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第二十六話


 門を通り抜けると、待っていたのは大歓声だった。

 手を上げ、笑顔でこちらに手を振ってくる人々の間を通り抜ける。


「皆逃げなかったのね」

「逃げても当てがあるわけじゃないからな。それに―――」


 コルツは「それは良いか」と呟いた。

 ―――それに、なんなのだろう?

 でも、コルツの顔を見る限り、聞いても答えてくれないだろう。


「それより、お前が救ったんだ。ちゃんと顔を見せてやれ」

「わわっ、ちょっと!」


 そう言うとコルツは俺を軽々と担ぎ上げて肩に載せる。

 いくら身長が低いからってこれは流石に恥ずかしい。

 だが、既にがっしりと腕を回されていて降りられそうにない。

 仕方なく、皆に向かって手を振って応える。


「コルツ、後で覚えておきなさい」

「別にこのくらい慣れたものだろ?」


 そりゃあ、前世では凱旋したとき、こうして手を振ったこともあったけど。

 あのときはちゃんと自分の足で立って歩いていた。


「―――スカートにしていれば良かったかしら?」

「おいおい、スカートじゃ戦えなかっただろ」


 いや、俺はスカートでも戦っていたぞ。

 今まで全く意識してなかったくらいだからな。

 もともと何かが起こる予感はあった。

 逃げるにしろ戦うにしろ動きにくいからって、着替えも全部ズボンにしていただけだ。


「そろそろ着くぞ」


 そうこうしている内に城門へ着いた。

 しかし、様子がおかしい。

 待っている筈の領主はおらず、メイドたちが申し訳なさそうに立っているだけだ。

 コルツがやっと俺を降ろしてくれたので、メイドたちへと向かう。


「何かあったの?」

「それが―――」

「早く言いなさい」

「それがいつの間にか領主様の姿が無く―――」


 ―――どういうことだ?


「大方、領主だけが知ってる抜け道でもあるんだろ」

「それってつまり……」

「領主様はお逃げになられたのだと思います」


 ―――はあっ?

 逃げた?

 皆を残して一人だけ?


「自分だけが知ってる抜け道を使って?」

「そうとしか考えられません」


 ―――おいおい、それがあれば皆を安全に逃がせたんじゃないのか?

 それどころか俺たちが必死になって戦う必要もなかったんじゃないか?


「……」

「申し訳ございません!」


 メイドたちが頭を深々と下げる。


「あなたたちに怒ってるわけではないわ。頭を上げなさい」


 おずおずと頭を上げるメイドたちの向こう側から領主が走ってるのが見えた。

 大方、撃退の報告を聞いて慌てて引き返してきたのだろう。


「ルーティア様!良くぞご無事で!」


 何事も無かったかのように話しかけてくる領主に、何かが切れる音がした。


「―――あなた、逃げ出したそうね?」

「い、いえ、決してそのようなことは―――」


 明らかに目を泳がせる領主を見て確信する。


「別に逃げるなと言ってるわけじゃないの。なんで民を守るべき見捨てて逃げたのかしら?」

「それは―――」

「どうしたの?―――言いなさい!」


 フェリックスの胸倉を掴み全力で引き寄せる。


「ひぃっっ!!!」


 はぁっ?コイツ一体何に怯えて―――。

 チッ、そういうことか。

 こいつ、血塗れの俺を見てビビってんだな?


「あなた、今まで戦地から帰った者たちを一度も出迎えたことがないのね?」


 こいつ無知なんかじゃ全然なかった。

 これは無関心だ。

 兵が死のうが民が死のうが全然知ったこったないってことだ。

 こんな奴が今まで領主をやってたのか。


「し、知りませんよ!」

「それが領主の言うことなの!?」

「大体ここにいるのは肉壁で―――」


 引き寄せていた手を離し、全力で振りぬく。

 パシィンという音が辺りに響いた―――。


「―――コルツ、知っていたのね」


 さっきコルツが言い淀んでいたのはこのことだったのか。

 ここの民たちはいざと言うときの時間稼ぎなのだ。

 非常時に王都から増援が辿り着くまでの生贄―――。


 だから誰も逃げずにここに残っていたんだ。


「―――元は家を追い出されたりして住む場所を失った者たちだ。皆納得してここにいる」

「そんなこと!」


 ―――許されて良い筈がない。

 しかし、その言葉は出てこなかった。

 それを言う前に、コルツの手が俺の頭に乗せられていた。


「誰も納得なんかしちゃいねぇよ。だから騎士団は命を懸けて守ってんだ」

「コルツ―――」


 俺は乗せられた手を振り払い、コルツを見上げて言う。


「絶対に―――、絶対に討伐するわよ」

「やはりルーティアがここへ来たのは運命だったようだ」


 隣からはウィルがそんなことを行って来る。


「運命でも何でも良いわ。ウィル、あなたも協力しなさい。―――これは命令よ」


 ウィルは肩を竦めて返してきた。

 それは良いのか悪いのか、どっちなんだ?


「もうお忘れかい。―――俺は既に協力するって言った筈だが?」

「そう。そうだったわね」


 あれは本気で言ってたのか。


「そう言うことなら騎士団も協力するぜ!」


 モードレットが後ろから声を上げた。

 騎士団長なのに後ろの方で何やってるんだ?

 「こっちへ来なさい」と呼ぶとモードレットは、


「お偉いさんの前は苦手なんだよ……」


 と言ってきた。


「それなら丁度良いわ。コイツを今すぐ牢屋にぶち込んで」

「おいおい、それはいくら何でも―――」


 コルツが窘めるように言ってきた。

 どうせ公爵令嬢がやって良いことじゃないとでも言いたいんだろう?

 ―――だが知ったことか。

 いてもいなくても同じなら別にいても良いが、こいつは明らかにいない方が良い。


「何を勘違いしているか知らないけど、民が壁ならそこを治める領主も壁でしょ?」


 役目を果たさなかった者を牢屋にぶち込んで何が悪い?


「―――そうだな」

「さぁモードレット。これでフェリックスは領主じゃなくて罪人よ?」

「分かった!今すぐやるよ!」


 そう言いながらモードレットがフェリックスを掴むと、途端に喚き散らしてきた。


「公爵令嬢に何の権限があってこんなことをするんだ!」

「あら、罪人を捕まえるのにどんな権限が必要なのかしら?」

「私を肉壁と一緒にするな!」


 こいつ、まだそんなことを言うのか。


「―――いずれにせよ。そんな言葉を大声で叫ぶような者に領主は無理よ」


 いずれ反乱でも起こされるのが関の山だ。


「血で真っ赤に染まった野蛮な令嬢は、性格も野蛮だな!」

「それ、誉め言葉かしら?」


 誰に向かって言っている?俺は元傭兵だぞ。

 俺はフェリックスに向かって思いっきり笑みを作った。


「ぐぎぎ―――」

「もう終わりなのね?モードレット、気が済んだみたいだから連れていきなさい」


 フェリックスは言葉にならない叫び声を上げた。

 しかし連れていかれる最中、人々の怒声に晒されて縮こまるように黙る。

 ま、これでフェリクスも自分の立場ってものが理解出来ただろ。

 それを見届けた後、くるりと向き直った。


「とりあえずの後任はテオドールに任せるわ」

「ぼ、僕ですか!?」

「モードレットがやるより良いでしょ。足りない分は執事にでも聞きなさい」


 魔物の撃退は騎士団が指揮を執ってたんだろ?

 一番重要な部分は騎士団の方が詳しい筈だ。


「それに、どうせすぐ決まるわ」


 正直俺がいなくとも、今回の件でフェリックスは信用を失墜していただろ。

 真実を知ってしまえば、国が一切準備していなかったとは思えない。


「なるべく早くお願いします」


 テオドールが深々と頭を下げる。

 そこまで怯えずとも、あいつよりは絶対ましだろ。


「一応言ってはみるけど、公爵令嬢に期待しないでね?」

「―――なるべく早くお願いします」


 遂に同じことしか言わなくなってしまった。

 まぁやるだけはやってみるけども。


「テオドールの期待に応えるためにも、私は帰らせて貰うわ」

「お願いします」

「コルツ、行くわよ」

「―――やれやれ、分かったよ」


 苦笑しながら頭を掻くコルツを引き連れて門へと向かう。

 その途中で声を掛けられた。


「あ、あの―――」

「何かしら?」


 少女から差し出された手には、塗れた布が握られていた。

 その布を受け取り、顔についた血をふき取る。


「どう?綺麗になったかしら?」

「もう少し―――」


 そう言うと、少女は俺の顔を丁寧にふき取ってくれた。


「姫様は野蛮ではないです」

「ふふっ、ありがとう」


 姫様なんて言われてしまった。

 前世と違って傭兵じゃないから、野蛮と言われて喜んでたら駄目か。 


「その血は数日もすれば綺麗になるから―――」

「はい、知ってます」


 ―――領主よりこんな小さな少女の方が魔物のことを知ってるじゃないか。

 魔物から吹き出た血もただの魔力の塊、人間のそれとは別物だ。

 数日経てば跡形もなく消えてしまう。


「それじゃあ、元気でね」

「姫様もお元気で―――」


 少女に手を振ってお別れをする。

 門へと辿り着くと、そこにはミーティアが待っていた。

 俺を見つけると駆け寄ってくる。


「ルーティア様!お怪我は!?」


 そう言われて体を見てみるけど魔物の血で全く分からない。

 馬から転げ落ちたときに多少擦り傷を負った知れないが、深刻になるほどではない。


「魔物の血だから大丈夫よ。それより戻ってきたのね」


 てっきり王都で待ってるものだと思ってた。

 馬車の手配をしなくて良いから楽だけども。


「当然です!」


 一切迷いなく言い放つミーティアに思わず笑ってしまう。


「さ、早く王都へ帰りましょう」


 ミーティアが俺の返事を待たず、手を取って馬車に乗せてくれる。

 そこへコルツも乗ると、馬車が動き出した。


 ―――その瞬間目の前が真っ暗に暗転する。

 ミーティアにぎゅっと抱きしめられるのを感じて体重を預けた。


「ルーティア様……頑張り過ぎです」


 今日はいっぱい心配を掛けちゃったな……。


「―――ねぇ、ミーティア?」

「何でしょうか?」

「約束、守ったわよ」

「……はい、ありがとうございます」


 ミーティアの震える声が遠くに聞こえる。


「後は俺たちに任せてゆっくり寝な」

「ええ、そうする、わ―――」


 そのまま俺の意識はストンと落ちた。

これでとりあえず一段落です。

元々は二章終わりの予定でしたが、一章が上手く切れませんでした。

次からは新展開になります。

PV、誤字報告、評価、感想など全部嬉しいです。ありがとうございます!

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