魔法の効果は傷がないと分からない。
ミーティアが戻って来るのを待った。
「なるべく浅く切ってね」
「―――はい」
まだ可能性があるというだけだ。
俺に回復魔法の素質が無ければ、ミーティアの傷はそのままになってしまう。
仮に素質があったとしても深い傷を治せるとは限らない。
ミーティアがスッとナイフを指に当てると、ぷっくりと血が滲んでくる。
「―――やるわよ」
「いつでもどうぞ」
ミーティアの指先に手を当てると、指先に集中する。
「癒しを」
すると、体の中から何かが抜けていく不思議な感覚があった。
ミーティアの指先を包む手が仄かに光輝いている。
―――これ、いつまでやれば良いんだろう?
そろそろ良いかなと思ったところで手を離す。
「どうかしら?」
指先を確認したが、なんとも不思議な状態だ。
滲んだ血は残っているのに傷が跡形もなく消えている。
「もう痛くありません!」
「そう、良かった―――」
失敗したらミーティアはしばらく傷を負ったまま仕事をすることになっていた。
「おめでとうございます!」
「ええ、ありがとう!」
俺には回復魔法の素質があったようだ。
でも、それ以上に魔法を使う感覚を知れたことが大きい。
もしかしたら他の魔法も使えるんじゃないか?
「この調子で他の魔法も使えるか試すわよ!」
「その前に手を洗いましょう」
そう言えば、手に血が付いたままだった。
気にする必要ないと言えばないけど、埃が付くのとは訳が違う。
ミーティアは既に予想済みだったのか、水桶も持ってきていてそれで手を洗う。
「それじゃ気を取り直して、行くわよ!」
「はい!」
もう一度火の魔法を試してみる。
「炎よ!」
―――あれ?
先ほどあった体から何かが抜ける感覚が全くない。
それどころかピクリとも動いていない感じだ。
それからもう一度様々な魔法を試してみたけど、回復魔法以外を使うことは出来なかった。
「とりあえず魔法が使えたのは良かったけど……」
「回復魔法だけでしたね」
―――これ、どうやって訓練すれば良いんだ?
まさかその度にミーティアに指を切って貰うわけにもいかないだろ。
百歩譲ってちょっとした傷をつけるくらいなら良いとしても、強力な回復魔法の訓練をするなら重傷者を用意しなければならない。
それで治せなければ、そのまま死んでしまうかも知れない。
「ねぇミーティア。回復魔法ってどうやって訓練すれば良いのかしら?」
「―――義姉ならば案があるかも知れません」
だよなぁ。
セルフィなら回復魔法に近い魔法を知っているかも知れない。
これ以上ミーティアの肌に傷をつけたくないし、諦めて会いに行くしかない。
「ミーティア、悪いけどセルフィに会えるよう連絡を取って貰えるかしら?」
「畏まりました」
「明日には間に合うかしら?」
「この時間なら大丈夫です」
正直あのセルフィに連絡をとっても意味がない気もする。
仮に連絡を取っても、また本の山に埋もれさせてしまうかも知れない。
でも、やらなかったらやらなかったでうるさい貴族も多いんだよなぁ。
「手紙を準備するわね」
部屋に戻ってセルフィへの手紙を準備した。
それをミーティアに渡す。
「お願いね」
「畏まりました」
もう少し使いこなせるようになってから行く予定だったが仕方がない。
一応使えるようになっただけだが、何かの間違いで認めてくれることを願おう。




