第二十一話
「言っておくが、襲撃を見つけても突っ込むんじゃねーぞ」
「どうやって突っ込むのよ……」
城塞都市がそろそろ見える頃になって、コルツがいきなりそんなことを言った。
まさか俺が馬車を飛び出して走って行くとでも思ったのだろうか?
「お前ならやりかねん」
「そこまで見境なしじゃないわよ。―――ほら見えてきたわ」
城塞都市の壁は所々修復した跡が残っていた。
大規模な襲撃に対してあの壁で凌いだことが何度もあるのだろう。
魔物との激しい戦いがあることを物語っていた。
外壁の上には警戒のために何人か立っている。
しかし、これから応戦するようにはどう考えても見えない。
「コルツの方が残念なんじゃないの?」
「お前の護衛をしてるのにそんなこと言わねーよ」
前の席ではミーティアが「出来る限り急いで入ってください」なんて言ってる。
―――皆心配し過ぎだっての。
当然というか、そのまま何事もなく城塞都市へと入ることが出来た。
「ほら、何も無かったじゃない」
「―――お前は気楽で良いな」
「あなたたちが気を張り過ぎなの。護衛の立場で気を抜くのは無理かもしれないけど、何も無いのにそんなに神経を尖らせていたら疲れてしまうわ」
本当に大丈夫か?
明日辺り、気疲れで動けなくなってたりしないだろうか?
「中に入っちまえばもう安全だろう」
「そうよ。ミーティアも休めるときに休んでおきなさい」
「はい、畏まりました」
二人が深く息を吐き出している。
むー、流石にここまでの扱いをされるとちょっと納得がいかない。
そんなことを話している内に中心の城へと入る。
堅牢な門に守られた頑丈な城だ。これが民衆を守る最後の砦である。
これなら外壁を突破されても長時間耐えることが出来るだろう。
馬車を降りると、待っていたマーカスに声を掛けられた。
「ようこそ城塞都市ベルモントへ。本日はお越しくださりありがとうございます」
「ええ、こちらこそ招待してくれてありがとう」
「長旅でお疲れでしょうから、本日はおやすみください」
そこまで疲れているわけじゃないけど、甘えさせて貰おう。
数日は滞在する予定だし、急いで話をする必要もない。
メイドの案内で部屋へと移動する。
コルツは隣の部屋らしい。
「何かあったら呼べ」
「わかったわ」
本当は少し作戦会議をしたかったが、異性の部屋に入るのは拙いよな。
話し合いをしたければ応接室などを用意して貰うわないといけない。
俺は早速ベッドに座った。
前に立つミーティアに声を掛ける。
「ミーティアも座って良いわよ。ベッドが嫌ならそこの椅子で良いわ」
「畏まりました」
そう言うとミーティアは椅子に座った。
流石に他人の屋敷で隣に座ったりはしないか。
「思ってたより平和そうよね」
「そうなのですか?」
「五年は持たないと言っていたから、毎日攻め込まれているかと思ってました」
「そんな状態では許可がおりませんよ」
そりゃそうだよなぁ。
よくよく考えたら毎月攻め込まれるだけでもかなりの負担になる。
大怪我をすれば治るまでに一ヶ月以上掛かることもあるし、その度に装備を整備する必要もある。
また、籠城すれば城壁の修理も必要になるだろう。
例えば一年で終わるならば良いが、俺の前世より前からずっと続いている。
減る以上に増やし続けられなければ、いつか足りなくなってしまう。
「もしかしたら、魔物の撃退に協力しない貴族が多いのかも知れませんね」
「―――」
ミーティアは何も答えない。
どう思ってるにせよ、口に出したら拙いことだし仕方がない。
「討伐とは別に、盤石の態勢を敷く必要があるかも知れません」
「私もそう思います」
多分今回俺が呼ばれたのもそれが目的だろうからな。
公爵令嬢としてどこまで出来るかは分からないが、でも賛同者は多いに越したことはない。
俺のやりたいこととは少し違う。
でも、対抗する者が増えなければ討伐をすることだって出来ない。
協力することで俺の目的にも近づく筈だ。
そのとき、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
ミーティアが慌てて立ち上がり、扉へ近づく。
「何か御用ですか?」
「お食事の準備が出来ました。如何されますか?」
あらら、考えごとはここまでか。
でも、マーカスは「本日はおやすみください」と言っていたから、食事中に切り出されることは無いだろう。
会議などの優先事項があれば、そもそも来ないかも知れない。
「すぐ準備するから少し待って貰えるかしら?」
「畏まりました」
準備と言っても、外用の丈夫な服から身軽な服に着替えるだけだ。
パッと脱いでパッと着て終わり。
手伝いが出来なかったことにミーティアが残念そうな顔をするが気にしない。
「準備出来たわ。案内よろしくね」
「どうぞ、こちらです」
メイドに連れられて行くと、予想通りマーカスの姿はなかった。
―――やはり明日が勝負だな。
俺の目指すところはあくまで巣の討伐。
今のところは同じ方を向いているが、取り込まれないよう気を付けなければ。
◇
次の日、午前中の早い時間から集まっていた。
マーカスだけでなく、アーサーも来ている。
「ルーティア様、遠いところをお越しいただきありがとうございました」
そんな始めの挨拶と共に会議が始まった。
「ルーティア様はベルモントがどんな状況にあるかご存じでしょうか?」
「いいえ、聞かせて頂戴」
「はい、では説明させていただきます」
その言葉を聞いて秘書と思われる人物が立ち上がり、説明を始めた。
「ベルモントが魔物の襲撃に対抗するために建てられたことはご存じかと思います」
「ええ、知ってるわ」
「ですから、通常の襲撃であれば問題がありませんでした」
それはつまり普通じゃないってことだよな?
「十年ほど前から徐々に魔物の数や頻度が増えています」
それはきっと魔物の巣の核が魔力を集める性質を持つからだろう。
俺が討伐した巣から拡散した魔力の一部を吸い込んでいるんだと思う。
そのせいで魔物が生み出されやすくなっているのだ。
「今はまだ対処に余裕がありますが、このまま増え続ければ数年で破綻してしまいます」
「それが大体五年後ってわけね」
魔物が増えているというのはこの前父も言っていたな。後は大体想像通り。
「そこで問題になって来るのが、隣のヴァリアント領です」
「へっ、隣?」
対処しきれないから、人を増やしてくれって話じゃないのか。
「ヴァリアント領は私兵を持たず、王国の騎士に頼りきりなのです」
「―――そうなの?」
「ベルモント領は少なくとも十年は大丈夫です。私兵や傭兵など兵の増員に取り組んでいますから」
「ヴァリアント領はそうではないと?」
「その通りです。仮に三つある守りの内一つが崩れれば、残りの二つに多くの魔物が流れ込んで来ることでしょう」
なるほど、ヴァリアント領が崩れても、少し離れた王都より近くの城塞都市を襲いやすい。
いくらベルモント領が準備を進めているといっても急激に魔物の数が増えれば対処しきれなくなるってわけか。
秘書が説明を終えて着席した。
それに代わってマーカスが立ち上がる。
「私たちがお願いしたいのはヴァリアント領のことなのです」
「ええ、おおよそは分かったわ。でもそれなら陛下に進言した方が良いのでは?」
「勿論しておりますが、そんな余裕はないの一点張りです」
「そうでしたか―――」
そんなことあり得るのか?
魔物の襲撃を抑える城塞都市には国から多額の補助を貰っている筈。
ベルモント領に出来て、ヴァリアント領に出来ない理由なんてあるのだろうか?
「伯爵の言うことは本当だぞ。ヴァリアント領だけ騎士団の遠征が異常に多かったからな」
「元騎士団の団長が仰られるのであれば確実ですね」
うーむ、これは難しい―――というか面倒な話になって来たぞ。
役割を果たせていないのであれば、首を挿げ替えるしかない。
その場合は代わりを用意しなくてはならない。
いくら自分の領が持てるとは言え、進んで危険な地域に行きたい貴族などいるのだろうか?
仮にいたとしても、その貴族がきちんと治めてくれるかは分からない。
他に適した人物が見つからなければ、最低限やっているので現状維持になってしまいそうだ。
でも、その最低限じゃ足りなくなりそうって話なんだよなぁ。
何かしらの対処をしなくては間に合わなくなる。
「私どもとしては、ルーティア様が治めていただければ不安はなくなります」
「……私、ですか」
最初からこれが目的だったってわけか。
俺の目標は討伐だから流石に受けることは出来ない。
それ以前に父も許さないだろう。
いや、討伐に行くよりは良いって賛成してしまうか?
どちらにしてもこんなことを俺一人で決められるわけがない。
最低限父に話を通さなくては―――。
「勿論、この場で答えられないことは承知しております」
「ええ」
「ですが、どうか御一考をお願いします」
困った……。
これ、どう動いても面倒な結果になる気しかしないぞ?
最良はきちんと治めてくれる貴族を探し出すことだが、俺にそんな繋がりはない。
―――いっそのことコルツにやって貰うか?
いや、こいつは俺と同じで討伐を目的にしている。お願いしても聞いてはくれないだろう。
「―――考えておくわ」
そう答えるのが精一杯だった。
一つ一つ問題を解決していけば良かった前世とは大きく違う。
一度にいくつもの難題が降りかかっている。
これが貴族、責任ある立場ってやつか……。
―――でも、目的を果たすには解決するしかない。
分からないことは誰かに聞けば良い。
コルツやミーティアでも、俺よりはずっと詳しいだろう。
「本日の会議はここまでにしましょう」
マーカスの合図で解散された。
部屋を出ようとしたとき、アーサーが話しかけてくる。
「ルーティア様なら安心できると僕らが思っているのは本当です」
「―――まだ、こんな子供よ?」
「危険な地域に飛び込む勇気と、民を守ろうとする意思を併せ持つ貴族はそれだけ貴重なのです」
「そうなのね」
コルツみたいに命を掛けても討伐したいなんて言う貴族の方が珍しいのだろう。
騎士や兵士に任せておけば良いってことなんだろうな。
それどころか、我関せずな貴族も多いのかも知れない。
―――まずはその意識を変えないといけないんだな。
俺は相談をすべく、急いで部屋へと戻った。




