第二十八話
次の日、俺は屋敷の庭で剣を振るっていた。
「はああああっ!」
上段から振り下ろした剣が空気を切る。
そのまま体を回転させながら横薙ぎに振るう。
そこへ差し込まれた剣とぶつかり合い、キイィンという音が鳴り響いた。
「体の調子はどうだ?」
「ええ、もうすっかり良くなったわ」
どこからか俺が目を覚ましたことを聞きつけたのか、コルツは早くから屋敷を訪れていた。
病み上がりということもあって、軽い手合わせをしている。
その代わりというべきか、木剣ではなく真剣での手合わせだ。
この前の戦いでは、相手に突き刺すだけの単純な使い方しかしなかった。
いきなり振り回そうとしても、俺の方が振り回されるだけだっただろうしな。
ゴブリンの一匹や二匹なら兎も角、これで上位種と戦うのは無謀過ぎる。
常に準備万端で挑めるとは限らない。
しかし、その身に降りかかった脅威にすら、対策しないのはただの馬鹿だ。
「―――ふぅ、こんなものかしら?」
「まだまだこれからだがな」
休憩に入ると、ミーティアは飲み物を取りに行く。
その隙をついてコルツに聞いてみた。
「コルツ、魔法って知ってるかしら?」
「知ってるぞ」
「―――そう」
コルツが御伽噺を読むことなど無いだろうから、やはり知ってる物は知ってるのだろう。
「八年ほど前から研究が始まった」
「それはやっぱり―――?」
「お前を失った陛下は、何としてもレダティック王国を平和にしようと思ったんだろう」
それで他の国との外交を強化したり、魔法の研究を始めたってわけだな。
「俺が退役するまでの数年は随分荒れていた。分かる奴にしか分からなかったと思うがな」
「―――そうだったのね」
人が死ぬってのはそういうことなんだろう。
傭兵だから身軽だと思っていたが、そんなことは無かった。
「だが、お前は今こうして生きている」
「それがどうかしたの?」
「これからいくらでも変えて行けるってことだ」
―――そうかもな。
一度失ってしまったものはもう戻らない。
でも、奇跡が起きた。
そこにあるなら、今からでも取り戻せる筈だ。
「魔法の話をしたってことは、覚える当てがあるんだろう?」
「そうね、上手く行くかは分からないけど―――」
「お前の体じゃ、剣一本で魔物と戦うのは無理だ。さっさと覚えちまいな」
「随分簡単に言うわね」
コルツはあっさり言うけど、多分そんな簡単なものじゃない。
ただ、目的まで時間があるわけでもない。
それまでには覚えなきゃな。
「少しでも使えるようになれば、前で戦わなくても良くなる。それだけでも変わってくるだろう」
「そうするわ」
ミーティアが戻ってきたので、話を中断した。
今日の午後、早速ミーティアの義姉に会いに行く。
急に訪れてもとりあえず対応して貰えるのが貴族の良いところだな。
それにしても、俺が魔法を覚えることになるとは……ユージアが知ったらどんな顔をするだろう?
羨ましがるだろうか?―――実は既に知っていて研究者を目指してるかもな。
◇
「それでは参りましょう」
「お願いね」
「お任せください」
いつもの御者に挨拶をする。
彼は前の戦いでミーティアを連れて王都への往復をした。
その正確な技術のお陰で、暴走などの事故を起こさず役目を果たせた。
「これからもよろしくね」
「ははは、勿体ないお言葉です」
戦うだけが全てじゃない。
討伐には色んな人の協力があって成し得ることだ。
「それでは出発します」
「ええ、お願い」
馬車へ乗り込むと、ゆっくりと馬車が動き出した。
王城へ辿り着くと、ミーティアの案内に従って進む。
端にひっそりと佇む扉の前で止まった。
「ここに義姉はいます」
「ミーティアは何度もここへ来てるの?」
「ルーティア様のお世話をするようになってからは減りましたが、以前は良く訪れていました」
それならミーティアとの仲が悪いわけではなさそうだな。
「じゃあ、行くわよ」
そう言って扉を開けた。
そこには散乱した書類と、良く分からない実験器具が所狭しと並んでいた。
並んだ机にはどれも山のように本が積み上げられ、埋もれるようにして何やら作業をしている。
……ここは経理でもやっているのだろうか?
一度申請するために訪れた財務部屋がこんな感じだった。
多数の申請書類に囲まれて圧倒されてしまったことを覚えている。
「どれがお義姉さんなのかしら?」
「あちらです」
ミーティアが指し示す先には、何かを無心に書き殴る女性がいた。
ミーティアはそのまま近づき、女性に声を掛ける。
「義姉さん」
「ああ?何よ。急に―――」
振り向いた女性は隈が出来た目でこちらを睨みつけて来た。
ぼさぼさの髪はいつ切ったのかも分からないほど伸びていて、座った状態では床に着いてしまっている。
「初めまして、リーンイア公爵家四女のルーティアです」
「あっそ」
「義姉さん!」
そう言われて「ん?」と始めて気付いたかのようにミーティアを見る。
「あら、ミーティアじゃない。久しぶりね」
「お久しぶりです。昨日お伝えした通りルーティア様を連れて参りました」
「なんのこと?」
そう言うと、手元の書類をひっくり返し始める。
積みあがった本が雪崩をおこした。
しかし、それを気にせず掘り進めていく。
やがて一枚の封書を見つけた。
「これかしら?えーっと何々―――」
おいおい、大丈夫か?
俺はこれからこいつに教えを乞うのか?
隣ではミーティアが本や書類の整理を始めている。
「魔法を教えて貰いたい?」
「はい、どうかお願いします」
気難しそうなので、一応下手に出る。
いや、多分そんなことする必要ないんだろうけど、一応。
「却下よ、却下」
「義姉さん!」
「そんな目をされてもね。私は忙しいの」
女性は面倒くさそうに、紙をひらひらさせた。
もうどうやっても上手く行かない気がするが、やるだけやってみるしかない。
「どうか私に力を貸してくれませんか?」
「そうは言ってもねぇ……」
目の前の女性は俺を上から下までねめつけた。
「危険なことをこんな子供にさせるわけにいかないわよ」
「義姉さん。ルーティア様は魔物の巣の討伐をしようとしているのです」
「―――巣の討伐を?この子が?」
女性は訝しそうにこちらを見る。
「……まぁ良いわ」
そう言うと、本を一冊こちらへ投げた。
それを何とか受け取る。
「それを読んで、何でも良いから魔法を覚えてきなさい」
「これを読めば魔法が使えるようになるのですか?」
「才能があるならね。もし覚えてきたら弟子にしてあげる」
「―――そう」
試験ってやつか。
それでお眼鏡に叶えば、正式に教えて貰えるようになるってわけだな。
渡された本を少し読んでみた。―――どうやら教本みたいなものらしい。
「分かったわ。覚えたらまた来る、それで良いかしら?」
「ええ、才能があるなら歓迎するわよ」
「義姉さん―――」
ミーティアはさっきから「義姉さん」しか言ってない気がする。
見れば困ったような呆れたような顔になっていた。
まぁ、しばらく会ってなかったみたいだし、勝手がつかめない部分もあるのだろう。
「ミーティア、行くわよ」
「よろしいのですか?」
「これを読めば魔法が使えるようになるんでしょ?今はそれで十分よ」
こういうタイプは他人の事情なんてあまり考えないだろう。
どうせ専門的なことを聞いても俺には理解出来ないだろうしな。
この本をじっくり読んで、まずは魔法がどういうものかを理解したい。
「畏まりました」
「それじゃあ、また来るわね」
女性は手を振っただけで何も言わずに作業に戻った。
うーん、これは本格的に魔法を覚えるしかないみたいだな。
気難しいというか、職人肌なのだろう。
貴族では珍しいかも知れないが、職人には多い。
部屋を出たところで、ミーティアに話しかける。
「そういえば、彼女は名前はなんて言うのかしら?」
「セルフィです」
「―――セルフィね。これで次から名前で呼べるわ」
それを聞いたミーティアは困った顔をした。
こっちが名乗ったのに、セルフィは名乗りもしなかったからな。
貴族の間では相当な失礼に当たる。
だが、個人的には好ましいタイプでもある。
こちらが頑張れば、その分だけ評価してくれる。
上っ面だけ良くて、いつまで経っても認めようとしない連中よりずっと分かりやすい。
「さぁ、ミーティア。早速戻って練習するわよ!」
「畏まりました」
俺は借りた本を読むべく、屋敷へと戻った。




