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第十六話


 王子は少し辺りを見回すと、こちらへと真っすぐ向かって来る。


「やぁ、今日も来てあげたよ」

「……流石に非常識ではないかしら」

「どうしてだい?いつどこで君が馬の骨に誘惑されるか分からないじゃないか!」


 婚約してる人に手を出す奴なんているわけないだろ。

 それにしてもエクレアは割と言い返すんだな。

 婚約を引き合いに脅迫染みたことをされていると思っていたが、少し事情は違うのかも知れない。


「見ての通り、今日は友人のサポートよ。私はここにいるけど参加してるわけではないわ」


 それを聞いた王子はこちらを向く。

 ―――少しこちらを見ていたようだが、何を思ったのか突然嫌味な顔をして笑う。


「どうしてこのような者のサポートを王女がやらなくてはならないんだか」

「それはこちらの事情よ。―――あなたには関係ない」

「何を言っているんだい?君のことは婚約者である僕が一番良く知っているだろう」

「あなたが私の何を知っているというの?」


 ……こんなに話が噛み合わないこともあるんだな。

 王子は自分の正しさを疑わず、自分が正しいことを前提にして喋っている。

 そのせいで自分の意見と矛盾する言葉には、どこから導き出したのか分からない異常な解釈で答える。

 良いとか悪いとか怒る以前に、住む世界が違うとしか思えない。


「―――それはローデンフェルト王国への攻撃かい?」

「いえ、これはあなたへの攻撃よ」


 ん、ローデンフェルト王国?

 ローデンフェルト王国は、レダティック王国の南の山を隔てた先にある国だ。

 そして、南には魔物の巣もある。

 今はレダティック王国が巣の周りに砦を配置しているから安全でいられるわけだ。


 近くの生物を襲う魔物の性質から考えれば、それらが無くなれば山を越えてローデンフェルト王国を襲うようになる。

 少なくとも戦力を引き合いにエクレアに婚約を迫れる国ではない。

 ローデンフェルト王国はかなりの規模を持つ大国だから、王が無能ということはあるまい。

 ってことは、何らかの政治的取引によって婚約に至ったことを、この王子は都合良く解釈している?

 例えば、協力して魔物の巣に対抗していくため、国交を維持することを目的とした婚約とか。


「僕はもうすぐ王太子になる人間だぞ!僕に対する攻撃はローデンフェルト王国への攻撃と同義だ!」

「……」


 なんだかエクレアも呆れているように感じる。

 この王子の相手をすること自体不毛な気がしなくもないが、そろそろ助け舟を出そう。


「魔物の巣はそう遠くない内に討伐されますよ?」

「―――突然何を言い出すのだ?」

「言った通りです」


 それを聞いた王子は高笑いを始めた。

 今の俺を見たら夢見る子供に見えるかも知れないが、もう決めたことだしな。


「だから何だというのだ!」

「王女様が婚約する必要なくなるということです」

「エクレアは僕を愛しているのだぞ!?その仲をお前如きが引き裂けるものか!」


 ……本当に話が通じない。

 言ったことが半分も頭に入っていないんじゃないか?


「そうですか。でも王女様はきっと幸せになります」

「ならば僕が幸せにするところを見ているが良い!」

「はい、あなたがそのとき王女様に相応しいのであれば、レダティック王国全ての貴族が祝福することでしょう」

「当然だ」


 今のままならそんな日は一生訪れないだろうがな。


「王国のお墨付きも得られたようだ。今日はこれで帰らせて貰う」


 おいおい、今度はいきなり帰るとか言い出したぞ。

 こいつもしかして、自分が満足することが外交だと思っていたりしないよな?


「はいはい、早く帰って」


 エクレア……、いくらなんでもその言い方は酷いんじゃないか?


「エクレア、いつものように送ってくれないのかい?」

「暇なときなら相手してあげても良いけど、今は忙しいの」

「そうか、そのような格好で私に並ぶのは恥ずかしいのだな?」

「もうそれで良いから、さっさと帰って頂戴」

「ふっ、良いだろう。次に会える日を楽しみにしているよ」


 そう言うと王子は去っていた。

 ……なんというか凄い人だったな。

 あそこまで都合良く解釈できるのはある意味才能だ。

 最後のなんて明らかに嫌みだったぞ。


 エクレアが溜息を吐きながら椅子に座った。

 私もその隣に座る。

 そこへ横からスッとお茶が差し出された。

 二人のメイドにお礼を言って、お茶を飲む。


 しばらく無言の時間が続いた。

 流石にこの場であの王子の話題を出すのは憚られる。

 どうせ文句しか出てこないに決まってる。

 だが大勢の貴族の前で文句を言うわけにはいかない。


 遠くから何やら話し声が聞こえる。

 どうせ「公爵令嬢が馬鹿なことを言い出した」と笑いものにしてるのだろう。


「ルーティア。あなたまた笑われてるわよ」

「そうみたいですね」

「あれだけ言われて良く平気でいられるわね」


 前世の俺なら恐らく怒っていただろうからな。

 ただなぁ、色々考えられるようになった今は怒る必要性を感じられない。


「物事を考えられませんって言っているようなものですし」 

「あぁそういうこと」


 魔物の巣が討伐されれば、貴族にとって良いことしかない。

 失敗しても馬鹿な公爵令嬢が死ぬだけ。

 今はまだ資金も戦力も求めているわけではないから、ノーリスクハイリターンなのだ。

 話を聞いてからでも遅くはない。


「勝ち馬に乗るチャンスですからね」

「そのチャンスを潰しちゃってるんだから、怒る気にもなれないってことね」

「そういうことです」


 そうやって呑気に笑っているから、傭兵なんかに英雄を掻っ攫われるんだ。

 貴族はあのときから何も変わっちゃいない。


「あの、ルーティア様。少しよろしいでしょうか?」

「どうしたのかしら?」

「ルーティア様と話がしたいという方がいらっしゃるのですが、如何いたしましょうか?」

「なるほど、ここでは話しにくいということね?」


 あれだけの啖呵を切った後だ。

 期待しても良いんじゃないだろうか?


「良いわ。エクレアはどうする?」

「ええ、私も行かせて貰うわ」


 俺とエクレアは案内された部屋に向かう。

 そこには二人の男が立っていた。


「呼びつける形になってしまい申し訳ありません」

「いいえ、構わないわ」


 俺とエクレアが席に着くと、それを確認してから二人も座る。


「私は城塞都市の一つ、東のベルモント周辺を任されているマーカスと申します」

「僕はレグランド領を任されているアーサーです。ベルモント領とは隣り合っていることもあり、協力関係にあります」

「リーンイア公爵家のルーティアよ」


 お互い自己紹介をした。

 えーっと、確かレグランドは王都から見れば東だった筈だ。

 ベルモントからは北東に位置する。


「魔物の巣が討伐されるというのは本当ですか?」

「ええ、そのつもりよ」

「……もうその算段はあるのですか?」


 正直言ってしまうと無い。

 ウィルたち傭兵に協力して貰えれば大分進むが、まだ確定ではない。


「いえ、まだ始まったばかりです」

「そうですか……」


 マーカスが残念そうに言った。


「貴族の勧誘や、遠征の準備などやることは山のようにありますから」

「ふむ、お聞かせ願えますか?」

「良いわよ。と言っても三万の兵と、一週間程度は戦い続けられる準備が必要くらいしか考えていませんが」

「それだけの兵がいれば討伐出来ると?」

「作戦次第では可能な筈よ」


 マーカスとアーサーは考え込む。

 しばらく経つと顔を上げた。どうやら答えが出たらしい。


「私たちも協力させてください」

「あら、意外ね?断られるものだと思っていたわ」

「私たちは守りに多くの兵を必要としますから、元より出せるものがあまりありません」

「なるほどね」


 減るものが少なければ、協力しても問題ないってわけね。

 出すものを減らして、可能ならば勝ち馬に乗る。賢い考え方だ。


「ですが、私たちには何度も魔物を退けた経験があります。戦術や魔物の情報で貢献出来ることでしょう」

「ええ、それで十分よ」

「ありがとうございます」


 私と二人はお互いに手を出し、握手を交わす。


「それにしても、どうして私に協力する気になったの?」

「それなのですが……。最近魔物の襲撃が増えているのです」

「そうなの?」

「はい、兵も徐々に疲弊しており、このままではいずれ攻め滅ぼされてしまいます」


 なるほど、彼らは解決の糸口を探していたのだ。

 少しでも可能性があるなら―――、そんな縋る思いで協力を申し出た。


「ということは、早めに何かしらの対策を打つ必要がありそうね」

「はい、すぐに必要というわけではありませんが、五年以内には確実に対抗出来なくなる日が来ます」


 元から三年で討伐する予定だったのだ。五年なら問題ない。

 だが、魔物の襲撃が増えれば、もっと早まるかも知れない。

 少々遠回りになってしまうが、先に足元を盤石にした方が良いだろう。

 どうせ実績を見せなければ、他の貴族を引き込むことなど出来はしない。


「すぐに出来ることは無いか、もう少し話し合いましょう」

「それなら私も協力出来ると思うわ」


 エクレアが声を挙げた。

 王女の突然の申し出に二人は驚いた様子で話しかけてくる。


「よ、よろしいのですか?」

「騎士を動かすなら、王族に詳しい状況を知る者がいた方が都合が良いわよ」

「そうね」


 俺の話を聞いてくれた王が、彼らの意見に耳を貸さないとは考えられない。

 いや、国の守りのことだ。王は既に知っているんじゃないか?

 だがそれを理解しない貴族がいるのだろう。

 先ほど俺を笑っていたこともそうだ。

 魔物の巣をどこか遠い世界のことのように思っている貴族がいる。

 彼らに対抗するには味方が多いに越したことはない。


「では、詳しい状況から―――」


 俺たちは顔見世など忘れて方針を話し合った。

 慌てて戻ったときには顔見世は既に終わっていて、皆帰り始めている。

 ―――まぁ別に良いか。

 一日参加するという当初の目的は果たせなかったが、貴重な協力を得ることが出来た。

 ただ、想像以上に貴族の頭は固い。

 彼らに頼らない別の道も考えた方が良いかもな。


 決戦の一日はこうして幕を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あー、いますねー、こうゆう方。 清々しいほど話が通じない( ̄∇ ̄;) ルーはんもまた厄介なのとかかわりを持ってしまったですにゃ。 [気になる点] 人を笑うってほんま最低ヽ(`Д´)ノプン…
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