第二十七話
目が覚めると俺はベッドの上にいた。
ベッドの横には椅子に座ったミーティアがうつらうつらと頭を揺らしている。
「――おはよう」
「――っ!?」
突然声を掛けられて驚いたのか、ミーティアは目を見開いて勢いよく立ち上がった。
「お、起きていらっしゃったんですか!?」
「今起きたところよ」
「す、すみません!私、寝てしまって―――」
「気にしないで良いわ」
「―――ルーティア様は三日も眠り続けていたんですよ」
外を見ると日は高く昇っていた。
少なくとも一日以上寝ていたのは確実だ。
「そう、そんなに眠っていたのね―――」
「お目覚めになられて本当に良かったです」
「疲れただけだから起きるわよ」
「お加減がよろしいようでしたら、伝えてきますがいかがいたしましょうか?」
それってわざわざ聞くことか?
一応体調を確認してみるけど、少し疲れを感じるだけで何も問題はない。
「ええ、大丈夫よ」
「では、お呼びして参ります」
そうしてミーティアが連れて来たのは父とエクレアだった。
なるほど、来客があったから確認したってわけか。
王女が見舞いに来ていたのであれば、隠しとくわけにはいかないもんな。
「ルーティア、元気になったようね」
「はい、お陰様で」
「大分無理をしたようだな」
「それは―――、申し訳ありません」
父の言いつけを破ってしまったのだから責められるのは仕方がない。
例え二度と魔物を討伐出来なくなるとしても、やらずにはいられなかった。
「―――いや、お前は良くやった」
「えっ、どういうことですか?」
「詳しい話はコルツに聞いた」
そうか、コルツが上手く言ってくれたんだな。
「お前がいなくとも何とかなったとは思うがな。それでもヴァリアントは落とされていただろう」
―――そうでもないかも。
きっと俺と同じでどうしようもないから、包み隠さず全部話してしまったのだろう。
その上で何かしらの説得はしてくれたかも知れないが。
フェリックスの話が本当ならば、ヴァリアントは落とされる前提の時間稼ぎだ。
でも、ヴァリアントが落とされてしまえば、再建するには莫大な資金が必要になる。
ただでさえ魔物が増えている状況でそれは避けたい。
「今日はその話をしに来たの」
隣にいたエクレアが声を上げた。
突然のにっこりした笑顔に嫌な予感しかしない。
「―――何でしょうか?」
「あなたに勲章を与えようって話が出ているわ」
「そうですか―――」
―――正直要らん。
俺はほとんど後ろで指示を出していただけで、実際に戦ったのは騎士や傭兵たちだ。
それなのに栄誉だけ掻っ攫っていくのは気が引ける。
「でも、あなたのやりたいことにはプラスになると思うわよ?」
それはそうなんだろうけど、素直に受け取るのは抵抗があるというか……。
んー、でも受け取っておいた方が良いのは確かか。
「納得いっていないようね?」
「そうですけど―――」
うーん、受け取った方が良いのは分かるけど、いまいち納得がいかない。
「他の方には何かないのですか?」
「勲章ではないけど、何人か報酬は受け取ったみたいよ」
―――そうなんだ。
それで納得がいかないなら受け取らない筈だ。
戦った者たちがそれで納得しているのであれば俺が気にしても仕方がない。
「あなたのようなきちんとした貴族がはした金を受け取っても嬉しくないでしょ?」
はした金って随分な言い方だな。
―――でも、確かに俺は生活には一切困っていない。
報酬を貰ったとしても、何に使って良いのか分からない。
「そういうことだから大人しく勲章を貰っておきなさい」
「分かりました」
「そう、良かったわ。早速お父様に伝えて来るわね」
「ええっ、もう行くのですか?」
それだけを伝えるためにここへ来たってこと?
「もうルーティアの無事は確認できたから十分でしょ」
そう言うとこちらの返事を待たず、颯爽と部屋を出て行ってしまった。
―――まぁ、ルーティだしなぁ。
俺の姿を見た瞬間に「もう大丈夫」って察したんだろう。
それに、指揮官として戦ったのはエクレールと被る。
今日の俺はどうやら、今世で発症している面倒をみたい病には引っかからなかったらしい。
「―――これでお前を止めることは出来なくなってしまったな」
「いえ、死なないよう気を付けるつもりですよ?」
俺だって死にたくてやってるわけじゃない。
今回の件はたまたまやらざるを得なかっただけだ。
「……まぁ良い。これからは危険に飛び込む前にきちんと知識をつけるように」
「はい、分かりました」
父の顔には「どうせ止めてもやるんだろう?」という呆れが張り付いていた。
多分、同じような状況が来ればやってしまうと俺も思う。
それならやっぱり、そうなっても良いように準備しておくしかない。
あの戦いは反省点がいっぱいあった。
俺はあれだけの数を数時間で派遣出来るようにしてたなんて知らなかった。
王都の戦力や準備状況をきちんと把握していたら、もっと別の方法が取れたと思う。
「ヴァリアントの領主はどうなりましたか?」
「今は移送されて王都の牢にいる。後任も既に決まった」
「そうでしたか、その方は大丈夫なのですか?」
「レグランドの領主が派遣される」
そうか、アーサーがやることになったんだな。
誰がやってもフェリックスよりはましだが、アーサーなら安心だろう。
「お前を焚きつけた責任を取って貰った」
「お父様も知っていたのですね」
「いや、レグランドの領主の方から説明された」
……一体どこまで計画していたんだろうな?
多分、あわよくばみたいな感じだったんだろうけど、手回しが早すぎる。
今になって考えてみれば俺を領主になんてさせる気も一切なかったと思う。
―――ヴァリアントは魔物に対抗するための壁らしいからな。
そこの領主になるということは自らも壁になるということだ。
ただの公爵令嬢にそんな役目を負えるとは、誰も思わないだろう。
「大体わかりました。ありがとうございます」
「あぁ、それと王女は言わなかったが、明後日からフィデリア王国へ行くことになっている」
「ええっ!?」
そんな忙しい合間を縫って来ていたのか。
だからあんなにあっさり帰ったんだな。
「私も王女と共に行く予定だ。上手く行けば討伐への機運も高まることだろう」
「―――はい、覚悟しておきます」
討伐に向けて動いているのは俺だけじゃない。
皆討伐に向けて頑張っている。
「私もこれから仕事に戻る。お前はもう一日ゆっくりと休みなさい」
「はい、そうさせていただきます」
父は自分も忙しい筈なのに、屋敷にいるようにしていたのだろう。
―――父には悪いことをしてしまったな。
「さぁルーティア様、おやすみください」
「ええ、そうするわ」
横になると、ミーティアが布団を掛けてくれた。
「―――ルーティア様、これからもっと大変な思いをするようになるのでしょうか?」
「そういうこともあるかもね」
ルーティアは何かをしばらく考えていた。
やがて顔を上げると意を決したように口を開く。
「もしかしたらお力になれるかも知れません」
「ミーティアが?」
「いえ、正確には私の義姉なのですが―――」
ミーティアの義姉と言えば、あの居酒屋を経営するちょっと変わった貴族だな。
「王宮で魔法の研究をしているのです」
「魔法?」
魔法って、あの魔法だよな?
あるんだかないんだか分からないような御伽噺の存在だ。
でも、その言い伝えから危険なことは分かるし、この国では禁忌とされている。
そうか、知らないところでこっそり研究してたってわけか。
―――いや、でも思い当たる節はある。
あの居酒屋、普通は出てこない卵料理が出て来たんだっけか。
それが研究の成果だっていうなら納得だ。
「なるほど、色々納得がいったわ」
「まだ研究は始まったばかりですが、少しでもルーティア様の力になれば嬉しいです」
始まったばかりか―――、だとすると王にも思うところがあったのかもな。
御伽噺のような魔法が本当にあるならば、討伐への強力な武器になる。
でも、御伽噺が本当ならそれが危険な技術だというのも本当だろう。
魔法を使ったことで魔物になってしまったという話は多い。
王はそのリスクを冒してでもやると決めたってことだ。
「でも、多分危険な技術よ?私に教えて大丈夫なの?」
「魔物と戦うのはもっと危険だと思います」
―――そりゃそうだ。
どっちも危険なら少しでも安全な方を取るのは当たり前といえば当たり前か。
「分かったわ。今度紹介して頂戴」
「畏まりました」
「楽しみにしてるわ」
「はい、ですが、今日のところはお休みください」
「分かってるわよ」
ミーティアは起き上がろうとする俺を抑えて無理矢理寝かせた。
仕方がない―――、今日のところは逆らわず、大人しく眠ることにした。
誤字の修正と、エクレアがフィデリア王国へ行ったことを書いたつもりで書いてなかったので追記しました。




