第二十四話
部屋から飛び出した俺たちは城を駆ける
「一体どういうこと!?説明なさい!」
「大規模な襲撃があったそうだ」
「数は!?」
「正確な数は分からんが、少なくとも五千は越えているらしい」
五千!?
こちらの騎士や傭兵が数百人だとしてその差は十倍以上。
これだけの数になると、上位種の数も数十匹に膨れ上がる。
数人がかりで対処する上位種がそんなにいては撃退はほぼ不可能に近い。
籠城しようにも上位種を一匹でも逃せば壁を壊され雪崩れ込んでくる。
「なんとかする方法は無いの!?」
「恐らく、ない―――」
……諦めるしかないというのか?
いや、最低限出来ることはある。
「せめて皆を逃がせないかしら」
「不可能ではないが、賭けになる。魔物は獲物を感知できない時間が長く続くと、標的を変えることもあるからな」
魔物は他の生物と同様に目や耳で判断している。
あまりに密集し過ぎると、当然目では見えないし戦闘音もかき消されてしまう。
すると、そこには獲物はいないと判断して別の人間を襲い始めてしまう。
「大人数だと逃げるのにも時間が掛かってしまうわけね」
「纏まって逃がすより、好き勝手に逃げて貰う方がまだ安全に避難出来るだろう」
城を出ると、騎士や傭兵が城門の前に集まっていた。
全部で三百人くらいだろうか。
「お、ルーティアじゃないか」
「ウィル!状況は!?」
「魔物は後一時間もしない内にここへ辿り着くみたいだぜ」
そう言ったウィルは、騎士の方へ振り向き声を上げる。
「俺たちはこいつの指示なら従うぜ?」
―――はっ?いきなり何を言い出してるんだ。
「一体どういうことよ。説明なさい」
「騎士様たちが俺たちに言うことを聞けって言うんだよ」
「今は非常事態だ!そんなこと言ってる場合じゃないだろう!?」
振り向くと、騎士が声を張り上げている。
その隣には見知った顔がいた。
「テオドール!」
「ルーティア様!?どうしてこちらに?」
「悠長に話している暇はないわ。何を揉めているか話して」
「今回は数が多過ぎるので、バラバラに動いたのではどうしようもありません。そこで全体を指揮する者が必要なのです」
つまり騎士が総指揮を取ろうとしていて、傭兵たちは騎士の指示を聞く気はないってことか。
「話は分かったわ」
「で、ルーティアはどうする?俺たちはお前の指示なら聞くぜ?」
「ルーティア様は早急にお逃げになってください」
……どうしよう?
ここで俺が戦闘に出てしまえば、父との約束を反故にしてしまう。
「コルツ、私が指揮をしたら皆は助かるかしら?」
「―――指揮官不在のまま開戦するよりは大分ましだな」
「……」
どっちを選ぶべきだ?
どちらにしても俺はきっと後悔すると思う。
なら、最終的に自分が納得出来る道を選ぶしかないんじゃないか?
「―――やるわ」
「ルーティア様!?」
ミーティアが悲鳴のような声を上げる。
「ごめんね。ミーティア、多分ここで見捨てちゃったら私は立ち直れないくらい後悔しちゃうと思うの」
「ですが、それでは……」
「そうね。私は死んでしまうかも知れない」
それでも、ここから逃げることは出来ない。
ヴァリアントが落とされてしまえば、残る二つの城塞都市にしわ寄せが行く。
そして王都にだって襲撃が行くようになるかも知れない。
だから、ヴァリアントが落とされるようなことは絶対にあってはならない!
「テオドール!私が総指揮を務めるわ!」
「ルーティア様!?―――承知致しました」
テオドールは驚いた様子を見せるが、すぐに答えを返す。
何度も戦場に出た経験が、時間を優先したのだろう。
「ウィルもそれで良いわね!?」
「あぁ、こっちは構わん」
騎士も傭兵も公爵令嬢に指揮を任せるなど不安しかないだろうけど、テオドールとウィルが従っているのであれば従う筈だ。
ま、後は結果で判断して貰うしかない。
「テオドール。先に聞きたいんだけど、伝令はもう出しているの?」
「馬の準備をさせているところです」
「それ、こちらでやるから良いわ」
「―――承知しました」
「テオドールとウィルは自分の部隊に伝えて!」
テオドールとウィルは各々の部隊へと走って行った。
「ま、結局こうなっちまうわけか」
「わ、私はどうすれば……?」
「ミーティアは王都への報告をお願い。さっき入れ違いになった騎士たちにもね」
今は戦力が一人減ることすら惜しい。
ミーティアならば俺たちが乗っていた馬車を使えるし、少しは早く伝えられる筈だ。
「畏まりました。―――絶対、絶対生きて帰ってくださいね」
「あら、そのつもりよ。魔物でもコルツでも死体でも盾にして生きて帰るわ」
「約束ですよ?」
「ええ、約束するわ」
ミーティアは少し名残惜しそうにするが、意を決したように走り出した。
それと入れ違いにしてテオドールとウィルが戻ってくる。
「戻りました」
「それでどうするつもりだ?」
「細かい作戦を立てている時間はないわ!傭兵は右翼、騎士は左翼で分けて、弓を使える者はその後方に―――」
上位種さえ倒してしまえば、後は籠城でもなんとかなる。
なんとか戦線を押し留めて弓で狙い撃つしかない。
そこへ横からコルツが話しかけてきた。
「一般人はどうする?逃がすか?」
「―――開戦までは中に居て貰って。その後は自由にして貰って構わないわ」
デタラメに逃げて万が一魔物がそっちに誘導されると被害が爆発的に広まってしまう。
逃げるなら魔物を戦場に引き留めてからだ。
「了解、その辺の奴に伝えるよう言っておくわ」
そう言うと、コルツは歩いていく。
コルツならばきちんと伝えられるだろう。
「では、準備出来た者から戦場へ!」
「承知致しました!」「了解!」
雄叫びを上げるように気合を入れながら戦場へと向かった。
◇
「増援は間に合いそうにないわね」
「―――あぁ、やるしかねぇ」
ミーティアは今どこにいるのだろう?
王都まではここから十数キロほどしかないから、飛ばせばそろそろ着いていてもおかしくない。
そこから準備をして……まぁどれだけ時間が掛かろうとも半日ほどで決着する筈だ。
「守れば勝ちなんだもの。きっと何とかなるわ」
「その通りだ。無理に全部倒す必要はない」
―――魔物たちは既にそこまで迫っている。
こちらの何十倍にも及ぶ魔物たちが雄叫びを上げなら突撃してくる様子に圧倒されてしまう。
魔物も生物とほぼ同じだから疲れを感じる筈なんだけどな。
「それより、本陣の守りが薄すぎねぇか?」
「多分だけど、ここまでは来ないでしょ」
本陣には俺とコルツ、そして伝令が騎士と傭兵から二人ずつの六人しかいない。
まぁ少し後ろにいる俺たちに牙を向くことはそうそうない筈だ。
こちらに向かって来なければここで指示を出すだけ、危険はない。
「もしここまで来ても、数匹ならなんとかなるでしょ?」
「―――余裕だな」
そのとき騎士が走って来た。
「前方の部隊、接敵しました!」
「分かったわ。前方は兎に角守りを優先。弓部隊は上位種を見つけ次第狙撃、それまでは待機で!」
「了解しました!」
上位種の位置と数を調べさせているが、まだ連絡はない。
ゴブリンの上位種は高さが全然違うから分かりやすいけど、ウルフはゴブリンに隠れてしまってわかりづらい。
「ゴブリン上位種、把握しました。数二十七!」
「詳しい位置を伝令に知らせて!」
騎士団が持っていた地図を使って位置を大まかに指差していく。
それを聞いた伝令たちは即座に弓部隊へと走った。
「―――流石に数が多過ぎるわね」
魔物の数が多過ぎて、徐々に端から回り込まれてしまっている。
騎士や傭兵もそれは分かっているので、強力な部隊を配置している。
それでも対処が間に合っていない。
「何か策を出すか?」
「―――今は様子を見るわ」
隊列を複数用意しているから、一人で前も後ろも対処する必要はない。
だが、これが弓部隊まで及ぶ前に何かしらの指示を出さなければならない。
「ウルフ上位種、把握しました。数三十二!」
「詳しい位置を伝令に、ただ攻撃はゴブリンの上位種を優先させて!」
城壁や門の破壊だけを考えるなら、ウルフより武器を持っているゴブリンの方が上だ。
ウルフの上位種だけであれば王都からの増援が間に合う可能性もある。
最悪俺たちが全滅するとしてもゴブリンの上位種だけは倒しておかなければならない。
「増援到着しました!」
伝令を受けて振り向くと、重い鎧を着て走ったのか、モードレットが息を切らせながら立っていた。
「遅れちまって済まねぇ!」
「遅いわよ!既に両翼から回り込まれ始めてるわ」
「俺たちはそこを押し留めれば良いんだな!?」
「そうよ。出来る限り時間を稼いで!」
―――えーっと、それからそれから。
先に伝令に向かった者たちが戻って来たのですぐに指示を出す。
「前線の前後を入れ替えるわ。乱戦にならないよう注意して!」
魔物の正面に立つ者たちは三十分にも満たないとは言え、全力で動きっぱなしだ。
交替して少しでも体を休ませなければ、そこから崩れてしまう。
それからしばらくして角笛が鳴り響き、後方に控えていた者たちが一斉に前へ出る。
「―――これでしばらくは大丈夫かしら?」
「あぁ、とりあえずはな」
前後の入れ替えも乱戦にならず上手く行った。
両翼に回り込んだ魔物たちは、モードレットたちの部隊によって少しずつ押し戻されている。
魔物の軍勢はまだ横に広がり切っていないので、しばらくはこれで持たせられるだろう。
魔物の特性をきちんと理解していれば、ここまでは誰だって出来る筈。
数の暴力が圧し掛かって来るのはこれからだ―――。




