第十八話
屋敷へ戻ると、封書が届いていた。
差出人はベルモント伯爵。昨日会ったマーカスだな。
内容は「城塞都市の近況を報告したいので、出来れば来て欲しい」というものだった。
随分急ではあるものの、気持ちは分かる。
俺は行くつもりでいるが、父の判断も仰いだ方が良いだろう。
父の書斎へと向かう。
扉をノックすると、返事があったので中へと入る。
「失礼します。お父様と少しお話したいことがあります」
「ふむ、とりあえずは座りなさい」
父の進めに従ってソファへと座る。
「体の調子はもうすっかりいいのか?」
「激しい運動をするとすぐ疲れてしまいますが、普通に生活する分には支障はありません」
「そうか、それは良かった」
父はこちらを見て優しく微笑む。
両親にも随分心配を掛けてしまったが、これである程度は見直してくれた筈だ。
「それ用事とはなんだ?」
「はい、これを読んでください」
そう言って、ベルモント伯爵から届いた封書を渡す。
「ふむ、自分の領地に来いということか」
「私は行くつもりでいます」
「お前は巣の討伐をしたいのだったな」
「はい、どこまで出来るかは分かりませんが」
父には顎に手を当てて何かを考えている。
「先に討伐について話そう。お前は体が弱いから、前に出過ぎず周りを頼りなさい」
「はい」
「コルツでも良いし、ここに書いてあるマーカスでも良い。仲間を上手に使うんだ」
「はい」
「お前一人で全てをこなす必要はない」
「わかりました」
この体で前に出ても魔物にやられるのがオチだ。
一匹一匹は弱いとは言っても、何十匹にも囲まれればすぐに体力が尽きてしまう。
いや、父はそもそも俺が戦場に出ることは無いと思っているのかも知れない。
王の話を聞くに、上の者は大っぴらには動きづらい。だから俺が仲間を集めるのは都合が良いのだ。
しかし、俺が戦場に行くとなれば話は別。
討伐が近づけば、父はどこかで掌を返すかも知れない。
「それでこの封書のことだが、少なくとも一ヶ月は待って貰いたい」
「どうしてでしょうか?」
「一か月後、ユージアが王立学院へと入学する。入学後は寮生活になってしまうから今の内に話せることは話しておきなさい」
もうそんな時期なのか。
王立学院は十三歳から十五歳までの二年間、希望者が行くことになる。
貴族でも平民でも入ることが出来るが、平民には少々大変なお金が掛かるので、貴族と商家が中心である。
中には突出した成績を残して、国からの補助を受けながら通う優秀な平民もいるそうだが。
最近は俺の目的のため、またユージア自身も家庭教師を雇って勉強をしていたから、話す機会がなかった。
俺が失敗すれば話せるのはこれが最後になってしまうかも知れない。
後悔するより、話しておいた方が良いだろう。
「わかりました。では、ベルモント伯爵にはその旨を連絡しておきます」
「うむ、時間は足りないかも知れないが、私も陛下もいる。焦らぬことだ」
「はい。あっ、お父様」
「なんだ?」
「出来れば、大きめの演習場をご用意出来ないでしょうか?最大で三万人程が訓練に参加出来る規模が欲しいのです」
「ふむ、討伐時を想定した動きをするということだな?」
「はい、今すぐではありませんが、半年後を目途に用意していただけると助かります」
ウィルたち傭兵も出来れば参加して欲しい。
そうなると騎士二千、傭兵一万、兵士一万の二万二千の部隊になる。
王都や周辺の守りをゼロにするわけにはいかないから、実際の数は二万程度になる筈だ。
そこに貴族の私兵などを加わえて三万を目指している。
今回は前回のように傭兵だけで組まれているわけではない。
当然各々戦術などが違うだろうから、部隊を円滑に動く訓練が必要だ。
この練度によっても成功率が大きく変わる。
武器や兵站はその気になれば、数ヶ月で用意できる。
この訓練をいち早く始められるかが、成功のカギになる。
「他に何かあるか?」
「今のところ思いつくことはありません」
「そうか、それならば下がって良いぞ」
「はい、それでは失礼します」
父の書斎を出ると、早速ユージアの部屋に向かうが、少し考えて書斎へと立ち寄る。
ユージアが勉強を始める前は、良く書斎の本を読んで貰っていた。
だから、今回もそれにお願いすることにした。
部屋の扉をノックすると「どうぞ」という返事が返って来たので中へと入る。
「どうしたんだい?」
「お兄様はもうすぐ王立学園に入学してしまうのですよね?」
「ああ、そうだね」
「その前に少し甘えておきたかったのですわ」
「それで山のように本を持ってきたんだ」
山のようにって言ってもたった三冊だけどな。
ユージアに読んで貰った本を持ってきた。
「良いよ。こっちへおいで?」
「はい、お願いします」
ユージアに本を渡すと、それらを物色し始める。
「お兄様はどの本がお好きなのですか?」
「そうだね―――、僕はこれが好きだな」
ユージアが俺に見せてきたのは良くある英雄譚だ。
王の勅命を受けた青年は、様々な困難に乗り越え最終的に人々を困らせているドラゴンを討伐すると言うもの。
だが、そのドラゴンは悪い魔術士が操っていることが分かって―――。
ドラゴンの血を飲んで超人化した青年は、その力で悪い魔術師が所属する秘密結社ごと滅ぼしてしまうというシナリオだ。
「これが好きなんて、相変わらずお兄様は珍しいですね」
「魔法が出てくるからね」
魔法の源、魔力は魔物の力だ。
魔力を利用しようとして、魔物になってしまう御伽噺も多い。
そのせいか、この国では魔法の研究は禁忌とされている。
「魔法なんて本当にあるのかしら?」
「わからない。でもあったら魔物の討伐には有効だと思わない?」
「この御伽噺に出てくるような魔法が本当にあるのであれば、ですけどね」
御伽噺では広範囲を焼き払うような魔法や、空から雷を落とす魔法が出てきている。
そんなことが本当に出来るなら、戦力になることは確実だ。
「だけど、何も取っ掛かりが無いんじゃ研究しようもないんだけどね」
「そうですね。この作品の通り『炎よ!』って言ったら使えるのでしたら楽なのですが」
「それだけで使えちゃうんだったら、今頃魔法使いだらけになっているよ」
俺とユージアは二人で笑う。
「ルーティアは今、魔物の巣の討伐を目指しているんだよね?」
「ええ、どういった形になるかは分かりませんが……。戦場には連れて行ってもらえないかも知れませんし」
「子供を戦場に連れて行くのに抵抗感がある貴族は多そうだしね」
まぁそのときは荷台でもなんでも隠れて行くつもりだが。
指揮官の不在は士気に大きく影響してしまう。
形だけでもいることで、成功率は格段に上がるのだ。
「ルーティア。決して無理はしないと約束してくれ」
「……それは出来ません」
「どうして?」
「私は生きて帰るつもりです。そのためには相打ちする以上の無理をしなければ達成することは出来ません」
前世でも「もっとやれたんじゃ?」という思いはある。
近隣に全く被害を出さなかっただけでも、皆は死に物狂いで戦った。それを否定するつもりは無い。
だが、もしかしたら少しでも生きて返すことが出来たんじゃないか?
俺がしっかり指揮出来ていれば、そんな道があり得たかもしれない。
「そうか、うん、それなら良いんだ」
「分かっていただけて嬉しいです」
「それなら、こう言っておこうかな。生きることを絶対に諦めちゃ駄目だよ?」
「はい、承知しました」
ユージアはコクコクと頷く。
「ところでルーティアは王立学校に行くのかな?」
「いえ、まだ全然考えてはおりませんわ」
今は魔物の巣を討伐することで頭がいっぱいだ。
当然ながら生きては帰れない可能性もある。
「王立学園は行った方が良いよ。色んな人に会えるからね」
「はい、色々な人に会えるのは楽しみです」
でも、討伐が終わっても俺の人生は続いていく。
生きて帰るつもりなんだ。
その先のことも考えていった方が良いのかも知れない。
「お兄様は学園へ行ってどんなことをしたいのですか?」
「そうだなぁ。学者なんてどうかな?」
「学者になるなら色々な勉強をしないといけませんよね」
「大丈夫、僕は勉強が好きだからね」
うん、ユージアならきっと学者にだってなれるだろう。
俺は……どうかな?
前世より頭が良いから、文官や学者を目指しても良さそうだ。
「家庭教師の方とも仲良いですものね」
「兄さんたちは勉強が嫌いで、家庭教師と何度も喧嘩していたらしいよ」
「ええ、そうだったのですか!?」
それは初耳だった。
二人とも文官として頑張っていると聞いていたから、てっきり二人とも優秀だと思っていた。
「でも、二人とも今は凄く頑張ってるそうだから、きっと偉くなれるよ」
「二人が偉くなれば嬉しいですわ」
二人の努力が認められれば俺も嬉しい。
俺はそのために命を賭して魔物の巣を討伐したのだから。
「随分話しちゃったな。そろそろ家庭教師が来る時間なんだ」
「あら、そうでしたか。お邪魔にならない内に部屋へ戻りますね」
そろそろ日が傾き始め、数時間もしない内に日が暮れてしまうだろう。
ユージアはこんな時間まで勉強を続けているのか。
「今日は話せて嬉しかったよ」
「お兄様が学園に入学するまで、また会いに来ますわ」
「あはは、毎日だと話すことを考えとかなきゃ」
「ふふふっ、そうですね。私も考えておきますわ」
ユージアに挨拶をして、部屋を退出した。
一日過ごすのもそれほど苦ではなくなってきた。
明日に疲れを残さないよう、今日は早めに寝よう。




