第一話
予約投稿に初挑戦。
さて、予定通りに行ったでしょうか?
「転生かぁ」
昨日見た夢を思い出しながら呟く。
俺の口から発せられた言葉は消え入るようにか細い声だった。
だが、それすらも耳聡く聞きつけた者から声がかかる。
「ルーティア様、如何なされましたか?」
ハッと口を閉じ、そちらへと顔を向けると、メイドのミーティアが頭を下げる。
最近俺の専属になったメイドで、名前が似ているから彼女が良いと言ったと記憶している。
どうしようか迷っていると、ミーティアが心配するように首を傾げる。
「お加減が優れないのでしょうか?」
「いえ、良いわけではないけど、そうではないの」
俺はあの時、転生をしたいと願った。
そして神の気まぐれかそれは叶ったのだ。
俺は俺が死んだその日に生まれたらしい。
赤ん坊の頃は意識が曖昧だったものの、大きくなるにつれ少しずつ前世の記憶を取り戻し、十歳になった今日全てを思い出したのだ。
知らない記憶が頭に入ってくることに最初は戸惑いもあったが、同時にこれは自分自身だという確信もあった。
願いは叶った。叶ったのだが―――。
チラと横に備えられた姿見を覗くとそこには、前世の感覚から言えば薄幸の美少女と表現するしか無い自分の姿が映っていた。
流れる髪は透き通るような銀髪で、小さな体に細い手足。
青い瞳は海を思わせるようだ。
前世とは体も容姿も違いすぎる。唯一あの頃を思い出せるのは少し吊り目がちな所くらいだろうか。
あの頃は様々な人を怖がらせてしまったが、この容姿では威圧感の欠片も無い。
これは人の身で神に意見をした罰なのかも知れない。
何せ転生したのは女性だったからだ。
女性の体でどうやって彼女を幸せにすれば良いのだろう?
もし彼女に会えなかったときは、降りかかる火の粉を払うことで彼女のためになろうと思っていたのに。
俺が討伐できたのはあくまで魔物の巣の一つだけだ。
国に危害を及ぼす魔物の半分以上がそこからやってきたとは言え、それで全てではない。
残りを倒さなくては真の平和が訪れることはないのだ。
この際女性の体なのは良い。非力なら非力なりの戦い方がある。
だが、この病弱な体だけは如何ともしがたいことだ。
剣を握るための体力をつけることも難しいこの体で、どうすれば良いのか。
いや、生きてこそ矜持は紡がれる。意地を張らない人生なんて俺にとっては死んだも同然だ。
いくらハンデを抱えていようともそれを叩き潰してやる。
―――そうやって跳ね除けて生きてきたんだがなぁ。
よりにもよって貴族に転生してしまうとは。
しかもリーンイア公爵令嬢ルーティアとしてである。
以前は貴族が大嫌いだった。
あいつらは堅苦しい決まりごとばかりで、俺にとって無意味でしかないことを守っただけで威張り散らす嫌な相手だった。
―――はあぁぁ、公爵令嬢ってのは剣術を身につけることが出来るのか?
護身術くらいならあるかも知れないが、戦争には行かせて貰えないんだろうなぁ。
貴族じゃなければ―――、貴族だったとしても男だったら―――、女だったとしても誰も反対できないような王族なら―――。
せめて、健康な体だったら―――。
今は男としての意識の方が強いが、それは前世の願いのお陰だろう。
しかし、こんな状況ではいつ心が折れてしまうかもわからない。
この体は全てを撥ね退けて意地を張り通せるほど強くは無いのだから。
「やはりお加減が優れないのですね。朝食は食べられそうですか?」
「いえ、本当にそういうのではないの。全部は無理かもだけど食べるわ」
唯一の救いは公爵令嬢としての記憶もしっかり残っているため、こうして滞りなく話せていることだろう。
まだ自分がどう生きられるのかも分かっていないのに見放されては困る。この体は一人で生きられるほど頑丈ではない。
「お部屋にお持ち致しましょうか?」
「本当に大丈夫よ。着替えを手伝って貰えるかしら?」
こほっこほっ―――。
少し立ち上がっただけでこれだ。
慌てて差し伸べられる手に寄り掛かりながら姿勢を正す。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ、このくらい、いつものことでしょう?」
「ですが―――」
その言葉を最後まで聞くことなく、咄嗟に俺はミーティアの顔を睨みつける。
「良い?ミーティア。確かに今の私はあなたの手を借りなければ満足に着替えも出来ない」
一つ息を吸い込んで更に続ける。
「でも、このままにするつもりなんてサラサラないわ」
「ルーティア様……ご意志は確かなのですね」
ミーティアが私を見てどう思ったのかは分からない。
でも、私の意志は伝わったのだと確信する。
「手始めに朝食を食べます。食べなければ健康にはなれませんから。良いですね?」
「はい、かしこまりました」
俺の望みを鑑みれば、今の状態は最悪に近い。
でも、それは迷う原因にはなっても諦める決定的な要因ではない。
俺は誓ったんだ。絶対に彼女を幸せにすると―――。
気が付けば祈るように拳を握っていた。
◇
食堂へ辿り着くと、そこには両親と兄、家族全員が揃って待っていた。
「体は大丈夫なのか?」
手を惹かれて食堂へやってきた私に対し、父であるアレクス・リーンイア公爵が心配そうに声を掛けてくる。
「はい、私ももう十歳になります。いつまでも弱いままではいられませんから」
この国で十歳と言えば、社交界に顔見世をする年齢だ。
これ如何によって貴族としての今後の未来を決定づける―――らしい。
正直俺の目的には必要のないことではある。
だが、俺自身が動けなかったとき、皆の力を借りるという方法がある。
目的が達成されるのであれば、手段を問わない。否、問うてる余裕なんて今の俺にはない。
大嫌いだった貴族の嗜みだって利用できるなら利用する。それが傭兵だった俺の生き方だ。
「分かった。では、用意させよう」
自分の席に座って暫く待つと料理が運ばれて来た。
準備が整ったところで皆で神への祈りを済まし食事を始めた。
「ところで―――」
食事中にも関わらず父が声を上げる。
貴族の間では本来パーティのような特別な事情を除いて、食事中の会話は不作法とされているのだが、俺がいるときは特別らしい。
部屋に一人で籠りがちな俺を少しでも楽しい気分にさせようという父の計らいだ。
「ルーティア、今年はお前の初舞台となるわけだが、その体では心配でもある」
「はい、恥ずかしながらその通りです」
意志とは関係なく、俺の体が弱いことはどれだけ取り繕っても変えようのない事実だ。
「そこでだ。同い年の王女に手伝って貰おうと考えている」
「それは―――よろしいのでしょうか?」
貴族の情勢には疎い俺でも他ならぬ王女を小間使いのようにさせることには抵抗がある。
いや、これでも十年は貴族として生きてきたから前世より知識はあるのだが……病気で寝込む期間の多かった俺では足りない部分の方が圧倒的に多い。
「構わん。王女は年が離れた兄姉しかいなくてな。年の近しい者と関係を持てるなら望むところなのだ」
「そうでしたか」
「ただし、一つだけ条件がある」
条件?一体なんなんだ?
「お前は時折、粗暴な言動をしているようだ」
「えっ、それはいつのことですか!?」
公爵令嬢の中身が男だなんてバレたら風聞も何もあったもんじゃない。
記憶が戻っている最中も、口調だけは細心の注意を払っていた。
「言いにくいことだが……その、寝言でな」
「寝言、ですか……」
恐らく体の弱い俺の心配をしたミーティアは度々様子を見に来ていたのだろう。
そのときに聞いてしまったのだ。
確かに夢の中までは意識することが出来ない。
だが、そんなのどうしろっていうんだ。
ルーティアの中身が男であることは変えようのない事実なのだから。
でもまぁ裏を返せば寝言だけとも言える。王女と一緒に寝る機会などありはしないだろう。
ならば―――。
「昔からエクレール様のことを夢で見ていたのです。それが寝言として出てしまっていたのではないかと思います」
嘘は言っていない。
俺は前世の記憶を夢として少しずつ取り戻していた。
「お前にはエクレールの英雄譚を何度も聞かせてしまったな。であればいずれは落ち着くか」
「はい、この頃は夢に見ることも減ってきました」
「エクレールのことがそんなに好きであれば、王女とは気が合うかも知れんな」
ふっふっふと楽しそうに笑う父に、
「王女様もエクレール様のことが好きなのですね!それは楽しみです!」
と、内心で自分のことが好きだなどこっ恥ずかしいと思いつつも、それを必死に隠しながら答えた。
「やはり英雄を好きになってしまうものでしょうか。わたくしとしてはルーティを好きになって貰いたかったのですが」
母であるトルネが頬に手を当て、思い悩む素振りを見せる。
俺の名前をルーティから取ったくらいだもんな。それだけ好ましく思っていたのだろう。
何でもそつなくこなしたルーティに比べ、俺は貴族からは嫌われてたからな。
「そう言うな。私も昔は侮っていたが、あの男はその命を以って逆境を見事に跳ね返して見せたのだ。その気概は我々も認めねばなるまい」
「それはわたくしも認めています。ただ淑女として、恋人と最期まで添い遂げたルーティこそ模範にして貰いたいのです」
な、なるほど……。
前世では貴族をひたすら遠ざけていたから知ることは無かったが、そんなことを考えていたんだな。
「父上も母上も喧嘩はお止めください。ルーティアは淑女であり、公爵令嬢でもあるのです。どちらも必要ですよ」
兄のユージアが俺を庇ってくれる。
兄とは歳が近いこともあって、この中では一番話しやすい相手だ。
俺には他に二人の兄がいる。
「それもそうだな」
「ええ」
そこまで大事なことでは無かったのだろう。
兄の言葉に二人ともすぐに引き下がる。
「話が飛んでしまったから戻すが、今日私は早速王女へ会うための手続きをしてくる。三日後には会えるだろう。王城へ出向く準備をしておきなさい」
「はい、かしこまりました」
王女の相手か……、父は相手も望んでいると言っていたが、俺では務まらないだろう。
粗暴な傭兵風情にも気さくに話しかけてくれたのは王だけだ。
生前は王妃とも大臣とも反りが合わなかった。ならばその子供とも……。
別人になってしまったとは言え、無二の友人であった王の期待を裏切ってしまうのかと思うと気が重い。
「ごちそうさまでした。先に部屋へ戻ります」
俺は父や王への申し訳なさで、逃げるように食堂を後にした。
本日はここまでです。
明日も投稿しますので、またよろしくお願いします。




