第十七話
顔見世が終わった次の日、お礼のために王城へ訪れていた。
大事な話があると王からの通達があり、ミーティアは玄関で待っている。
「陛下、王女殿下、この度は誠にありがとうございました」
いつもと違う呼び方に違和感しかない。
前世の影響で、王とか王女って言っちゃってたからなぁ。
昨日父に「間違ってはいないのだが、公式の場で王女様と呼ぶのはあまり良くない」と釘を刺されてしまった。
「あら、今日は殿下なのね?」
―――言わないでくれ。
そう呼ぶってことをすっかり忘れてたんだよ。
まぁ陛下は兎も角、殿下はレダティック王国では特に継承権を持つ者に対して言われるから、他国の王子と婚約しているエクレアは王女で問題ない。
なので一応は言い訳出来る。
「婚約の必要がなくなれば、殿下とお呼びするのが正しいですから」
「討伐するって言ったのはルーティアだもんね」
「―――そのことなのだが」
王が声を挙げたので、体ごと振り向く。
―――助かった。このまま話し続けていたらずっと揶揄われていた。
「本気で巣の討伐を目指すつもりなのか?」
「はい、もう決めました」
王は俺の言葉を聞いてしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「―――ならば、知っておいて貰いたいことがある」
「何でしょうか?」
「我が国は今後遷都をしようと考えている」
遷都って王都を別の場所に移すってことだよな?
恐らくは城塞都市を放棄して、北側に守りを移すのだろう。
そうすれば何割かは山を越えて南へ行く。
それだけでもレダティック王国に掛かる負担が減る。
だが遷都するとなれば当然ながら莫大な費用が掛かる。
あの王子がどれだけボンクラでもそこまでする必要あるのか?
「そうまでせずとも婚約を破棄してしまえば良いのではないですか?」
「あの王子は迷惑を掛けるだけで、婚約を破棄する程とは言えないのだ」
なるほど、大きなメリットがあるから王族同士の婚約に至った筈。
相手に明らかな失態があればすぐにでも破棄出来るが、少し迷惑を被った程度で破棄すれば国の信用に関わってくる。
「今東のフィデリア王国と協議が進んでいてな。北に遷都をすることで共同で魔物の巣に対抗しようという話が出ている」
「東は何のメリットがあって賛同しているのですか?」
「討伐が成った後は、その土地を共同で治めていくことになる」
なるほど、レダティック王国にしてみれば魔物の脅威が無くなり、フィデリア王国にしてみれば領地が増える。
レダティック王国は周辺の国に比べ、新しい国である。
元は魔物の巣への緩衝地帯として、各国が作った砦が始まりだ。
しかし、増加する魔物の襲撃で費用が増大したことにより見捨てられ、独立する道を選んだ。
だから自分たちで勝ち取った領地という感覚が薄い。
フィデリア王国は最後まで支援を続けてくれた国だから信用もある。
しかし、次の世代も同じように考えるとは限らない。
未来の火種に繋がることは避けられないのではないか?
「魔物の巣の討伐は推し進めていかねばならない。しかし、魔物の脅威が無くなれば周辺の国は自分の土地だと主張する懸念もある」
「なるほど、どのような経緯を辿るにしても、討伐前にどこかと同盟関係を結んでおかなければならないということですね?」
「そうだ」
西から南に掛けて大きな山脈で隔てているからそちらは関係ないとして、隣接するのは三国か。
俺が討伐したのは王都の東側の巣だ。
北側はほぼ安全になった。
「もしや、北は既に?」
「その通りだ。まだ脅威が去ったわけでも無いのに、そんな主張をする国など信用出来る筈もない」
「なるほど」
この十年で南の大国を選ぶか、東の信用出来る国を選ぶか迫られていたってわけだな。
その結論を出す時が来ているというわけだ。
「事情は分かりました。しかし、こちらはこちらで勝手に進めさせていただきます」
「フィデリア王国の支援があれば、かなりの余裕が出来るとしてもか?」
「はい、他国の喧嘩に巻き込まれて討伐が遅れれば、被害を受けるのは我が国ですから」
魔物の被害はレダティック王国の問題だ。
他国は当事者ではない。
脅威を知らない者たちの政治的な駆け引きに付き合う余裕はない。
「フィデリア王国には姉さんが嫁いでいるもの。私の婚約を破棄すれば揉めるでしょうね」
エクレアの姉はフィデリア王国に嫁いでいたのか。
エクレアとの婚約を破棄をすれば、フィデリア王国を露骨に優遇することになる。
ローデンフェルト王国との関係は決定的なまでに悪化することになるだろう。
「―――やはり魔物の巣を討伐するしかありません」
攻め込むのはリスクがあると思わせなければ即座に蹂躙されてしまう。
出来ればレダティック王国単独で討伐、欲を言えば生還を果たしたい。
「それしかないか……、だがまだ王家が表立って行動するわけにはいかん」
「どうしてでしょうか?」
「これが世間に知られれば、離反する貴族が出てくるかも知れん」
討伐した後に向けて、他国と勝手に交渉を始めてしまう貴族を懸念しているのか。
王国の危機なのに、新たな問題を抱えている余裕はない。
コルツはこの辺りの事情を薄々感づいていたのかもな。
それで俺に仲間になってくれる貴族を露骨に優遇しろと言ったのかも知れない。
離反してしまうような貴族の相手をしても無駄だからな。
だが、なんてことはない。やる理由が一つ増えただけだ。
やること自体は何も変わっていない。
「今は外交の名目で、信用できる者を通じてフィデリア王国との交渉を進めて行く」
「ローデンフェルト王国は放置してよろしいのですか?」
「そちらはもう既に手を打ってある」
あらら、明言しないってことは恐らく暗殺の類だろう。
死なないまでも、体調を崩して貰うなど方法はいくらでもある。
そうして有能な何人かに消えて貰えば、跡継ぎ問題が発生してこちらに構ってる余裕が無くなる。
―――何でもする姿勢は俺も見習わないとな。
まぁ俺に暗殺は不向きだし、もっと適任がいるだろうからやらないが。
「最後に一つだけ聞いてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「何故私に話していただけたのですか?」
「―――知己に似ているからだ。お前を見るとどうしても信用したくなってしまう」
王は俺を通じてエクレールを見ているのか。
こんな姿になっても、分かる人には分かってしまうのかもな。
だが、俺が生きていると知れば、今度こそ強硬手段に出てしまうだろう。
王の判断を曇らせるわけにはいかない。
俺の正体を明かすのは全てが終わった後だ。
「有意義な話が出来ました。お忙しい中ありがとうございます」
「また来るがよい。待っているぞ」
「はい、では失礼します」
そう言って部屋を出る。
そのまま帰ろうとしたら、エクレアが付いて来た。
「どうしましたか?」
エクレアが耳元で囁くように答える。
「さっき言ってた外交の話。多分私が行くことになるわ」
「そうでしたか―――」
「だから、あなたに協力出来ないことも多いと思う」
「ええ、分かりました」
それはきっと顔見世が済んだからだろう。
既に婚約してしまっているエクレアは、今しか社交界に出られない。
急いで顔を繋いで置かなければ、一切権力を持たないまま結婚することになってしまう。
でも、討伐さえしてしまえば細かいことを悩む必要性すらなくなる。
俺がやれば全てが上手く行くのだ。
「ルーティ、必ず助けるからな」
「はい、あなたを信じています」
俺とエクレアはゆっくりと離れた。
「昨日のことで疲れたでしょ。今日はもう休みなさい」
「―――そんなに疲れてはいませんよ?」
「じゃあ、疲れていきましょうか?」
「え、遠慮します!」
俺はエクレアから離れる。
「そういうのはもっと大きくなってからすることです!」
「もう、ルーティアは可愛いなぁ」
「お前前世よりも凄くなってないか?」
「ふふふっ、今の方があなたを好きになっているかも知れませんね」
そ、そんなに面倒を見たかったのか?
それは少しだけ、悪いことをしたと思う。
「ま、まぁもう少し大きくなった後だったら良いけど……」
「約束ですよ?」
「はいはい、約束です」
俺はエクレアから解放されて、今度こそ屋敷へ帰る。
それでも疲れが出てしまっていたのか、玄関で待っていたミーティアに心配されてしまった。