第十五話
ウィルとの出会いから瞬く間に時は過ぎ。
待ちに待った―――というほどではないが顔見世の日が訪れた。
今日で全てが決まるというほどではないが、それでも決戦の日には違いない。
この日の為に準備を整えてきた。
僅か一ケ月という短い期間ではあったものの、今日一日持たせる自信はある。
後は……それを見た貴族たちが、少しでも良い方向に捉えてくれればこの先に繋がっていく。
「どう?ミーティア、変なところはないかしら?」
「大変お綺麗です。ですが、ここから着ていく必要はなかったのではないでしょうか?」
「でもどこで誰が見ているか分からないわ。最初から臨戦態勢よ」
王城へ到着してから着替える貴族も数多くいる。
あの重いドレスは、綺麗に広がるシルエットにするため、スカートの下にパニエというものを着用する。
今日は皆さぞかし豪華なドレスを用意しただろうから、歪んだりしないようパニエも相応に固い素材を使っている筈。
それが座るとき邪魔になるし、狭い馬車の中では嵩張ってしまうのだ。
また、裾が引きずるほどに長いので、道を歩けば汚れてしまったりもする。
その点俺の用意したドレスは軽いから、普段着よりむしろ楽なくらいだ。
当初歩けるか問題に挙がっていたが、試着してみたら結構広げてもそこまでシルエットが崩れないと分かった。
更にサーシャの計らいで、膝の少し上まで上着と同様にフレアとかいう波打つようにひらひらした感じにして貰った。
だから大股で歩くことは出来ないものの、ゆっくり歩くならば気にならない。
このフレアが見た目以上に動きやすくしてくれている。
上着は日焼けを抑えるよう、腕の方までしっかりと覆っている。
まぁそれでも薄い生地なので気を付けないといけないが。
かなりぴっちりとしているので若干動かすのに違和感があるが、すべすべした素材のお陰で引っ掛かりは感じない。
「サーシャは良い仕事をしてくれたわね。思ってたよりずっと動きやすいわ」
「腕の良い職人に巡り合えたのは幸運でした」
貴族はプライドが高いからな。
俺がサーシャを指名しなければ、貴族が作るって話になっていたかも知れない。
その方がもっと良い仕上がりになった可能性もあるが、俺はこのドレスを気に入っているので、もしものことなんて考えても無駄だ。
「さぁ、準備が整いました」
「これだけ付けると流石に少し恥ずかしいわね」
今日はドレスだけでなく、ティアラやイヤリング、ブレスレットまで付けている。
ミーティア曰く、スッキリしたドレスだからあまりゴテゴテと付けると逆効果だが、少しくらいは付けないとそれはそれで見栄えが悪いそうだ。
この辺はお洒落をした経験がない俺には分からないので、サーシャやミーティアの言うことを素直に聞いた。
ミーティアに引かれて馬車へと向かう。
ヒールも低いから歩きやすい。
もしかしたら、今日の参加者の中で一番低いかも知れない。
元々背が低いのもあって、今日は恐らく皆を見上げることになるだろう。
馬車に乗って王城へ向かう。
隣にはミーティアが座っている。
エクレアが「夜は少し落ち着いた雰囲気のドレスが好まれる」と言っていたのは、こうして寄り添うためかもな。
夜のパーティともなれば二人きりの時間が訪れることもあるだろう。
そんなときにパニエが邪魔で離れて座ることになったらもう笑うしかない。
そのままゆっくりと揺れる馬車に乗って、余裕を持って王城へ付いた。
「さぁ、お手をどうぞ―――」
開いた扉の前に立っていたのはエクレアだった。
えー、普通王女が出迎えになんて来るか?
エスコート役が馬車の前で待つこともあるが、俺がドレスで来ることを知らなかっただろ。
まぁ良い。こういうのは形が大事だ。
手を出されたからには、取るのが礼儀。
「ありがとうございます」
エクレアは気遣うようにゆっくりと降ろしてくれた。
近くに寄ったので、こっそりと話しかける。
「王女がどうしてこんなところへ来たんですか!?」
「良いじゃない。今日は私がエスコートするわ」
「えっと、お父様やお兄様ではなく?」
「ええ、私がするわよ」
……これだけ自信満々に言うってことはもう決定事項か。
それなら一言言ってくれればと思ったけど、両親はここ数日とても忙しそうにしていた。
そのせいで記憶から抜け落ちてしまったのだろう。
エクレアが腕を出してくるので、それに捕まろうとする。
―――が、どうすれば良いんだ?
腕組みにも貴族の変なマナーが存在する。
その要素は大きく分けて、どのくらい前に出るかと、どのくらい腕を絡ませるかだ。
今日は俺の顔見世だから、後ろに隠れる必要はない。
そうはいっても結婚する前に、完全に横に並ぶのもあまり良くないらしいが。
ミーティアには、男性に体の半分くらい前を歩いて貰うくらいが丁度良いと教わった。
こちらはそれで問題ないが、腕はどうすれば良いんだ?
普通ではあれば家族がエスコート役をやるから、しっかり腕を回しても問題ない。
だがエクレアは家族ではないから、手を置くくらいが良いのか?
でも女同士だからそこまで気にする必要はない?
「どうしたの?」
「えっと、この場合どうすれば―――」
「もう、そんなの気にしなくて良いわ」
そう言って俺の手を取ると、自分の腕にしっかりと絡めてしまった。
これだけ絡めると後ろに隠れることは出来ない。
「折角だから仲が良いところを見せちゃいましょ」
「……まぁ、そうですね」
所詮は貴族の変なマナーだしな。
一応は覚えたものの、別にやらなくても良いと思っている。
それに結婚前のエクレアが前へ出ているのだ。
俺も前に出ないとな。
「行くわよ」
「はい」
エクレアと二人並んで、会場へと向かった。
会場では、既に大勢の貴族たちが集まっていた。
中央には多くの料理が並ぶ大きな長方形のテーブルが一直線に並んでいる。
そこから少し離れたところに、丸テーブルが円を描くように置かれていて、疲れたときはそこで休むのだろう。
俺の座る席も、そのどこかにある筈だ。
「ルーティア、こっちよ」
エクレアの案内に従って、自分の席に着く。
隣にエクレアが座ったところで後ろから声が掛かった。
「ルーティア様。飲み物をお持ちしましょうか?」
来たばっかりだから、ミーティアも少しくらい休んでも良いんだけどな……。
でも、ここで押し問答するより、さっさと用事を終わらせた方が休んでいられるだろう。
「ええ、そうね。とりあえず水で良いわ」
「畏まりました」
それが終わると、今度は反対側から声が掛かる。
「ルーティア様、お久しぶりです」
「あら、オリビアじゃない」
「本日は王女のお側に控えさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
オリビアがエクレアの面倒を見るなら丁度良い。
他のメイドよりは融通が利く筈だ。
「暇を見て二人とも休んでね。特にミーティアは頑張り過ぎちゃうかもしれないから」
「そうね、ちゃんと休憩を取らないと駄目よ」
「畏まりました」
そうこうしている内に会場には続々と人が集まり、開始の時間になった。
王が会場へと姿を現わし、挨拶が為される。
「本日は良くぞ参った。これから訪れる社交界に向けて皆にきちんと顔を覚えて貰いなさい。―――ではこれより開始する!」
こうして顔見世が始まった。
少し待っていると父が顔を出す。
「お疲れ様です。お父様」
「何やら出かけていると思ったら、ドレスを作っていたのだな」
「はい、いかがでしょうか?」
それなりの時間を掛けて作ったものだ。
父にどう思われるかは気になる。
「―――悪くはない。ただ貴族たちは受け入れないかも知れない」
「それでも、普段着で来るよりは良のでは?」
「そうなんだがなぁ……。貴族は異質なものを嫌う」
「普段着でもドレスでも同じってわけですね」
今日上手く行かないのは織り込み済みだが……
一体どれくらい言われることになるのだろう?
でも、今回は普段着ではなくドレスを着てきたし、それがどういう効果を発揮するかが見ものだ。
「んー、でも中々来ないわね。普通王族や公爵家なんて言ったら一番最初に来るところなのに」
「私たちはデビュタントから遠い二人ですからね。結婚が決まってるエクレアと、結婚できるか分からない私」
「それにしたって礼儀ってものがあります―――」
「まぁその分ゆっくり出来ると思えば悪くはありませんわ」
「そうだけどねー」
そこへ太った母親を連れ立った、子供が現れた。
子供が一歩前へ出て挨拶をする。
「公爵令嬢様、初めまして。侯爵家次女のイザベルと申します」
「あらご丁寧にどうも。ルーティアよ」
「公爵令嬢様は『青い血』をお持ちのようで羨ましいですわ」
青い血は貴族の代名詞だな。
働かないから日焼けせず、血管が青く見えることからその名がついた。
それを俺に言ったってことは、恐らく病弱の代名詞みたいな呼び方をしている連中がいるってことだ。
―――まぁ実はこの一ヶ月の運動で『青い血』もほとんど消えかかっているけど。
でも、それをわざわざ指摘してあげる理由は無い。
「いえいえ、まだまだ至らぬ身ですから。これからも精進していきたいと考えています」
「ところでそのドレス―――」
おや、ドレスのことを早くも言ってくれるのか。
俺はニコニコと笑顔を作りながら、次の言葉を待つ。
「そんな薄っぺらい生地を使うなんて、公爵家にはお金がないのですね……」
「はい、そうかも知れません」
「―――でもそれを着るあなたが貧相ではドレスが可哀想ですね」
「はぁ~、中々難しい問題ですよね」
まぁこんな感じで適当にはぐらかしておけば良いだろ。
わざわざ反論する気も起きない。
でもこいつら公爵令嬢を虐めたなんて風聞が出回ったらヤバいんじゃないの?
後ろのおばさんは「まぁ子供の言うことですしオホホホホ」なんて言ってるけど、それで済まされるのだろうか?
いや、ドレスの間違いを指摘した英雄にでもなるのかも知れない。
それくらい貴族の変なマナーは得たいが知れないものがある。
「それでは、今度よろしくお願いします」
「はいー」
悪いけどよろしくする気はない。
今日の目的はこういった貴族たちをバッサリ切ることだ。
こんな醜悪な者たちと今後関わらないで済むならば、満面の笑みで対応出来る。
そんな感じで二時間ほど、来た人の相手をした。
「そろそろ一度休憩にしない?」
「そうしましょうか」
ミーティアとオリビアがお茶と小さなパンをいくつか持ってきてくれていた。
それにバターを付けて食べる。
「ルーティア、結構言われてたけど大丈夫?」
「子供の言うことですから」
実際そうなのだ。
もしかしたら、親の入れ知恵があったかも知れないが、内容に幅がなさ過ぎる。
そのほとんどが「公爵家には金がない」と「ドレスが可哀想」と「そんな体で子供が産めるか」みたいな話ばかりだ。
まぁ俺に対する牽制なのだから、「財力、容姿、健康」の三つに偏るのは当然のことだが。
これだけ何度も何度も同じことを言われれば慣れる。
「それに、元からこのくらいは織り込み済みでここにいますから」
「まぁ否定したら否定したで、相手は嬉々として言い返して来そうだもんね」
エクレアが「さて、そろそろ―――」と言いながら立ち上がる。
「こっちからも少し回りましょう。―――紹介するわ」
「ええ、お願いします」
「まずは―――」
そのとき扉が大きな音を立てて開いた。
そこには何故か、隣国の王子が立っていた。